第107話 おまじない
第107話 おまじない
校長に事の概要を話した後、放課後まですることもなかったので用務員室で各々が別々のことをして過ごした。私はこの間買った呪術の本を読み、桾崎さんは学校の課題をやっていた。小学生のやるような内容は授業の時間を割くまでもない、と後ろから見て思ったが、じきにそれは自分が既に行っていたから感じるだけだと思い直した。
本を読み始めてから1時間ほど経った頃、気配(というよりも音)を感じて後ろを見ると、桾崎さんが興味深そうに覗いていた。彼女にとっては難しいように書いてあっても内容は簡単とのことだった。
「あ、ここ、僕の知っているやり方と違います」
何故か一緒に読んでいる最中に、桾崎さんがある部分を指さした。肩の近くに顔を寄せて覗き込んでいたからマートルのような香りが濃く感じられた。
「なるほど、どう違うのでしょうか」
「こことここは省略して―」
「ありがとうございます。流派の違いか何かでしょうか」
せっかく教えてもらったことだから余白に書き込んでいく。
その後、桾崎さんが着替えるために私は部屋の外に出た。窓の外には、高学年(恐らく6年生)がグラウンドを周回している姿が見えた。寒いのに大変だろうと思った。桾崎さんが正装(修験道と陰陽道の人たちが来ている服をミックスしたような服)着替えると、少しだけ大人びて見えた。よく見ると少しだけ細工がしてあって、ヒラヒラやらが付いていたからそう感じたのだろうと思った。私も着替えてから内線で校長に連絡し、校長室(正確にはその隣の来客室)に行った。
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来客室には向かい合ったソファとガラステーブル、それからトロフィーや賞状が飾られていた。さほど広くなく、10畳ほどで窓はなかった。場所を広く使いたかったため、ものを部屋の隅に動かしているとき、例の女子児童3人を校長室に呼び出す校内放送が流れた。桾崎さんは部屋の四隅に盛り塩を置いて、それから集中し始めていた。
やがて児童たちが校長室に来る音がした。すんなり来客室に来るのかと思っていたが、校長の説得は難航していた。壁に耳を当てると、「どうしてですか」、「念のためだから」、「そんなことはしていません」、などと聞こえてきた。帰りだしそうな雰囲気を感じ取ったため、校長室に出た。とにかくことを行わなくてはならないから、後のことは後で考えることにした。
「こんにちは、555プロダクションの佐々木、と申します」
そう言って表情を作りながら偽の名刺を3人に渡す。大事なのは3人の中で一番発言力のありそうな子から渡すことだ。
「555プロって、あのアイドルの?アリスちゃんとか、さつきちゃんとかの?」
「そうです。他にも雑誌のエースティーンも出している所ですね。実はそこで、今回小学生の女の子に流行っているおまじないを調べているんですよ」
当然嘘だ。
「え?本当ですか?」
「はい。教えてくれたら代わりに恋のおまじないを教えてあげます。今専門家が隣で待っているんですよ。バレンタインも近いし、ね?どうですか?」
「どうする?」「いいんじゃない?」
「待って、どうして555プロの人がここにいるんですか?おかしくないですか?」
いい所に気付く子もいる。
「これ、本当は秘密なんですけれどもね、今、次世代のアイドルを探しているんです。それで、ここの卒業生の社員さんに頼んで、紹介してもらったんですよ」
全く質問の答えになっていない。会社でこんな答えをしたら馬鹿だと思われるだろうし、私がされたらイライラするが―。
「え!ほんとですか!ってことは―」
引っかかった。
「それ以上は内緒ですよ。インタビューをさせてくれたら、後でプロのおまじないと写真撮影がありますよ。どうしますか?」
「どうする?」「ありかも」「いいって!」
上手く行ったようだ。校長の方をちらっと見ると何とも言えない顔をしていた。教え子が怪しい人に騙されているが、今回限りは必要なことだからだろうか。私と目が合うと話の流れを汲んで外に出て行ってくれた。ついでに言わせてもらうと、失礼ながら、アイドルのできそうな容姿では…。
それから3人の話を聞いてみたが、行っていたアイドルさんはこっくりさんと何も変わらない物だった。他に分かったのは、
・紙も10円玉も使いまわしで持ち回りで机に隠している
・聞いていることは、テストの答え、好きな人の好きな人、好きな物、どうすれば両想いになれるか、など
・アイドルさんは安全だから、学校が止めているこっくりさんとは違う
・先生に見つかったことはまだない
ということだった。
偽のインタビューを切り上げたあと、内緒のおまじないという設定にして、3人には目隠しをさせると手を数珠つなぎにして来客室に入っていった(学校でなかったら完全に犯罪だ)。
桾崎さんは私達を見て、その見た目にびっくりしていた。3人を床に座らせてから桾崎さんの小さな耳にそっと校長室での概要を囁くと、私へのある種の疑いは晴れたようだった。桾崎さんからも耳打ちがあって、見られていると緊張するから部屋の外にいてほしいと言われた。
後ろ髪を引かれながら校長室に戻ると、校長も戻ってきた。騙した詫びを言って、これからどうするのかを話していると、隣の部屋から儀式の言葉や音がおぼろげに聞こえてきた。話がまとまった頃、隣の音も消えて、桾崎さんが扉の隙間から顔を覗かせた。
部屋に入って、3人を連れ出して目隠しを外し、校長と一緒に何とか説得した。体調不良やけがの児童の話を持ち出して、好きな子を巻き込むかもしれなかったと言ったのが切り札になった。児童を帰して、来客室を片付けてから用務員室に戻った。