第98話 節分
第98話 節分
節分とは、季節の始まりの前日のことだ。今日では多くは立春の前日を指す。季節の変わり目に鬼が生まれるため、それを追い払うために様々な行事が全国で行われている。由来や効果はとにかく、何故この話を書いているのかと言うと、怪奇狩りに付き合ったからだった。
先日、協会のホームページから依頼を探していると節分の日に行われる依頼があった。当日現れた怪奇(特に鬼)や、豆まきや何かで家から追われた怪奇がお互いの瘴気に当てられてより成長する可能性があるため、それらを捕らえて集め、一斉に処分するというものだった。特に後者について、普段は何も害がなくても追い出された先で集まって何か起こる可能性があるらしい。私にでもできる依頼だったから早速応募したところ、無事受かった。藍風さんは時間帯的に無理ということだった。とても残念そうにしぶしぶ断られた。
当日、朝のうちにやることを済ませて、昼食を食べてから仮眠を取った。普段寝慣れていない時間でも、布団に入れば眠ることができる。目覚ましが鳴れば起きることができる。これは三直交代勤務をしていたときの名残だろうが、なかなか役に立つ。
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起床後、夕食を食べてからG駅行きの電車に乗った。この依頼は人口密度の高い所が対象となっていた。だから、最寄りのエリアを選んだ。多少は土地勘もあるからでもあった。駅に向かう途中にはもう辺りは薄暗くなっていた。既に近所の家や保育園、施設などで豆まきなどが行われたようで、小物の怪奇と思われるモノがそこらにいた。
G駅に着いた後は自転車をレンタルして、夜の街を謳歌しているサラリーマンを横目に、少し遠くの住宅街の方に向かった。途中で同じ目的と思われる人を見かけた。調査も兼ねる依頼だから担当するエリアは決められていた。
自分の担当場所に着いてからはその辺りにいた怪奇を捕まえていった。普段わざわざ触らないが、こちら側に姿を見せていなくても集中すれば触れることができる。そうやって捕まえては簡易封印用の袋に入れていった。時に地図アプリを開いて現在位置を確かめながら満遍なく走っていった。
こういう時も目が良いのは強みだった。怪奇があれば見つけられる。ライトも要らない(自転車のライトは点けた。事故防止だ)。鬼の姿をした小さな怪奇は、角が生えている人型のモノもあれば(しかし顔は人間と違うのが明らかに分かる)、馬や牛の面のモノ、様々な形のモノがあった。それ以外にも同じ家から出てきたと思われる手の行列や、群れになって空の一方に飛んでいく多様なモノを見た。後者は流石に捕まえられなかった。
(痛っ!)
宙を泳ぐ魚のような怪奇を後ろから掴んだ時だった。首がすっぽんのように伸びて手に噛みつかれた。幸い頑丈な手袋をしていたから貫通はしなかったが、それでも痛みは残った。
そのまま袋に放り込んで、それから手袋の下を見た。跡が残っている。やけに凶暴だ。丁度袋もいっぱいになりそうだ。一度戻ろう。重さはそれなりに感じている。この辺りの理屈はよくわからない。自転車をこいでいく。
「すみません、一度回収してください」
支部が開いているテントに着いた後、自転車を木の下に停めて、取りまとめを担当しているであろう窓口の老人に袋を預ける。
「ん。早いね」
老人は袋にタグをつけてから新しい袋を私に渡した。後ろの方では数人が別の袋を開いて中の怪奇を取り出しては傍らに置いてあるバインダーに何か記録をしていた。
「ありがとうございます」
ここにいたところで何も起こらない。早く元の場所に戻ろう。みーさんや弦間さんがいたら少し見せてもらうこともできただろうか。
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夜の街を自転車で駆けていくのは気持ちが良い。人が少なく、街灯や星、家の明かりが漏れているのがきれいに見える。どこかの晩御飯のにおいもそこの献立を想像して楽しくなれる。冷たい空気が頬に当たるのもまた醍醐味だと思う。欲を言うならクロスバイクを使えればよかったのだが、ママチャリもこれで良いものだ。袋を籠に入れておける。
この怪奇を捕まえる仕事、袋に入れれば大人しくなるモノだけだからよいが、そうでないのを集めるのなら、例えば首?の骨を折って息の根を止めてから回収すれば良いのにと思う。この袋の中で共食いしないのだろうか。
担当箇所に戻ると、一度通った所にもまた別の怪奇が現れていた。またどこかで豆まきが行われたようだ。時間が来る前に終わらせられると思っていたが、朝までかかりそうだ。
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適度な間食や水分補給をはさみながら、何度か繰り返してようやく日が昇ったころ、周りにいた怪奇の姿が少しずつ消えていった。寿命の短い連中だった。まだ残っているのは対象外だから放っておくことにした。窓口に袋ごと渡して、自転車を返して、文松駅に戻った。
駅から歩くと自転車の速度に慣れてしまっていたから歩みが遅く感じた。家に帰って朝食を食べて、風呂に入ると眠気が襲ってきた。一日中自転車をこいでいて、怪奇を捕まえていた訳だからそうもなる。布団に入ってすぐに寝た。