表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/305

第113話 石造りの小屋(前編)

第113話 石造りの小屋


 先に続く道は分岐している所こそなかったが、右に左にしょっちゅう折れ曲がっており死角が多かった。曲がり角の度に警戒して進んでいく必要があったから、時間の割には移動できていなかった。そもそも行きつく先も、それがあるのかも分からなかった。


 1時間ほど歩いたところで休憩した。ペットボトルの飲み物は十分にあったが、食べるものはなかった。2人で少し話したが特に何か進展があるわけでもなかった。ツァップさんが言うには、道の先に気配がすることは確かだった。不思議なことに先に進めば進むほど周りは暖かくなっていた。だから私もツァップさんもコートを脱いで、かばんとリュックサックに括りつけていた。


 またも同じように歩き続けると、すぐにツァップさんが何か怪奇の気配を感じた。それからはより慎重に進んでいった。30分ほど経った頃、見飽きた曲がり角を曲がると、そこに見慣れない物があった。石造りの小屋だった。


 「ツァップさん…」

 何か気配を感じますか、と続けて小声で言おうとした。しかしその前に意図が伝わったようで、ジェスチャーで小屋にいると返してくれた。


 (どうするか…)

 こちらに友好的なモノか、そうでないか。安全か、危険か。自分たちで無力化できるか、できないか。臭いは、獣のような、人のようなものだ。私には判断できない。ツァップさんの方が怪奇に関わっている時間は長い。任せようか。ちらりと彼女の方を見ると目が合った。


 「行きましょう」

 こちらの意図を理解したのか、ツァップさんは少し微笑んで呟いた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 足音を立てないようにして、小屋に向かってゆっくりと進む。どのような怪奇がいるのか分からない。扉に近づいて、少し距離を取り木の枝でノックをする。


 コン、コン


 扉の両側にそれぞれ潜む。


 「ドチラサマ」

 酒で潰れたような低い声が返事をした。こちらに向かってくる足音が聞こえる。扉が開く。


 「コンニチハ」

 そこにいたのは、鬼だった。3mほどで、角が1本生えている。皮膚は赤褐色で明らかに分厚い筋肉を覆っている。毛髪は薄いが体毛は濃く、辛うじて腰に布を巻いている。とてもではないが、力で勝てそうにない。札は効くだろうか。もっとも不自然なのは、両手、両足の指が全て右手に集中していることだ。親指は親指で、というように各指が荒く縫い付けられていて異常に長い。


 「こんにちは」

 幸いツァップさんは扉の裏に隠れている。話が通じるなら撒けるだろうか。


 「オンナハドコダ」

 臭いで気づかれているようだ。


 「逃げた」

 とっさに、適当な嘘をつく。心臓が痛い。ポケットに手を入れて、札を握りしめる。


 「ソウカ。ナニシニキタ」

 この話題には元々興味がなかったらしい。すぐに次の、私達にとっては本題に移った。


 「迷った」


 「ソウカ。コノイエノ、アルミチ、リョウホウデグチニ、ツヅイテイル」

 要するに片方は先ほどまで通った道、もう片方が次に進む道だろう。出口があるとわかっただけでも収穫だろうか。


 「ありがとう」

 後は話を切り上げるだけだ。依然汗は止まらない。


 「オイ。マテ。コレヲヨメ」

 鬼は一旦小屋に戻ってからどこにでもありそうな、少し古いノートをこちらに渡した。鬼の方から注意をそらさないようにして、ノートの中を見る。


 『○△□◇』『○△■▲◇』『○△◇○』

 読めない。何かが書いてあることは確かだが、字が汚すぎるのに加えて、途中途中墨をこすって塗り潰されている。読めそうな所はないか、読んでいる振りをしながらノートをめくっていくと、半分ほどで白紙になった。


 「ドウダ」

 鬼の表情は読めない。心拍数は上がっているようだ。鬼にも心臓はあるのかと少し興味を引かれるが、それどころではない。


 (何がどうだ、なのだろうか…)

 よく見ると、鬼の右手の甲は少し墨で汚れている。おそらくそういうことか。

 「いいと思う」


 「ソウカ。ユビヲツナゲタオカゲダ。ソレヤル」


 「ありがとう。そうだ、これやるよ」

 私はかばんから使っていないノートを取り出して鬼に渡した。鬼は指のない方の手で受け取った。ノートはひしゃげた。


 「ソウカ」


 「じゃあ」

 私がそう言うと、鬼は扉を閉めて小屋の中に帰っていった。


 扉の裏からは緊張した顔で十字架を構えているツァップさんが現れた。彼女には何を言っているか少ししかわからないわけだから、話の展開も分からなかっただろう。先ほど起きたことを要約して伝えながら、ともかく先を急いだ。あの鬼が急に気を変えて襲ってきたら大変だ。


 鬼には悪かったが、何を書いてあるか分からなかったため感想の言いようもなかった。食べられる恐怖があるわけだから、あのように言うしかなかった。それに、指を切って右手の指に集めても上手い文がかけるわけがない。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 鬼の言っていることは正しかった。石造りの小屋を背にして歩いて行くと、すぐに突き当りに差し掛かった。正規の出方は分からなかったため、先ほど同様札を放り投げて壁に穴を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