第103話 生活リズム
第103話 生活リズム
最近は自営業になったことに慣れてしまい、時間の使い方が雑になっている気がする。つい夜更かしをして、起きるのも遅くなりがちだ。分かっていても中々癖になると抜けない。夜仕事をすることが多いのも一因だ。とりあえず、それらしいサイトの記事を見て、起きる時間と寝る時間を決め、時間になったらそうすることにした。
仕事は今のところあるが不安定なのは否めない。実質無職に近いのだろうか。時間があるうちにやることをやっておこうと思う。一寸先は闇だ。
昨夜は時間通りに布団に入ったが、時間通りに起きても布団から出るのが少し辛かった。朝食のコーヒーを濃い目にして、硬貨虫にクリップを与えて、一通りの家事を済ませてから支部に向かった。G駅は平日なのに賑やかではあったが、季節柄マスクをしている人が多かった。
(妖怪も風邪をひくのだろうか)
交差点の向こうに立っている人達を眺めながらふと余計な事を考える。
(正確には感染症にかかるのだろうか。食物連鎖や生態系にどう絡んでいるのだろうか)
基本的に大した影響はしていないと思いたい。そうでないなら諸々の観察や研究で分かりそうなものだ。それとも、そういう場面に怪奇は現れないのか、都合の悪いデータは消しているのか。まあ、考えても仕方ない。
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支部には事務員がいただけだった。事務員といっても、怪奇に対応した経験もある人だからその手の知識もある。普段話すことはあまりないからほんの少し気まずかったが、報告書を提出して、それからようやく閲覧許可の下りた協会(支部)所蔵の図書を読むことにした。こういうときみーさんがいるととても助かる。
図書の方は2冊目を通したが、普段使わないような漢字が多く、バックボーンがないと理解は困難だった。なんとか頭に入れるだけ入れたが、既に抜けている気がする。勿体ない。
それから、怪奇に対応した時の報告書もいくつか読んだ。こちらは参考になった。PCに保存されていたから検索も容易だった。大抵、予備調査→調査(聞き取り含む)→対応→後処理→報告書作成ではあるが、対応の仕方がまさに霊能力者と言ったものばかりであった。情報は黒塗りにこそなってはいなかったが、名前や一部の手法はアルファベットと数字、ランダムパスワードのようなもので伏せられていた。
残念ながら事務員の都合もあって長居できなかった。礼を言ってから支部を後にして、せっかくだから大分遅めの昼食に近場で塩ラーメンを食べた。その後その辺を散歩した。G駅付近はあらかた歩いたから少し外れの方を周った。
街並みは無機質で、多少カラフルなビル群が並んでいるくらいだった。時々あるコンビニがやけに目立っていた。歩いていたのもスーツ姿の人達ばかりだった。
そのまた外れに小さな商店街の通りがあった。2割くらいはシャッターが下りていたが地元の人と思われる女性たちがちらほらいた。服屋や電器屋に用もなければ食料を買うわけでもなかったから少し速足で通り過ぎて行こうとしたが、途中に古い本屋を見つけた。
支部で蔵書の古書を読んだからだと思うが、ひょっとしたら何かお宝本があるのではないかとその時考えてドアを開けた。
「いらっしゃい」
店主に話しかけられた。こちらを見ていないから形式上の声かけだろうが、何も買わずに出るのが難しくなってしまった。入口も1つ、中も広くない。
「どうも」
軽く返事をしておく。
新書の匂い、古書の匂いが混ざり合っている。少々埃っぽい。蜘蛛のような怪奇が天井に巣を張っている。本棚を目的もなく見て周る。小説や歴史書が多い。背表紙のタイトルを見て、用事がある風を装うのに適当な本を開いてはすぐに戻す。
一周しかけて、仕方がないから何か安い小説を買おうと思っていた矢先、興味深い本を見つけた。呪術の本だ。フィクションものかと思ったら、これが真面目な内容で体系的に書かれている。古本の割に少々値が張るが面白いことには変わらない。レジに持って行くことにした。
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帰りの電車では本を開くことはしなかった。内容からパブリックスペースで読むのを憚られた。家に帰って、夕食を作って食べて、落ち着いた頃に古本に目を通した。実際、面白いが難しい。寝る時間があっという間に来た。布団に入ってから思ったが、あの本は寝る前に読むものではない。夢に出そうだ。怪奇を知覚できるようになっても、不気味だったり、怖いもの、恐ろしいものは変わらない。