第126話 比呂(前編)
第126話 比呂(前編)
陽が昇るのが早くなっているのもあって、普段より早起きするのが楽だし気持ちが良い。カーテンを開けたら窓の外に季節外れのカエルがいたが、よく見たら怪奇だった。ただ日光を浴びているだけのようだった。怪奇には向こうから手出しをされない限り何もしない。もし攻撃されたら危険であるし、用もないのに攻撃するのも好かない。逆に向こうが何かして来たら、あるいは仕事ならこちらも相応の対応をする。野生動物に対する感覚と同じ感覚だ。
早起きして向かった先は西方にあるA県だ。依頼のためだ。この依頼はみーさんが受けたもので、私は補助として駆り出された。駆り出してもらったと言うべきか。他にも当てはあるだろうに、ありがたい。
まずはG駅に行ってみーさんと合流し、それから新幹線に乗ってA県A市に向かった。みーさんはいつも通りのジャージ風姿で、やはり私のジャケット姿とちぐはぐに見えたが、2人とも大き目のトランクを引いているという共通点があった。新幹線の中は比較的空いていたが隣の席に座った。オレンジ・スイートのような香りがした。道中のほとんどはみーさんがゲームの話(今はフリーゲームにはまっているらしい)をするのを聞いた。彼女はY○utuberであるから、遊んだ記録を編集して動画にしているのだろう。話の種類が多岐にわたっていて、どれも時間がかかりそうで、協会の依頼も受けているわけだ。その活動力はただすごいと思うばかりだった。
改札を出た後はA駅にあるデパートで昼食を食べた。ちょうどラーメンフェアだかをしていたため、醤油ラーメンを頼んだ、魚と鶏の出汁、ちぢれた黄色い麺、味玉、メンマ、なると、ほうれん草、薄いチャーシューにネギ、海苔とまさに理想のラーメンだった。実に美味しかった。実際みーさんにも「おいしそうですねー」と突っ込まれるくらいだった。その後、A駅からタクシーに乗って、A大学の法学部がある甘九キャンパスに行った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今回の依頼はある古い小説に書かれた一文、「比呂とは単位の一つで、(以降インク汚れでかすれて読めず)」の「比呂」が何かを調べることだ。
法学部教授の坂東氏は随分前に趣味の古書漁りで古本の束を買った。最近になってようやく手を付け始めたが、その一冊に例の一文が書かれていた。その本自体はマイナーな私小説なのだが、何故かその途中に脈絡なく書かれていたという。
異常であると気づいたのは、偶然そのページに栞をはさんだためである。つまり、始めに読んだ時にはあったこの文が、次に読んだ時にはなくなっていたためだ。それからも度々読めたり読めなかったりしたという。
不思議な依頼ではあるが、怪奇であるなら依頼者の要望を聞くのが仕事だ。
「比呂」という言葉は調べても人名くらいしか出てこない。「比」が付く単位は比重がある。意味はある物質の密度と基準となる標準物質との比だ。「呂」は雅楽の音の一つ、あるいは「ろ」の音を当てる字だ。だから標準の「呂」と比べた単位だろうが、全く意味は分からない、というのがみーさんが事前に言っていた話だ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
A大学のキャンパスは自由な空気が流れていて、学生たちが研究内容らしきことを話しながら歩いていたり、近所の老人が椅子に座って絵を描いていたり、学生服を着た男子学生が自転車で通り抜けて行ったりしていた。それ以上に大学らしい格好をした人たちは多くいて、その中にいるとみーさんはあまり目立っていなかった。
坂東氏は事前にインターネットで調べた通り、横柄さもなく、権威じみたこともなく、話は円滑に進んだ。(実力もあるらしい。)件の本の件の頁には確かに「比呂とは単位の一つで―」と書かれていた。本を貸してもらい、みーさんが読んでいる間に、私はこの本が出てきた古本の束を漁ることにした。
(埃っぽい…)
本の束の中には色々なジャンルのものが混ざっている。主に明治から昭和中期の時代だろうか。小説、エッセイは勿論、魚の飼育法、数学の教科書、詩集etc.、とにかくとりとめもない。33冊ある。
(これに目を通すのか…)
無論読まず、文字が怪奇で書かれているのかを見るだけだが、それでも量は多い。さらに、見尽くしたとして、手がかりになるかは全く分からない。が、当たるものには当たっておこう。
「あれ?、消えたー」
みーさんがそう呟いた。後ろから覗くと、例のページを読んでいた。
「何かなくしましたか」
「あ、もしかして見えていますー?」
半身を後ろに向けたみーさんが言った。話がかみ合わない。
「もしかして、消えたのは例の文でしょうか」
「と言うことは、上野さん読めているんですねー。来てもらってよかったー」
どうやら相当見えにくくなることがあるようだ。私には集中すれば見えるが。
評価やブックマーク登録、励みになりますm(_ _ )m 。
評価は「ポイント評価」で行うことができます。