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Angel symphony  作者: 幸月友
9/13

初めての夜-1

 職員室を出て速攻で海の待つ玄関に向かう。今日のイベントの多さからは考えられないほど、道中に邪魔が入らなかった。



(これが普通だよな……)



 普通のありがたみを感じてしまう。がしかし、普通なのは道中だけであった。順調に玄関に到着し、海の姿を探しキョロキョロと辺りを見回す。元々、目立つ容姿の海。見つけるのはたやすい。海は壁に背もたれながら下を向いて何かを読んでいた。



「悪い、待たせて……」



 声を掛けたとほぼ同時に海は俺の方に振り向き、殺気のこもった鋭い眼光を浴びせてくる。



「兄さん……今すぐこっちに来て下さい……」



 その声はまるで呪いの呪文のごとく、俺の足取りを止める。



「う、海さん……?」



 冷たい声に命の危険を感じる俺だった。



「来ないならいいです。私が行きますから」



 一歩一歩、海が近づいてくる。危険な空気に逃げ出したかったが、足が動かない。蛇に睨まれた蛙とはこの事かだろうか?動けない俺は、直立不動で海の接近を許してしまう。



 俺の近くまで寄ってきた海は、おもむろにさっきまで読んでいた用紙を眼前に突きつけてきたのだった。



「説明お願いしますね兄さん……」



 あまりに近くまで突きつけられた用紙に視点が合わない。ようやく視点を合わせ、用紙をじっと見た。



「……っ!?」



 用紙のド真ん中には、男が女に押し倒されているように見える写真。ご丁寧に二人とも目は黒塗りで隠されている。



「ミコトはどこじゃーーっ!?」



「ミコトさんなら帰りましたよ。これは、ミコトさんから最新の号外って事で貰いました」



 軽い貧血を起こしよろめいてしまうが何とか意識を保ち、海から号外を取り上げて記事の内容を読む。



[報道部は見た!放課後の屋上での情事?2年生Iノ瀬と熱い包容を交わす謎の美少女!]



「ほとんど伏せ字になってねぇじゃねぇか!」



 見出しは危険だが、内容的には謎の美少女は誰なのか?2人の関係は?みたいな感じで書き留められている。



「今後にご期待あれ!みたいな事を書いてんじゃねぇ!」



「兄さんの今後はどうなんでしょうか?」



「……帰りに海の好きなものを奢らせて頂きます」



「では、いつものファミレスに行きますか兄さん。そこで詳細について語ってもらいます」



「ら、らじゃー……」



 テンション下限で返事をした。



 スカートをなびかせ、とっとと行きますよ兄さんオーラを出し、海は歩き始める。その後ろをゾンビの様に着いていく途中で重大な事に気付いてしまった。



「まてよ!?これが出来上がっているって事は……」



「ええ、掲示板にも張り出されていますよ兄さん」



「ちょっと待て!それはマズい!全部剥がしてくるから、海はここで待っててくれ!」



「無駄ですよ兄さん」



 走りだそうとした瞬間に海から言われた言葉で、非常口マークの様な姿勢で固まってしまう。



「無駄とはいったい?」



「見てくださいココ」



 そう言って、海は号外の右下を指差した。そこには、生徒会の印が押されている。



「生徒会が承認したものを勝手に剥がすと、後から罰則を受けますよ」



「瑞希会長ーっ!何てもんを承認してんだよ!龍も止めろや!」



 怒り任せに携帯で瑞希会長に電話する。数回のコールのあとに、いつものアニメ声が聞こえてきた。



「あっ、瑞希会長!あの号外は……」



「ただいま会長さんと龍くんは悪の組織と戦っていまーす。ご用の方はまた明日ねー」



 そう言って電話は一方的に切れた。



「どこに悪の組織があるんだよ!」



 それにしても、どうしてこんなスキャンダラスなゴシップ記事が生徒会で承認されたのだろう。



 その答えは、面白いから。と後日、瑞希会長は語る。



 ちなみにミコトは坂町先生にも手を打っており、先生経由で冬月からも了承を得ていたらしい。知らぬは俺ばかりだ。こうして号外は、周知の目に晒される結果になった。そして俺は、羞恥の目に晒される結果になる。



