第104話 流行り(前編)
第104話 流行り(前編)
朝、今まで通り早く起きると一日が長く感じる。仕事がない間は準備の時間だ。勉強は勿論、体力づくりの運動も行う(簡単な筋トレやランニング程度)。そればかりをするのは退屈だから、適度に息抜きもしている。気を抜くとその息抜きの方が一日のメインになってしまう。まあ、悪くないのだろうかと漠然と思っていても現実は厳しい。
月収に12をかけて、諸々取られるものを引き算すると結構厳しいことがはっきりした。これから増やせることに期待しつつも、そうした状況だから仕事は随時募集中である。その活動の中で、弦間さんから仕事の誘いが受けることができた。時給換算すると相当低いが、経験もかねて引き受けることにした。要は、弦間さんに急用ができたから代わりに桾崎さんと行くわけだ。
依頼内容は単純なものだ。T県T市の小学校でこっくりさんが流行っているらしい。先生に見つかって幾度と止められても、名を変え、場所を変え行われ続けている。これだけならいつの時代にもありそうな話だが、一部の児童が異常に熱中しているらしい。それが原因かは不明だがその学年では体調不良や怪我がいつもより数倍多くなっている。そうなると、そのことが不安だから、他の児童もこっくりさんをし始めるという始末だ。
だから、体調不良やけがの原因を見つけて対応するのが今回の依頼だ。こっくりさんもどきを止めさせるのはおまけのようだ。下請けのようなものだから依頼者の詳細は不明である。
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当日、電車でG駅を経由してT駅まで行った。平日の車内は空いていたからゆっくりと電子書籍を読みながら過ごした。T駅に着いてからそのまま駅内で昼食にそばとかつ丼のセットを食べた。値段相応の味だが、2つのメニューを楽しめたのは良かった。桾崎さんから事前に乗ってくる電車を聞いていたから時間の調整は容易だった。
駅を出たときには小雨が降っていた。待ち合わせ場所のドラッグストアの前で、どうしたものか考えていると桾崎さんが後方からやって来た。
「こんにちは、桾崎さん。今回はよろしくお願いします」
桾崎さんは藍風さんよりも小さいから、首がいつもよりも傾く。大荷物なのが余計に小ささを際立たせている。黒髪のショートヘア、ほんの少し細い目で、急いで来たのか少し息を切らして頬が染まっている。森のような香りがする。
「僕の方こそ、よろしくお願いします」
「僕?」
思わず、素で聞き返してしまった。女の子のはずだが。
「あ、そうなんです。言霊みたいなものです。弦間さんに言われたんです。能力が強くなるって」
言葉に宿る霊的な力によって、言葉の吉凶が現実の事象の吉凶に影響を与えるのが言霊だったと思う。陰陽師らしい発想だ。
「そうですか。いきなりで大変ですね」
「僕の方から聞いたんです。もっと能力を活かしたいって。慣れないかもしれないですがよろしくお願いします」
当人が納得しているなら何よりだ。ただ、今はまだ中性的な見た目だが、これから成長していっても大丈夫かと勝手に老婆心を覗かせる。
「すごいですね。所で、これからどうしますか」
褒めるのも何か違う気がする。彼女の方が先輩であるからだ。
「まず小学校まで行きたいです。校長先生にあいさつをするのと、荷物を預けたいからです。使っていない用務員室を貸してもらえることになっています」
「それなら少し距離がありますからタクシーを使いましょう。乗り場まで荷物を持ちますよ」
「はい。ありがとうございます」
嬉しそうに笑った顔は年相応の女の子に見える。持ってみると荷物はそれなりの重さだ。桾崎さんは体が軽くなって、疲れていた肩を小さく回している。
タクシーはすぐに捕まえることができた。荷物をトランクに入れて、目的地を伝えた後は誰も話すことはなかった。運転手からどう見えているのかが気になった。平日に、大荷物を持って乗り込む2人。私は年上に見られがちだし、桾崎さんは年齢の割には小さいから、親子に見えなくもないかと思った。だから黙っていたのは正解だったと思う。
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小学校はどこにでもあるような造りだった。廊下を通ると授業が行われている教室が目に入った。机も何もかも小さく、黒板は平仮名ばかりで不思議なものに見えた。
校長は温厚そうで、どう話が伝わっているのかは不明だが歓迎されているようだった。用務員室は掃除されていて、風呂がない以外は暮らせそうなものが一通りそろっていた。荷物を置いて部屋の点検をしていると、低学年の授業が終わったらしく廊下から子供たちの声が聞こえてきた。静かになるまで一旦桾崎さんと情報を整理することにした。




