第96話 違和感(後編)
第96話 違和感(後編)
夕食後に話し合った結果、結局もう一度笠登に行く最終電車に乗ることにした。もう一度同じ現象に巻き込まれるのはごめんだが、みーさんやツァップさんがトレースできるかもしれないからだった。ツァップさんも乗り掛かった舟なのか、手伝うと言ってくれた。ありがたかった。
2人が装備を整えに家に戻っている間、私はG駅内のカフェでコーヒーを飲みながら時間を潰した。普段こういうチェーン店に入ることはないけれども、家で飲むドリップコーヒーよりも断然おいしかった。しかし、藍風さんと入った文松駅前の喫茶店の方がおいしかった。行こう行こうと思っているけれども、何か1人では微妙に入りにくい。あれは何だろうか。
準備の終わった2人が駅前を歩く姿が見えたので、冷めたコーヒーを飲み干してカフェから出た。大分冷え込んでいたから2人とも先ほどよりも少し厚着をしていた。N駅までは4人掛けのボックスシートが空いていたからそこを使った。私の隣にはみーさんが、正面には荷物の多いツァップさんが座った。電車内は空いていたから座席に荷物を置いて、私達は揺られながらN駅まで向かった。3人ともスマホを操作して別々のことをしていたのだが、ふと前を向いたときに先ほどまでツァップさんの瞳がこちらを向いていたような気がした。
N駅から笠登までは終電を待つために待合室で時間を潰した。ツァップさんにはその辺りに来たことがなく珍しかったのだろうか、キョロキョロしていて可愛らしかった。みーさんもツァップさんもN駅では黒い人形の気配は感じないと言っていた。時間帯柄人は少なかった。
やがて笠登駅行きの終電が来たので再び同じように座った。今度は寝ずに構えていた。一駅、また一駅過ぎるごとに、みーさんとツァップさんは辺りの気配を探っていた。
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「この辺り、気配がします」
ツァップさんが言ったのは笠登駅から2駅前の駅、団徳駅だった。作戦は成功した。ここで降りてすぐに行くことも可能だったが、そこの辺りは暗闇で何もない無人駅だった。降りてしまえば朝まで最悪野宿か歩き詰めになることは明らかだった。女性2人には堪えると思ったため、終点まで行き、一泊して朝から向かうことにした。みーさんにも、当然私にも気配は分からなかった。
ホテルは前回泊まった所とは別のホテルを選んだ。朝食がまともな方がよいからだ。結局少し駅から遠くになってしまったが、何とかシングル禁煙を3部屋取ることができた。部屋に入って辺りを調べて、何もないことを確認してからベッドに入った。
翌日、記憶が無事だったのをまともな(普通な)バイキングの朝食を3人で食べながら確認した。人前だからそれとかあれとかでごまかしながら話した。ツァップさんは目立つからだろう、キャスケットを被っていた。似合いすぎていたし、食事中には結局取るのだから、どうしても人目を集めているようだった。この辺りでは珍しいのだろう。
支度を終えてホテルを出た後はレンタカーを借りに行った。助手席のみーさんに道案内を頼みながら(ナビもあったがそれだけでは不安だった。ツァップさんは日本語が読めない)、2駅先の駅まで向かった。荷台で吠えている犬の怪奇(ツァップさん曰く、幽霊ではない)が小うるさかったので、途中で下ろしたら猛スピードでついてきた。特に害はないから放っておいたらいつの間にか消えた。
一旦駅に着いた後はみーさんやツァップさんの能力を頼りに、適宜進路を変えながら黒い人形を追った。車通りは少ない、というか道が細く、Uターンもなかなかできないようなところだったから運転に神経を遣った。特に借り物だったから余計にだった。
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夕方になる前、ようやくたどり着いたのは小さな公民館だった。正確にはその脇にあった塞がれた井戸だった。
「ここですねー。私でもようやく分かりましたー」
手からフーチを垂らしながらみーさんが言った。隣でツァップさんが頷いていた。
「この井戸の蓋、外せないですね」
完全にコンクリートで封じてある。この中から気配がするならどうしようか。
「ちょっと聞いてみるよ」
みーさんは支部を通して、市役所、そこから担当部署に連絡をてきぱきとつなぐと、元に戻すならという条件で許可が下りた。みーさんは満足そうに電話を切った。
「なら、壊しましょう。ロープを張っておけば落下の心配もないですから」
早く解決したい。
「そうですねー、明日以降業者を手配してきちんと直してもらいましょー」
みーさんの中でも段取りができているらしい。ツァップさんも賛成のようだ。
幸いにも、コンクリートの蓋には長年の雨風でひびが入っていた。そこに大き目のドライバーを挿入して、板を噛ませて、ハンマーで叩く。何度かやっているとドライバーが貫通した。そこにバールを入れて、後はてこの要領で力を入れると蓋を壊すことができた。井戸の底には確かに黒い人形があった。
「お待たせしました」
ツァップさんが修道服に着替えて公民館から出てきた。私が蓋を壊している間、みーさんの運転でどこかから借りてきた鍵を使って、ツァップさんは中で準備をしていた。
「ツァップさん、井戸の底に黒い人形がありました。後はお願いします」
「はい」
その場所には不釣り合いな輝きが公民館の壁を照らしているようだった。みーさんと私は少し距離を取って札を構えた。