 よく見ると、玄関の掲示板にも手に持っている号外と同じものが掲示されていた。



(終わったな……)



 頭の中は真っ白になり、全身の力が抜けていく。



「気がすみましたか兄さん。行きますよ」



「……はい」



 妹のクールで突き放すような言葉に従い、後ろ髪引かれる思いで学園から出た。



 場所は変わりファミレス内。



 俺と海はテーブルを挟んで向かい合いながら座って居る。海は姿勢良く背筋の伸びた座り方。一方の俺は、借りてきた猫の様に丸く縮こまる。



「姿勢悪いですよ兄さん」



「すみません!」



 海の一言で背筋がシャキンっと伸びる。



「それでは、言い訳を聞かせてもらいましょうか?」



「その前にですね……」



「何でしょうか?」



「このテーブルに並べられたらデザートの量は何だ!?」



 テーブルは、パフェやらあんみつやらケーキやらで埋め尽くされている。それらは全て海が注文したもので、俺のはというと目の前にあるコーヒーだけだ。



「人間、怒って疲れた時は甘いものを欲するんです」



「欲するで済む量じゃないだろ?こんなに食えるのか!?」



「問題ありません」



「そうですか……」



 どうやら海の胃は、ブラックホールに直結しているらしい。その証拠に、目の前のデザートがみるみる吸い込まれていく。



「いつか必ず肥るぞ」



「何か言いましたか兄さん?」



 海の眼光が光る。



「何も言っておりませんマイシスター!」



 海がデザートを食べている間、俺は今日あった事を全て話す。


 授業中に屋上で見た少女の事。

 助ける為に授業を抜け出した事。

 屋上から落ちそうになった少女を引っ張った結果、自分が下敷きになった事。

 ミコトに激写された事。

 職員室で屋上の少女が転校生なのを知った事。

 世話役を任された事。



「ーーーって事なんだよ海。俺は無実だからな。理解して頂けたでしょうか?」



 話し終える頃にはテーブルのデザートは、ほぼ完食されていた。俺は話に必死でコーヒーに口すらつけていない。



「話の流れは分かりました」



「じゃあ、俺は無罪放免でいいんだな」



 やっと誤解が解けたと安心し、少しぬるくなったコーヒーに口をつけた。



「なぜ嫁なんですか?」



「ぶふぉ!」



 口に含んだコーヒーを盛大に吹き出してしまう。



「がはっ!ごほっ!そ、そんな事は俺も知らん!」



 無罪放免が一転した。



「普通、そんな一度会っただけの人に自分は嫁だなんて言わないですよ」



「多分、電波な子なんだよ……きっと……」



「やっぱり兄さん、その転校生……冬月さんでしたか?何かいかがわしい事でもしたんじゃないですか?」



「してない!何もしてない!全宇宙に誓って何もしてない!」



「スケールが大きいですね兄さん」



 海のクールなツッコミが入った。



「いや、本当に変な子なんだよ。見た目もそうだが、何というか……神秘的というか……ありゃ地球外生命体だ!」



「見た目が神秘的って何ですか?」



「あぁ、髪が純白で肌も白くて、極めつけはオッドアイなんだ」



「オッドアイ?」



 聞き慣れない単語に海が首を傾げる。



「あれだ、目の色が左右違うやつ」



「ゲームとかアニメでよくあるやつですね。兄さん好きですもんね」



「実の兄をそっち方面にもっていくなよ」



「でも、現実にあるんですね」



「まあ、珍しいけどな。遺伝的なものらしいから病気って訳じゃないし」



「で、美人だったんですか?」



「うむ!」即答だった。



「そんな神秘的な美人さんに抱きつかれて浮かれているのを、号外にされたんですね」



「浮かれてはいないぞ!」



「同情の余地無しです。明日から注目の的になるのは間違い無いですね」



「他人事みたいに言うなよ。海も色々聞かれるかもしれないんだぞ」



「兄さんの事は関係ありませんと言い切ります」



 クールっ娘を超えてアイスっ娘だった。



