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第109話 ハサミババア

第109話 ハサミババア


 前の会社でされたことをたまに思い出してしまう。ニュースでビジネス物の記事や書籍の紹介を見たときに、普通なら問題なくできていたのにと思わずにはいられない。何故攻撃の的になったのか、誰も止めなかったのか考えても意味はないが、嫌な気持ちになることは否定できない。その感情を普段行うことと結びつけたくないから、頭を空にするように自転車をこいで知らない町、地域に行く。怪奇を知覚できるようになっていなかったら、今頃どうなっていただろうか。



 だから今回も、何も考えずに自転車をこいで、休憩しようと思った時には知らない地域の集会所の前だった。そこのベンチに座って水筒のお茶を飲んでいると、集会所の中にハサミを持った老婆が立っていた。


 (何かの会の活動だろうか)

 一瞬そう考えるが、しかしとっさに目をそらす。怪奇だ。像が重なっている。


 その一瞬のうちに姿がはっきりと見えた。それの目は焦点があっておらず、ぼうっと立っている。白髪で皺の多い丸顔、服は田舎の服屋で売っているような物、腰から下は窓から見えない。両手にハサミを持っている。


 ジャキ、ジャキ、ジャキ


 耳を澄ますと一定のリズムでハサミを上下している音が聞こえる。


 集会所は電気もついておらず、人の気配(と表現するが実際は音と臭い)がしていない。水筒を小さめのかばんにそっと片付けて、自転車にまたがる。その間にも音は聞こえる。


 (よし、逃げよう)

 相手が分からないし、依頼でもないから関わる必要はないだろう。この地域と何も関係がない。あとはここの誰かが何とかするだろう。



 自転車を気持ち速めに走らせながら、藍風さんなら知っているかもしれないから後で聞いてみようと考えつつ、変速を下げる。上り坂にさしかかった。先ほどまで聞こえていた風切り音が収まる。


 ジャキ、ジャキ、ジャキ


 集会所を離れてからずっと聞こえていた音が明瞭になる。あの怪奇はついてきている。姿こそこちら側から隠したようだが、私には関係ない。それは走っている。


 (どうしようか…)

 悪意のあるモノである可能性は高い。そういえば、以前藍風さんから教わったことがある。試してみるか。ちょうど近場にある。太ももが痛むが、そのまま自転車を加速して、思いっきり前輪を持ち上げる。


 ガシャン!


 低い階段をまたいで飛び込んだ先は名も知らない神社だった。一か八かのアクロバットは成功して転ぶことはなかった。神域には悪意のある怪奇は近づかないと聞いていた。確かに老婆は入ってくることはなく神社の前で歩みを止めた。


 (助かったのか…)

 しかし、しばらく視界の端に入れていたが、老婆はそこから動かない。


 (反対側から出ようか)

 自転車を押して別の出口を目指していく。老婆は先ほどの場所から動いていない。少し遠くから助走をつけて、階段を飛ばしながら自転車を動かし始める。立ちこぎをすれば、振動はそこまでこない。そのまま一気に突っ切る。


 (撒いたか?)

 後ろをちらりと見ると、残念なことにまだ追いかけてきている。


 (何故攻撃してくるのだろうか、まあ、仕方ない。やるか)

 この辺りは閑散としているとはいえ、いずれ信号にあたるだろう。それまでに何とかしないと、追いつかれる。そうなればその後どうなるのか分からない。


 ようやく下り坂が目の前にあらわれた。自転車を飛ばして、一気に下まで下る。老婆も加速しているようだ。坂の終わりに差し掛かったところで、急ハンドルを切り、そして…


 バキッ!


 顔面目掛けてかばんを叩きつけた。結構な衝撃が腕に返ってくる。その見返りに、老婆の首が心なしか傾いたようだ。反回転して地面にぶつかっていった。腕の痛みを我慢して札を貼りつけ、距離を取る。


 少しの時間、十分な距離を開けて観察していたが、どうやら怪奇は動かなくなったようだ。見える人から見たらボケて寝ている人に見えなくもない。あるいは死体か。



 協会に連絡すると、回収班が来るから少しの間見ていてほしいと言われた。念のため札を2枚余計に貼っておいた。やがて大型のバンが来て、怪奇を袋に詰めると運んでいった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 その後、くたくたになりながらゆっくり自転車をこいで自宅に帰った。風呂に入って体を休めてから、藍風さんにハサミババア(と名付けた)について聞いてみたが、その地域にそういった怪奇が出るという話は聞いたことがないとのことだった。


 この怪奇は依頼でも何でもなかったので、特に報酬が出るわけではなかった。報告書を提出すれば使った分の札と回収費用を肩代わりしてくれるという話だったのでありがたかったが、時間や体力の分マイナスであることには変わらなかった。つまり、完全な絡まれ損だった。次はもっと早く逃げるか、先んじてとどめを刺そうと思った。


 夕食にはカツカレーを食べた。自炊する気力が残っていなかったから出来合いの物を買った。普段は食べないからこういう時には食べるようにしている。歯を磨いて、少し経ってから布団に入るとすぐに眠たくなった。

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