第130話 著者を訪ねて(中編)
第130話 著者を訪ねて(中編)
みーさんが近くの地面やビルの壁を触っているのを横から見つめていると、「そんなに見られると照れますよー」と言われた。だから少し離れて見ていたが、その場に不釣り合いなジャージ姿が地面を触っているのは、不審を通り越してかえって何かのイベントか撮影のようであった。そのため誰からも変な注目を集めてはいなかった。
「うーん…。これ、難しいですね。この辺なんですが、その当時の地面がむき出しになっている場所でもないと…」
「もう少し辺りを見ましょうか。公園や神社はないでしょうか」
スマホを懐から取り出してマップを開く。現在地の近くは全部同じ色で表示されている。建物と道路の色だ。
「いい場所、ないですねー」
横から覗き込んだみーさんが言った。髪が頬にあたってくすぐったい。
「どうしましょうか」
スマホをしまいながらみーさんの方を向くと顔がすぐ近くにあった。みーさんは慌てて少し離れてから何か考え始めた。
「うん! 穴開けましょー」
非常にシンプルな答えが返ってきた。
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しかしそう簡単に許可は下りるはずもなかった。さらに穴を開けたところで必ず上手くいくわけでもなかった。別の方法を探すために再び周囲を回ると、ほどなくして古い石畳の通路を見つけた。
そこは地元の人が通り抜けるのに使うような場所で、ビルに勤めている人には見向きもされず、地図にも載っていないような細い通路だった。地面は剥き出しになっていないが、石畳は容易に剥がすことができて、その下は土だった。
みーさんがフーチを使って一番感覚的に良い場所を探した後は、私が石畳を剥いで、近くで買ったスコップで掘り始めた。(念のため路地の両側にはこれまた近くで買った「工事中」の立札を置いた。)途中でケーブルのような細長い怪奇が這い出してきたから、スコップですくって穴の外に投げた。
膝位の深さまで掘ったところでみーさんから合図があったため手を止めた。みーさんは穴の中にしゃがみ込んで目を閉じ、片手に小説、もう片手で露出した地面のあちこちを触ってその土の記憶を読み取っていた。
「うん、大体わかりましたよー」
数分経った頃、私がスコップに寄りかかって通路の両端を順々に見ているとみーさんが穴から出てきた。
「どうだったのでしょうか」
「著者の記録も何とか拾うことができましたねー。実際、変な人でしたよー。家を訪ねてくる人もあまりいなかったようですし、床屋さんで切った髪を自分のものだからと言って持ち帰ったりですとか。そんなことより、やっぱり怪奇が見えていたようです」
「それから、例の文も著者が意図的に入れていましたねー。どうやって印刷したのかはまだわかりませんが、原稿用紙にしっかり書いてありました」
「それならインクで見えなかった文も読むことができたのでしょうか」
何が書いてあったのか興味はある。
「もちろんですよー。比呂とは単位の一つで―」
みーさんが一呼吸おいて、話を続けた。
「異形の者を見ることができる数に比例する量の尺度である、ですねー」
「数、ですか。1比呂で見える異形の者、怪奇でしょうか、それと10比呂で見える怪奇の数が比呂の量に比例するということですか」
「そういうことでしょうねー」
楽しそうだ。
「それで、比呂の量、比呂が何かも見えたりしましたか」
「そうですねー、比呂は当て字でした。薬物の名前ですねー。カタカナ呼びしている今とは少し発音が違いますが」
その薬物の名前は私が聞いてもわかるものだ。
「要は、著者は晩年輸入物の薬物をどこからか手に入れて、摂取していたようですねー。それで、波長が合って、怪奇が見えるようになったのでしょー。元々変な物を集めていたのが加速したようですよー」
「摂取する量が増えれば、怪奇が見える数が増えるわけですか…」
「それが全員そうとは分からないですけれども、トリップすれば感覚が鋭敏にでもなるのではないでしょうかー」
そういうものなのか。薬物は絶対にやってはならない。それはともかく―
「比呂の正体は分かりましたし、一旦穴を埋めませんか」
先ほどから立札越しにチラチラとサラリーマンが怪しそうに見ている。
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みーさんが坂東氏に比呂の正体を電話越しに説明すると、インクの正体も知りたいとの追加注文を受けた。秘密の記録を残すにはもってこいだからだろうか。インクを作っている所は残念ながらみーさんにも見ることはできなかったらしい。そういったわけで、今度は別のアプローチをするために、昼食を食べてから再びA駅に戻った。電車は空いていた。みーさんは隣で静かにしていた。
比呂の話を聞いてふと思った。私が怪奇を感じているときには私の脳内で変な物質が出ているのだろうか。受容器が、感覚器が、その時は―深く考えるとまずい所に踏み込みそうな予感がしたため、それ以上考えるのは止めた。
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