第131話 著者を訪ねて(後編)
第131話 著者を訪ねて(後編)
A市に着いてから行った場所はそこの支部だった。事前にあいさつしておいてよかったと思う。そうでなければ、みーさんは何度か寄ったことがあったらしいけれども、私は全く知らない場所にいきなり道具を借りに行くことになる羽目になるわけだった。
支部には運良くみーさんの知り合いがいた。流石に余所者の私達が勝手に入って好き勝手することはできないわけだから、彼女の監視下の元(とはいえ別の部屋にいたが)、道具を使わせてもらった。
「本当は例のページをそのまま切り取れれば簡単なんですけれどもねー」
「坂東さんに断られましたから」
「仕方ないから、これを使うんですよー」
みーさんが指さしたのは机の上に乗っているいかにも高価そうな大型の機械だった。それは箱型で、左側の窪みには糸に吊るされた細い針が垂れている。針も、糸も、怪奇だ。像が2重に見える。右側には記録用紙らしきものがはみ出している。
みーさんが小説の例の文が書かれているページを開いて、機械のねじを調節する。針先が例の文字に上手く触れたところで本と針を固定する。
「これは何なのでしょうか」
「あ、説明してなかったですね、ごめんねー。でも、見ていれば分かりますよー。まず、針先に調べたいものを置きます」
「それから、このスイッチを押せば、測定が始まるわけですねー」
みーさんが赤いスイッチを押すと、機械はわずかな振動音とともに動き始めた。それと同時に、波形が刻まれた記録用紙が出力されていく。
「なるほど。怪奇の種類や成分によって波形が変わるわけですか」
しばらく見ていて分かった。理系の人がよく使っている分析装置に似ている。
「そうです。仕組みは簡単に説明できるものではなくて、おねーさんもよくわからないけれども、要はそういうことですねー。っと」
話しているうちに機械の振動が止まって、記録用紙が伸びて出てきた。みーさんがそれをちぎって、光に透かして見ている。
「何かわかりましたか」
「さっぱりですねー。こうやって見るものじゃないですしー」
笑っている。冗談か。お札を無駄に光に透かすのと同じ感覚だろうか。そんなことを考えている間にみーさんが棚から取り出したのは非常に分厚いファイルだ。
「こういう所がアナログなんですよー」
ファイルに挟まれているのは様々な波形の図だ。一応、形によって大まかに分類されているようだが、それ以外は1ページずつめくって見比べる他ない。
「これは、骨が折れますね」
凹凸の数や幅、カーブの形、みーさんとあれこれ言いながら波形を照らし合わせていく…。
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ようやく該当のページを見つけたのは、1時間も経った頃だった。似ている物ばかりで本当に判別が難しかった。
その後は簡単だった。波形のタイトルはくら虫(人面の蛇の妖怪)と書かれていた。みーさんが見た記憶の中にも確かに著者とくら虫が一緒に映っていた。つまり著者はくら虫が見えて、どうやってか捕まえて、すり潰すなりしてインク代わりにしたと容易に推察できた。この手のインクを使った記録の仕方はよくあるが、くら虫を使うのは珍しいという。
みーさんが結果を坂東氏に報告すると、スマホからは大変残念そうな声が聞こえてきた。自分が真似することができないためだろう。本にも未練はないそうなので、みーさんがそのまま預かることになった。
支部を離れた後は夕食に行った。みーさんは知り合いを誘っていたが、彼女にも予定があるようで残念ながら一緒に食事をすることはできなかった。学生街にある居酒屋に入って、ハイボールに焼鳥、キャベツの浅漬けに刺身と学生の頃を思い出して色々と飲んで食べた。みーさんと昔のテレビ番組の話をした。世代が近いからそういう話も合う。
新幹線に乗った後は2人ともうとうとしながら席に背を預けた。缶ビールと肴を持ち込んで2次会に洒落込むほどの体力はどちらにも残っていなかった。みーさんは多分半分以上寝ていて、頭が時たまこちらに転がってきた。完全に寝てはいないと思ったのは呼吸のリズムが寝ているときのものと違ったからだった。
G駅に着く少し前にみーさんを起こして、駅を出てタクシーに乗り込むのを見送ってから、私は文松町に帰った。文松駅から自宅まで歩いていた時にはもうアルコールは抜けかけていた。火照りの冷めた体には夜風がほんのり涼しかった。そのおかげだろう、布団に入ると暖かく、すぐに眠ることができた。
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