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第1話 消極的に絶望した時に

第1話 消極的に絶望した時に


 私、上野良冬はまさに今崖から滑落しようとしていた。


 動物は危険な状況に遭遇した場合、反射的に体が動くという。しかし、心が疲れきっていたのか、無意識に回避の前に諦めが割り込んできた。

 格ゲーの先行入力のようだなとか、短い人生だったなとか、そんなことを考えた。


 走馬灯のように過去が浮かんでくる。


 田舎でも都会でもない中途半端で閉鎖的な町で育ち、未来に興味を持つこともできず、学生時代を少ない友人とともに過ごし、上京して大学を卒業するも就職に失敗。ようやく入った会社ではよそ者ということで、緩やかに攻撃の的になり疲れてしまった。

 何もする気が起きないもこのままじゃだめだとなんとか思い、そういえば夜中に近所の神社に行こうと山腹を上っていく途中であった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 気が付くと、私は林の中で倒れていた。恐る恐る体を動かすと幸いなことに軽傷のようである。ひとまず、家に帰ろうとスマホを取り出すが、電源がつかない。


 (これじゃあマップアプリもライトも使えないじゃないか…)


 途端に木々のざわめきと草花のむせるようなにおいが襲ってきて、思わず身構える。このままじゃいけない。家に帰ろう。しかし、ここからどうやって家に帰ろうか。何をするにも積極的になれず、万が一を考えたらますますできない。結局消極的に生きているのである。しかし、考えていても何も進歩しない。ひとまず私は林の中をこれ以上滑落しないよう勘に任せて移動することにした。



 幸いなことに数分歩くと小屋のようなものを見つけた。

 そこからふもとまでの道も整えられているようで下っていけば何とかなりそうだ。ひとまずほっとした私は、その小屋に背を持たれて少し休もうとしゃがんだ。その時、近くに挿してあった赤い棒がひとりでに倒れた。



 それが、この先の人生を変える数奇な運命に出会うことになるきっかけとは思わなかった。

 いや、そもそも神社に行こうとしたのがいけなかったのか、いや、就職したのが、いや、そもそも学生時代から…

 ともかく、何がつながりか分からないが、これが人生を変える数奇な運命に出会うことになった。



 キン、と甲高い音が鳴ったと思うと目の前にこの世のものとは思えないモノが現れた。

 それを追うようにして小柄な女の子が走ってきた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 何故、この世のものとは思えないモノと分かったのか。答えは単純で、腕と脚が左右に何対もある女性のようなフォルムが四つん這いだったからである。現れたそれはこちらをちらりと見ると、明後日の方向にそのまま走って行ってしまった。


 呆然とその姿の消えた先を見ていると、後ろを走ってきた女の子がようやくこちらにたどり着き、そこではじめて私の存在に気付いた。


 「こ、ここにあった赤い棒を知りませんか」


 荒い息を整えながら女の子は怪訝そうな目を向けて私に話しかけてきた。小学生くらいだろうか?肩口くらいで切りそろえられた濡羽色の髪が汗に濡れた首筋に数本はりついている。登山用の服を着ているもそのシルエットは細い。ひどく消耗しているようであるが、その目は私の答えを促していた。


 「えっと」


 答える前に、考えてしまう。先に現れたモノは明らかにオカルトだとして、この少女は本当に人間だろうか?


 「あの、このあたりに赤い棒が挿してあったと思うんですけど」

 少女は再び問いかけてくる。


 「たぶん、さっき倒れたあれですか」

 私はとりあえず話しかけることにした。会話ができる以上、たぶん知性はあると思う。


 少女は倒れた棒の方を見て、やっぱりか、というような顔をすると、「夜分に失礼いたしました。おやすみなさい」と丁寧にあいさつした。


 「いえ、こちらこそ。変なものがいたから気を付けてくださいね」


 「変なもの、ですか?」

 少女はまさかというような顔でこちらを見た。


 「なんかよくわからないですが、手足のたくさんある女性がですね」


 「あれが見えたのですか!」

 少女はしばしこちらを見つめた。紅潮した頬と薄い肩が上下しているのが見える。


 「あれが見えていたなら説明した方がいいんですけど、あれは、ええと、便宜上妖怪Xとしますが、あなたを襲いに来てしまいます。私が結界を張って追い込んで封印しようとしましたが、力が強大過ぎて結界の一部が崩れてしまったようです」と、少女は赤い棒の挿してあった辺りを指さしながら話した。

