第132話 百物語(前編)
第132話 百物語(前編)
怪奇とはつくづく不思議なもので、朝買い物に出かけたときに巨人のようなモノを見た。近所の山がどのくらいの高さか知らないが(この辺に越してから年は経ったがわざわざ調べるのも…)、その半分くらいはあった。全身は黒く人のようなフォルムをしていたおり、わずかに屈んでゆっくりと左右に上半身を振っていた。協会に連絡しようとスマホをポケットから取り出したが、その一瞬のうちに姿は消えた。念のため連絡はしておいたが、それくらいのことはどうということでもないらしかった。相も変わらず怪奇の善悪(と言って良いのだろうか?)や強弱は分からない。
昼食は惣菜で済ませて、流しと冷蔵庫をきれいにした。依頼があるときはこうすると帰ってきてからが楽だ。期間指定でない(結果が出るまでの)依頼はいつ終わるのか分からないからだ。そうでなくても怪奇の前では時空が歪むから油断(家事的な意味で)できない。
さて、いつものように荷造りをした後は、文松駅で藍風さんと待ち合わせをしてG駅を経由し、I県及武市まで新幹線で行った。世間は春休み、藍風さんが支部の範囲を越えた場所からの依頼を受けることができる時期だった。普段は行かない場所に経費で行くことができるが、観光できる余裕はそれほどない。さらにこの手の依頼は協会が藍風さんを指名していたから、普段の依頼よりも奇妙さが増したものであった。
「こんにちは」
少し早く着いたつもりだったが、藍風さんが先に着いていた。少し暖かくなってきたとはいえまだ寒さの残るこの時期、いつもの臙脂色のコートに桃色のセーター、ギンガムチェックのスカートにタイツ、スニーカーを履いている。
「こんにちは。お待たせしました」
「いえ、電車はまだ来ていませんから」
「そうですね。…最近はどうですか」
SMSの7supで連絡を取ることもあるから特に真新しい話があるわけではなかったが、お互いに近況を話しながらホームへ向かった。待合室で話を続けているとすぐに電車は来た。新幹線の中で藍風さんが真面目に宿題をしている間、私はスマホを触りながら依頼内容を思い出していた。
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今回の依頼は、ある金持ちからのものだ。女子高生の娘が何を考えたのか、春休みに友達と百物語をやろうとしているという。夏でもなければ、オカルト好きという訳でもないのに、夜中に数人を集めて、通っている女子高の一室で行う予定だ。
無論依頼者は学校側に中止するように頼んだ。しかし、これも何故か許可が下りて(担任付きという条件で)、他の生徒の親も妻も何故か承諾している。自分が子煩悩すぎただけなのではないかと思っているらしい。
私達の受けた依頼はこの百物語を中止することではなく、観察、記録すること、何か異変があったら対応することだ。子供もようやくそれで納得したわけだった。子煩悩というのはあながち間違っていないと思う。
何故、藍風さん(と私)が指名されたのか。単純に、時間に余裕があること、依頼者から見て娘に近づけても大丈夫そうな人物であること(藍風さん一人の場合の話で、実際私も一緒に行くと交渉したとき、依頼者は難色を示していた)、それから協会からすれば、この百物語を見守ることではなく、何故百物語をすることになったのかも調べて対応する必要があったためだろう。わけのわからないものの中の一層わからないものに藍風さんは強い(ときがある)。
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I県及武市に入ってからホテルにチェックインして、そこの隣にあったレストランで夕食を食べた。ハンバーグがメインの洋食だった。食事の後は、ある高級な喫茶店の個室で依頼者と会った。そこで再び概要を聞いて、お互いに手続きに必要な諸書類を交換した。そこのコーヒーは美味しかった。藍風さんはミルクと砂糖を入れて飲んでいた。コーヒーを飲んだ理由は、翌日の夜中に行われる百物語に参加するためだ。
ホテルに戻ってからは朝まで起きていた。風呂に入ってから深夜テレビを見もしないのに字幕で流し、スマホを見たり本を読んだりしながら時間を潰した。藍風さんは学校の課題を進めると言っていた。朝一に朝食のバイキングを食べてから、腹ごなしをした後、ようやく眠りに就いた。
起床したのは昼過ぎだった。昼食を同じレストランで軽めに済ませてから、百物語が行われる私立及武高校に向かった。疑り深い用務員のせいで来校手続きに少し時間がかかったが、担任の先生が来て何とか入ることができた。
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