第129話 著者を訪ねて(前編)
第129話 著者を訪ねて(前編)
坂東氏が本を買った店を見つけることができたのは、空が薄暗くなって街の明かりが点き始めたころ、その古本屋が閉まる少し前だった。その話を聞いて早速みーさんが片手に小説、もう片方の手で本屋のあちこちを触りながら本の流れた足跡を辿っていた。
「あの女性は何をしているんだね?」
店主に訝しまれている。傍から見たら不審者だからだ。本人ではなく、連れの私に聞く辺り、小心者なのだろう。顔つきもそのように見える。
「あれですよ、A大学の天才。ああすると良い本が分かるらしいですよ」
真実を無理に伝える必要はないし、この辺りならそう言っておけば大体通用する。
「まあ、A大学ならね…。見た感じがそうだね。ところで君もA大? 僕も実はA大卒なんだ」
適当に言った話が思ったよりも盛り上がってしまった。段々嘘をつき続けるとぼろが出る。学部は? ゼミは? 固有名詞を間違えたら突っ込まれる。みーさんはまだ続けている。
「いえ、僕は違いまして、あの人の友達ですよ」
「本当に友達? 彼女じゃなくてかい?」
どうでも良い話が終わらない。
「あはは…」
さてどこまで嘘をつないでいけばよいだろうかと考えていると、後ろにいたみーさんに袖を引っ張られた。
「終わりましたよー」
助かった。
「それじゃ、また来ますね」
店から離れて人気のない路地裏の方に行くと、みーさんはこちらを振り向いて人差し指を立てた。
「じゃあ、さっき見たのを説明しますねー」
先生口調のパターンのやつだ。
「お願いします」
「この小説と本の山が売られたのは、10年前、亡くなったおばあさんの遺品ということでしたー。そのおばあさんはこれまた近くの古本屋で買ったようです。でも、買ったけれど読まずに積んでいたみたいです。で、その前は、盗品ですね。どさくさに紛れて盗んで捌いたようですー」
「波乱万丈ですね」
「そうなんですよー。その前の持ち主の女学生が、ようやく新品で本屋から買ったようです。この本を読んだのは彼女くらいですねー。人気作家でもないわけですから、他の本も同じだとすれば、今まで気づく人がいなかったわけですねー」
「なるほど」
「それで、その本が印刷されたところまでは見えたんですけれども、明らかに工場の制服と違う格好の男がいたわけですよ。あの時代に合わない立派な服でしたねー」
「ということはその男が著者でしょうか」
「その可能性大ですねー。だからやっぱり著者があの文字を入れ込んだんでしょうねー。ついでに言うと、その印刷会社も著者の出資で作ったようです。社長、社長と呼ばれていましたよー」
いずれにせよ目的がはっきりとした。著者本人に聞くか、みーさんの能力で縁のある場所の記憶を見れば分かるだろう。
協会の調査結果は、それほど待たずに報告された。前と同じ店で夕飯を食べて、お酒が入ったころにみーさんのスマホに連絡があった。著者の生家は遠方であったため、翌日移動することに決めて、二日酔いにならない程度に飲んだ。相変わらずみーさんと話は合う。みーさんの話を聞くのは面白いが、このときはそればかりではなく、私も日常の出来事などを話した。そうしてみてよく分かったのだが、彼女は人の話を聞くのも上手だった。
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翌朝は天気も良く、みーさんと一緒に朝食を食べてからA大学に行って坂東氏に本の山を返し、それから2つ隣のC県C市へ電車で行った。そこに著者の生家があった。本人は亡くなっていて、子供もいないそうだ。
快速電車は通勤ラッシュが少し過ぎたくらいだったがそれでも割と混んでいた。2人の荷物は網棚に乗せて、みーさんを壁側にかくまった。みーさんは満員電車には慣れているようで、わざわざ壁に背を付けないで器用にバランスをとって見せた。しかし、1回ふらついてこちらにもたれかかってきてからは大人しく壁に寄りかかっていた。軽く、柔らかかった。途中で電車は空いてきて、道中の6割は椅子に座ることができた。
C駅から今度はタクシーに乗って(大荷物であったわけでもあったし)、それから著者の生家があった場所へ向かった。
そこは、ビル街の一角だった。住宅らしき建物は殆どなかった。みーさんが自分のスマホに送られていた地図を見ながら、同じような景色の場所を右往左往しながら歩いて行くのを後ろからついて行った。やがてみーさんの足が一か所で止まった。その横をサラリーマンが忙しそうに電話をしながら歩いていった。
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