第125話 くぼみ(後編)
投稿ミスっていました。あぁぁー!
第125話 くぼみ(後編)
家に帰る前に少し仮眠をとることにした。ホテルからは既に引き払っていたため、車の後部座席を倒して荷台とつなげてそこに毛布を敷いた。枕も用意してあったから悪くない寝心地だった。藍風さんは助手席に座って、ノートPCを使ってカメラとレコーダーの記録をチェックしていた。
スマホの振動で目を覚ますと藍風さんが教科書をしまうのが見えた。水を飲んで頭をはっきりさせている間に、記録結果について話を聞いた。レコーダーの方は特に収穫がなかったが、カメラの視野ぎりぎりの位置に魚の目玉が回ってくぼみができる過程が映っていた(目玉自体は映っていなかった)。
車を動かしてから高速道路に入り、少し行ったところで昼食をとった。下道より値段が高い分メニューは豊富だった。2人とも生姜焼き定食を食べた。
お腹いっぱいになった藍風さんが助手席で眠っている間、何とかコーヒーのおかげで目が覚めていた私は車を走らせ続けていた。進むにつれて天気が段々と悪くなっていた。そのうちフロントガラスにぽつぽつと雨が当たり始め、すぐに本格的に降り始めた。
車の速度を少し落として、なおも走らせていると藍風さんが起きた。雨音はそこまで大きくなかったため自然に起きたのだと思った。寝ぼけている?藍風さんを横目で見ていると、突然ジャケットの左ポケットに入れてあった私のスマホが鳴った。
「すみません藍風さん、見てもらえますか」
「あ、はい」
小さな手が遠慮がちにポケットに入って、そこからスマホが取り出される。
「名前、出ていません。番号はXXX―」
聞き覚えがないが、局番はあの公園のあった町、兎日町だったと思う。ホテルに忘れ物でもしたのだろうか。(だがこういう場合、連絡なしに捨てられる気もする。)
「出てもらってもいいですか」
「はい」
藍風さんがスマホを操作して耳元に持って行く。他人のものだがらスピーカー機能は分からなかったのだろう。それでも私には問題ない。雨が降っていても聞こえる。
「はい、あいか、あ、上野です。上野さんの電話です―」
電話の相手は公園管理の担当者だった。所々聞き取れないが、どうやら公園で事故があったらしい。人身だろうか。いや、違うようだ。散歩に来ていた犬の、その体の肉が突然抉れて血まみれになったらしい。
藍風さんが冷静に返答しているが、向こうはてんやわんやになっているようだ。すぐに来てほしいだとか、何故いないのかだとか言っている。依頼終了の連絡は入れてあるのに。段々と藍風さんが押されている。
そもそも何故藍風さんに連絡を入れず、私にかけてきたのか。第2連絡先に入っていたためだけではない。それなら先に藍風さんや協会にかけるはずだ。メインの理由は散々こちらからの連絡を無下にしていてそこにかけにくかったのだろう。
タイミングよく、ちょうどパーキングエリアがある。左に車線変更してそこに入り、駐車場で電話を受け取る。
「はい、替わりました。上野です」
私達はすぐに向かえないこと、協会に連絡して言われたようにすることを伝えてから電話を切る。相手が何を言っていても知らない。藍風さんも再三説明していた。依頼料がないなら何もしないといった、全てに冷血な考えではない。ただ、彼は礼節を欠きすぎた。
親切心で協会に連絡を入れたらどうやら件の人物から話が行っていたらしく、既に近場の戦闘寄りの人物が向かったとのことだった。良かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
幸か不幸かその犬以外被害はなく、事態の収拾を図ることができたと連絡があったのは高速道路を降りる直前だった(協会から藍風さんに連絡があった)。藍風さんは、よくあることと言っていた。やはり年以上にしっかりしている。
彼女を家に届けて、自分も家に帰って、冷凍食品を食べた。味付けは濃いが、たまに食べる分にはよい。気にはなったので汁は飲まずに野菜ジュースを飲んでおいた。
件の担当者に、ほんのわずかに嫌な気分になりながらも思った。こちらの話を聞かず、取り返しがつかなくなってからわめきはじめるのはどこにでもいる。次は責任転嫁の爆弾の回し合いが行われるのだろう。そのときに私達を対象にするだろう。よそ者、自分の知らない力のある者、誰かが対象にした者は途端に矛先が向く。こういうときに協会に所属していて、協会経由で依頼を受けていると助かる。法的な対応が任せられる。
すべてをどうこうできるわけはない。そんなことをしていたら例えば医者は過労死するだろう。今回、お前があのときしていればなどと言われれば同じことを言い返す。何となく、藍風さんが一部を除く他の協会員と距離を取っているのが分かった。