第127話 比呂(中編)
第127話 比呂(中編)
みーさんには見えず私には見えたということは、つまり、本の山を調べることは私の仕事になるということだった。みーさんが小説の残りを読んでいる間、私は本の山を上の方からめくっていくことにした。
この作業に意味があるとすれば、この本は同じ人がまとめて売ったものだから、そこから切り口を見つけられるかもしれないということくらいだ。パラパラとめくっていく。こういうときに電子書籍なら検索機能や画像認識で一括処理できるだろうにと考えたが、怪奇がデジタルな処理に対応しているのか分からない。
1冊目、当然何も見つからない。
3冊目、何もない。秘書がインスタントコーヒーを淹れてくれた。
6冊目、何もない。みーさんが小説を読み終えた。少し薄暗くなってきたため、坂東氏から本を一括して借りて大学を後にすることにした。袋に詰めると、いくら小さい本が多いとはいえ重い。トランクはもともと持ってきたものでいっぱいだ。
ホテルにチェックインして部屋の確認をし、荷物を置いた後はA県にある支部へあいさつに行った。それから戻ってホテル近くの食堂で親子丼と日本酒、肴にたこわさとスルメを頼んだ。みーさんは親子丼の替わりにカツ丼を頼んでいた他は私と概ね同じだった。学生街だから安くて量が多かった。強いて言えば日本酒が少し高かったくらいか。
ホテルに戻ってからまずしたことは、件の小説に目を通すことだった。みーさんは既に出版社と著者を控えていて、そこから調べていくから一旦はいらないと言っていた。だからじっくりと読むことができた。
ほどよくほろ酔いの頭で小説を手に取り、その表紙を開いた。内容は入院患者が医者に想いを寄せる恋愛小説で、主人公の心の機微が丁寧に表現されていた。そして主人公の病気が重くなり、意識が飛んでいる間の白昼夢の描写の中に唐突に、「比呂とは単位の一つで、(以降インク汚れでかすれて読めず)」の一文が現れていた。上手く行間に収まっているが、本文と全く関連はないように見えた。
そこを飛ばして続きから読むと、時間が経つのも忘れるくらいあっという間に最後まで読むことができた。エンディングはあっさりとしていながらも心に残るものだった。昭和初期の空気というか、風景がありありと目に浮かんだ。しかし、やはり話の内容と例の文は関係なかった。できる限り考えても比喩でもなんでもなかった。その文の有無で内容が変わるようなレトリックでもなく、ただの活版印刷で他のページと同じように刷られていた。
(全く手がかりがない…)
ただこの一文だけだ。表紙も、横から見ても、普通の古本だ。
残りの本の山にも目を通す。7冊目も相変わらず何もない。速くめくったからだろう、部屋の中に古紙の匂いが一気に広がる。
9冊目、絵本だ。絵がかわいいが、ひらがなだけで読みにくい。元々読んでいないが。
10冊目を終えたところで大分遅い時間になっていたため、一旦やめて眠ることにした。古本の匂いのせいで、夢の中で図書館探索をする羽目になった。
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朝起きてから風呂に入り酔いをさっぱりと醒ました後、朝食を食べに行った。みーさんとエレベーターを待っていると、同じくエレベーターを待っていたサラリーマン風の中年男性に怪訝な目で見られた。ジャージ姿の女性の連れは怪しく見えるのも不思議ではないと思った。朝食は普通だった。
その後もホテルに缶詰めになって本をめくる作業の続きを行った。みーさんは出版社に行った。20冊目まで見終えたところで(何も見つかることはなかった)遅めの昼食を食べに出た。折角だからバスに乗ってA駅まで向かい、デパートで醤油ラーメンを食べた。あれは美味しかった。
28冊目まで目を通したが、詩集に紙魚のような怪奇がいた他は何も見つからなかった。怪奇は逃げることもなく本にただ張りついていたから放っておいた。みーさんからその日の調べ物が終わったと連絡をもらったため、ホテルの外で合流して、前と同じところで麻婆豆腐定食とビールを頼んだ。
ホテルに戻ってから最後の33冊目まで、何とか見終わった。この作業にも慣れて後半は素早くできるようになったと思う。ただ、やはり、紙魚のような怪奇の他は何も見つかることはなかった。全てただの本だった。徒労に終わった。再び詩集を開くと、紙魚の怪奇が悠々と泳いでいた。
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