第117話 石造りの小屋(中編)
頭と目がバキバキに痛いため(原因不明)いつも以上に短めです…。
第117話 石造りの小屋(中編)
休憩の後、歩き疲れて肉体的にも、感覚がおかしくなることばかりで精神的にも、加えて水も食べ物も限界に来ていたが、もう少しで出口であると予想していたため、何とか先に進んで行った。ツァップさんの明るさはかなり支えになっていた。
重い足を一歩一歩と進めていくと、落ちている物は次第に増えていき、やがてそこから声が聞こえるようになった。
「こんにちは」「はじめまして」「人形かな」
布団が、筆が、釜が話しかけてきている、のだろうか。
「ツァップさん、何言っているかわかりますか」
英語で聞いてみる。
「半分くらい分かります」
やや当惑した表情をしながらも返事はすぐに来た。
「あれらは日本語で、こんにちは、はじめまして、人形だろうか、と言っています。ツァップさんも私と同じ音が聞こえているようで安心しました」
「なるほど。あの木の実のように、人毎に違うように感じているかもしれないことを考えていたんですか」
「それか、気が狂ったのかと思いました」
私の答えを聞いてツァップさんはクスリと笑った。話しかけてきたモノは付喪神か何かだろうか。大分返事が遅れてしまったが、さて、何と言おうか。
「こんにちは」「はじめまして」「人形かな」
布団が、筆が、釜が話しかけてきている。再び、全く同じことをだ。
(おかしい)
こちらの反応の薄さ、あるいは英語で話していることに対するリアクションがない。試しに話しかけてみようか。
「こんにちは。ここは寒いですね」
「こんにちは」「はじめまして」「人形かな」
布団が、筆が、釜が話しかけてきている。再び、全く同じことをだ。
しばらくの間、ツァップさんと黙って立っていたが、聞こえてきたのは同じ台詞だけだった。どういうタイミングで話し始める、いや、音が鳴るのか分からなかったが、意味を持って発しているわけではないということは分かった。
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進むたびに現れるものは全て話しているような音を出し始めた。覚えている範囲だと、そろばんが「いくらだい?」、鮭を咥えた熊の置物が「これ食べる?」、障子戸(蔵の前で会ったモノかは不明)と襖は「破らないでね」、茶碗は「生まれはどこ?」、また別の茶碗は「どういたしまして」、黒電話は「チーン」という音を出していた。くたくたな所によくわからない、それも言葉のように聞こえてくる音は、本当に意味を持った言葉であるように聞こえかけていた。
聴覚を制限しても、なぜか頭の中に音は入ってきた。そのうち、上を見れば雲が「見ないでね」、木や草を見れば「食べないでね」、道に至っては「痛いから踏まないでね」と言う音を出してきた。ただの音であるのに何か少しばかりの罪悪感を持ってしまいつつあった。
ツァップさんは少しは言葉の意味が分かるらしく、時折何とも言えない表情をしていた。言葉の意味が分からなくても、何か言っているような音が入ってくるのは恐らく不快だろうと思った。
その音もだんだんと叫び声のようになっていった。「見ないでね!」、「食べないでね!」、「痛いから踏まないでね!」と視界に入る度に喚かれているように響いた。叫び声が本格的になっていた所で、ツァップさんが何かの気配に気づいた。
「上野さん、もう少し先に何かいます」
そう言われて嗅覚を鋭くする。木の臭い、土の臭いといった他の臭いが強く、まだ嗅ぎ分けられない。
「この異界の元凶だとよいのですが」
「うん、私もそう思います。この気配は、さっき会った鬼に近い気がします」
「あの鬼ですか。同類でしょうか」
「たぶん。でも、そこまで正確にはちょっと…」
叫び声に聞こえる音を無視しながら右に左に進路を変えていき、かすかに先ほどの鬼と同じ臭いがしたと思うと、じきに石造りの小屋が見えた。あの鬼は不気味さこそあったが、好戦的ではなく、道まで教えてくれた(情報の正確性は不明だったが)。小屋の中にいる怪奇もそうであってほしいと思いながらも、私が話している間、ツァップさんには少し遠くで見ていてもらうことにした。
ゆっくりと石造りの小屋に近づいていくと、小屋が「今日は何曜日」という音を出した。その音を聞いたのか、こちらの臭いや音が漏れたのかは知らないが、慎重に行動した甲斐もなく、小屋の中から「ドチラサマ」と甲高くも割れるような声がした。