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11.女神様は泳げない?

「優希、頼みがある」


 昼、いつもの面子で弁当を食べていると、浩介が切り出してきた。こういう時、あまりろくでもない事が多いのだが、今回は菜摘が一緒にいるので変なことではないだろう。


「どうした?何かあったのか?」

「ああ、お前んちで勉強会をやってほしい」

「……は?どうした?お前、何か変な物でも食べたのか?」


 浩介は基本的に赤点ではないが、ギリギリを狙ってるかのような点数が多い。そもそも勉強嫌いな浩介が、勉強したいなんて言ってくること自体おかしい。


「あ~やっぱり優希さんもそう思いますよね。私も昨日、浩介さんから言われて……ついにおかしくなったのかと思いました」


 相変わらず菜摘は容赦ないな。


「おい、お前ら酷くないか?実は今度の定期考査の点数次第では、塾に通わなくちゃならなくて……そうなると、ナツと遊ぶ時間が無くなる……それだけは絶対回避したい」


 なるほど、菜摘のために……か。それなら浩介の乱心もわからんでもない。基本的に菜摘のためならどんな苦行でも耐える男だからな。


「わかった。一応、帰ってから聞いておくが、多分大丈夫だろう。菜摘も来るのか?」

「はい、浩介さんがサボらないように監視します。それに、私もいい勉強になると思いますし……」


 ま、そうなるよな。




「もちろんいいよ。なっちゃんからも聞いてるし」


 夕方、穂香が来たときに聞いたら、あっさりOKがでた。


「そうか、それならいいが……でも、まさか浩介の口から、勉強したい。なんて言葉が出てくるとは思わなかったけどな」

「なっちゃんも相当驚いたみたいだからね。でも、なっちゃんのために、って頑張ろうとするのは、すごく好感が持てるな~」


 珈琲を淹れてくれた穂香が、俺の横に座って言った。


「ああ、あいつは菜摘を中心に世界が回ってるからな。あれだけまっすぐに自分の気持ちを表現できるのは、正直羨ましいと思うよ」


 俺には難しいなぁって思う。勉強なら浩介に教えられるが、そういうことは浩介に教えを乞うたほうがいいのかもしれないな。


 例えば、最近の穂香との距離感とか――


 最初は、穂香とはテーブルを挟んで向かい合って座っていた。いつからか覚えていないが、穂香は俺の横に座るようになった。特にここ数日は、ちょっと動いたら肩が当たりそうなくらい近い。

 穂香にこれだけ近付かれると、色々意識して緊張してしまう。何とか表情や態度に出さないようにするので精一杯だ。


 そんな俺の心境を読んだ訳でもないのだろうが、穂香が意味深な事を言ってきた。


「そうね、それは私も思う。私も少しずつだけど、我慢するのはやめていこうと思ってるの」

「え?何を我慢するのをやめるんだ?」


 何だ?何か穂香に悪い事でもしただろうか?相変わらず掃除や料理ができなさすぎる事か?


「ん~多分、今ユウ君が考えたような事じゃないよ?その内答え合わせするかもだけど、とりあえずはユウ君への宿題かな~」

「ますますわからんようになった」

「今はそれでいいよ。そんなに早くわかってもらったら……私も困るし」


 穂香はスッと立ち上がると、ご飯準備してくるね、と言ってキッチンの方に行ってしまった。

 う~ん、俺に女心が理解できる日は来るのだろうか?





 夕食後、穂香と勉強してるときに、前から聞きたかった事を思い出したので聞いてみることにした。


「なぁ、穂香?」

「なぁに?」

「前から気になってたんだけど、今の学校を受験したのは何か理由があるのか?」

「え?何で?」

「いや、穂香の学力なら、もっと偏差値が高い学校でも余裕だろ?それなのに何で今の学校なのかって思ってな」


 俺の質問に穂香は、う~ん、とちょっと考えてから、


「……絶対に笑わないって約束できる?」

「善処する」

「うちの学校、プールがないから水泳の授業がないでしょ?……だから決めたの」


 確かに、俺たちの学校にはプールがなく、そのため水泳の授業がない。学校を建てたとき、どうしても場所が確保できずに、プールが作られなかったという話を聞いた事がある。

 そこまで水泳が嫌ということは――


「……泳げないのか?」

「……泳げないわよ」


 穂香は少し目を逸らして、唇を尖らせながら言った。


「……そうか」


 まさか、スポーツ万能と言われている、女神様が泳げないとは思わなかった。

 穂香にも苦手なものがあるんだな、という事を知って思わず頬を弛めてしまう。


「あ~っ!今笑ったでしょ?も~っ、ユウ君のバカ!バカ!バカ!」


 表情の変化を見逃さなかった穂香は、俺の胸をポカポカ叩いてきた。

力が込められているわけでもないから、痛くも痒くもないのだが、穂香としては恥ずかしかったのだろう。


「すまんすまん、穂香にも苦手なものがあるんだなって思っただけだよ」


 俺はなだめようとして、穂香の頭をポンポンと撫でた。

 その瞬間、穂香が俺の胸に顔を埋めるような体勢のまま固まった。


「はうっ……」

「ん?どうしたんだ?」

「……もう少し、続けてくれたら許してあげる」

「あ、ああ、わかった」


 これでいいのだろうか?今まで犬や猫くらいしか撫でたことないから、加減とかわからないが。しかも、穂香の髪の毛はサラサラで、シャンプーのいい匂いが俺の鼻をくすぐる。


「ユウ君の手、大きいね」

「男だしな。ゴツゴツしてるだけだよ」

「そんなことないよ」


 そう言うと、穂香は空いている方の俺の手を両手で包み込んできた。


「こんな手でいいなら、いつでもするぞ」

「じゃあ……ユウ君がしたいときにしていいよ」

「いいのか?」

「うん、毎日でもいいから」

「……わかった」


 正直、この体勢はドキドキする。あの女神様が、俺の胸に顔を埋めて身体を預けてきているのだ。色々柔らかいし、良い匂いはするし、下手に身動きとれない。

 多分、十分以上このままの体勢でいたと思うが、その後の穂香はいつもより機嫌が良かった。



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