「それで、Xを再び封印するにはあなたの助けが要ります。封印できなければあなたは死ぬと思います」


 まさか生きていてテンプレじみたオカルトに巻き込まれるとは思わなかった私は、動揺して少女にいくつか質問した。


 「あれは何ですか?」


 「すみません、分かりません。封印の仕方は分かります」


 「あなたは襲われないのですか?」


 「Xは男性しか襲わないようです。数十年に一度ですが」


 「あなたは、何者ですか?」


 「あ、すみません。私は藍風知都世といいます」


 質問の意味が伝わらなかったのかと言い方を変えようと考えていると、少女は「人間です」と付け加えた。「それより、これからどうしますか。封印を助けてくれますか?」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 数十年に一度といえども、他の人に降りかかるのは見過ごせない。自分にできることがあるならやろう。そう少女に答えると少女はほっと胸をなでおろした。


 「作戦を説明します。少しだけあなたには危険な目にあってもらいますが頑張ってください」

 

 「危険な目?」


 「はい。簡単に言えば囮になってもらいます。あの赤い棒には」と指を指しながら続ける。


 「あの棒には前回Xに出会ってしまった男性の血縁の血液が塗ってあります。大部分は塗料ですが案外騙せるものです。棒に引き寄せられても本人はいない。棒で結界を作り、混乱しているところを追いまわして封印しようと思いましたが、なぜかXの力は今回強くなっているようです。」


 「つまり、私が囮になってXを引きよせて、その隙に封印するということですか」


 「そうです。血縁の血液よりも今見たあなたの方がXにとっては魅力的なはずです。その棒を持ってください。Xをひきよせる木で作ってあります。Xはすぐにでもあなたに引き寄せられます。そうしたらとりあえずX目掛けて棒を突き刺してください」


 少女はようやく息が落ち着いたようで、今かと私の隣で待ち構えている。早摘みの果実のような優しく、みずみずしい香りがする。改めて見るとやはり小さい。少女が不意に私の目を覗いた。その期待に応えるように私は、その赤い棒を、手に握った。


 その途端、気味の悪い姿が音もなくあっという間に近づいてきた。突然の出現に驚いたが反射的に赤い棒をXの胸に突き刺した。


 「キァァァァ!」

 Xの動きを止めたものの、こちらにつかみかかろうとしてくる。とっさに少女が近くにあった斧をXに叩きつけた。返り血がかかる。動きが止まった。改めて見ると、顔は斧でつぶされているが襲ってきたときに見た限り女性であった。ぼろいきれのようなものを体にまとっている。手足は左右に何対もあって、胴体から生えていた。その分胴は長く3~4mはありそうだ。

 少女は額の汗を袖口で拭うと「ふーっ」とかわいらしい深呼吸をした。


 「予想以上に強くなっていました。すみません」


 「いや、助かった?のですか」


 「一応です。動かなくなったので、これから封印します」

 少女はそういうとポケットから白く塗った五寸釘を取り出し、

 「左の4本目は1,2,3,っとここですか」

 突き刺した。


 「終わったのか…」


 「はい、このまま朝まで放置すれば終わりです。もう動けないでしょうから。私はこのまま下山して帰ります。ありがとうございました」


 少女はそういって踵を返すと山道を下ろうとした。私は慌てて少女の後を追い、今夜起こったことについて質問しながら一緒に下山した。少女は「詳しい話は後ほどします」と言って連絡先を教えてくれた。

 ふもとまで来た頃には朝日が昇り、「では後ほど」と声をかけた少女は止めてあった自転車に乗って颯爽と去っていった。私は何だか苦しんでいるのが馬鹿らしく感じ、返り血を落としてから少女の話を聞いて、それから考えようとひとまず家に向かった。


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