第128話 比呂(後編)
第128話 比呂(後編)
本の山を片付けて区切りがついたため、借りた本一式と一緒にみーさんの部屋を訪ねた。夕食の時に誘われていた。扉をノックするとジャージ姿のみーさんが待ちかねた様子で出迎えてくれた。
部屋の中はレモンのような甘い香りが漂っていた。持って来たものを机に置いて差し出された椅子に座ると、みーさんは冷蔵庫から缶ビールを2缶取り出した。夕食の時にも飲んで、どれだけ飲むつもりなのだろうかと思いながら、私も差し出された缶のプルタブを開けてしまっていた。
「―という訳でこの本の山からは何も見つかりませんでした。この紙魚の怪奇だけです」
詩集の該当のページを開いて見せると「関係ないですねー」と言われた。
「次は私の番ですねー。出版社まで行ったんですけれども、この小説、自費出版らしいんですよー」
「自費出版、ですか」
「そうなんですよー。この小説が書かれた時代には珍しいことで、それが記録されていたんですね。著者のこの人は変な物の蒐集癖があるお金持ちですってー」
小説の表紙を指でなぞりながら説明する。
「しかし、印刷されている怪奇なら印刷会社の方も気になりますね」
「そうなんですよー。だからそっちにも行ったんですー。いやー大移動でした。でも、もう会社も工場もなくなっていたんですねー」
そう言ってからみーさんはビールを一口飲んだ。口調は普段通りだが、内心残念に思っている様子がよく伝わる。
「それで、今度は図書館で同じ小説を探したんですよー。また移動したんです。これなんですけれどもねー」
荷物の中から小説を取り出して、ひらひらと振っている。
「ちょっと見せてください」
みーさんから渡された小説を開く。該当するページには「比呂とは単位の一つで、(以降インク汚れでかすれて読めず)」の一文があった。
「上野さんにも見えていますねー」
私の表情を読んだのだろう。触られてはいないからサイコメトリーではないと思う。
「ということはみーさんにも―」
「今は見えていますよー。借りたときは見えていなかったから自信なかったんですねー」
「ということは、やはり印刷会社…自費出版なら、自分で刷った可能性さえありませんか」
酔いが回った時のほんの思い付きだ。しかし、みーさんは驚いたようだ。少し目が見開いている。
「そうです、それですよー!あり得ます。やっぱりそうですね、著者のところに行きましょー」
運良く良い手がかりを引けたようだ。みーさんが本の山から何か感じられるかどうかを調べたいということだったため、私は図書館で借りてきた方の小説だけを持って自分の部屋に戻った。女性の部屋に長居するものではない。
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翌朝、朝食を摂った後に坂東氏が本を買った古本屋へ向かった。著者の元へすぐに向かうことができなかった。著者の住所は出版社から教えてもらえなかったからだった。古本屋巡りはみーさんが協会に調査を依頼して、居場所が判明する間の時間潰しでもあった。
古書から新書まで、A大学の近くは本屋だらけだった。坂東氏もどこで買ったのかおぼろげらしく、結局みーさんと一緒に片っ端から探していくことに決めた。昨晩、本の山からはおぼろげな記憶しか読み取れなかったらしい。サイコメトリーは場所によって読み取れる情報の質が変わるらしく、本屋の前に立っては件の小説を片手にしていた。
私がしたことは坂東氏の写真を持って、彼にその小説(図書館で借りた方)を売ったのかどうかを聞くことだった。簡単に教えてくれるわけはないから、大学のゼミに所属している学生の振りをして、教授のお遣いの振りをして当たっていった。
「すみません、教授に頼まれたのですが、この人なのですが、この本をここで買ったか知りたくて」
写真と本を暇そうに店番をしている店主に見せる。
「うーん、どちらも知らないな。悪いね」
別の店では、
「この人、先生だったの。いつもうちで買ってくれるけど、その本は見たことはないね」
また別の店では、
「それは個人情報ですからね。すみません、上が厳しいんですよ。その本は、うちでは扱っていないです」
結果、坂東氏はこの辺りでよく本を買うということ、例の小説は稀覯本であるということが分かったくらいで、大した情報は手に入らなかった。みーさんのサイコメトリーも空振りだった。
途中で休憩もかねて昼食を食べに行った。カレーが有名ということで近場の店に入ったが、確かにスパイスが利いていておいしかった。
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