「とにかくですね、兄さんは迂闊過ぎます!」



「迂闊過ぎって言い過ぎじゃないか?」



「じゃあ、お人好し過ぎにしておきますよ。妥協案です」



「まだ、そっちの方がマシだな」



「スキャンダルをスクープされ、しかも相手の人の世話役になるなんて、火に油を注ぐようなものですよ」



「そんな事を言われましても」



「異論は認めません」



「ら、らじゃー……」



 もう、どっちが兄だか妹だか本人すら分からなくなってきた。



「兄さんだけじゃなく、冬月さんにも迷惑をかけてしまうんですよ。当然、私にも」



「はい……重々反省しております」



「反省しているなら、これからの自分の行動には責任を持って下さい」



 高1の言葉とは思えないような、重みのある言葉を投げかけられた。



「責任って……まさかのマジ嫁か!?」



「兄さんにそんな甲斐性無いでしょ!」



 男として否定されてしまう。



「考えて行動してくださいって意味です」



「考えて?」



 確かに自分の行動は、考えより先に行動してしまう傾向がある。その辺は海も知っているからこその忠告なのだろう。



「ここからは私の予想でしかないのですが、兄さん、冬月さんは前の学校で色々あったって言ってましたよね」



「らしいな。正確には聞いてないが」



「私も直接会った事の無い人なので、ここまで言うのも何ですけど、前の学校でいじめ‥‥までいかないでも、ひがみや妬みみたいなのを受けていたんじゃないですか?」



「なぜ、そう思う?」



「勘でしか無いですけど、目が隠されていたとはいえかなりの美人さんですよね。それに目立つ容姿。同性にしてみれば、それだけでも妬む人はいますよ」



 容姿については、海も十分美人に部類されるのだが、本人に自覚はないらしい。



「そんなもんかね?」



「はぁ……だから兄さんは迂闊なんです。じゃあ、兄さんはイケメンさんを見てどう思います?」



「滅びろ!」



「……潔い即答ですね。まあ、そんな感じです」



「それだけが原因で転校してきた訳ではないでしょうが、少なからずは前の学校で嫌な目にあってたと思うんですよ」



 段々と海の表情が切なげになってくる。



「もし、うちの学園でも変な目で見られたら……私なら耐えれません」



 コーヒーを飲みながら、海の話を聞いていたが次第にコーヒーカップに手を掛けるのを忘れ聞き入っていた。



「だから兄さんには、あまり目立つ真似をしないで欲しいです……いえ、目立っても良いですが、ちゃんと冬月さんの事を考えて行動してください」



 感情移入したのだろうか?まだ、会った事のない冬月に対して、海は自分の事の様に真剣になっている。その真剣さに俺は口を挟めない。



「そういった意味では、坂町先生が兄さんを指名したのは間違いでは無いかもしれません。Dead or Aliveですけどね」



「Deadにならんように気をつけます」



「そうですね。期待しています」



 なんだかんだ言っても、海は俺を信用してくれているのだろう。



「海の言いたい事は分かったが、一体俺は何をすればいいんだ?」



 転校生の世話役といっても、学園の案内や学園生活でのフォローしか思いつかない。



「何もしなければいいんじゃないですか?」



 海に投げかけた質問の答えは、とてもクールな返答だった。



「そんな冷たい妹に育てたつもりは無いぞ海」



「兄さんに育てられた記憶は無いですけどね。どちらかといえば、ご飯を与えてる私が兄さんを育ててると思います」



「いつも大変お世話になっております」



 冷たいセリフを言ってはいるが、海の表情は優しい笑みだ。普段、学園では見せない俺だけに向ける表情。こんな表情を他人に向けたら、学園での海人気が更に増してしまうだろう。



「何もしないって言っても、それは兄さんからはですよ。冬月さんが兄さんを頼ってきたら、ちゃんと対応してあげて下さい」



「ふーん……そんなんでいいのか?」



「兄さんから動くと話が面倒になりそうなので」



「やっぱり、信用ないよね俺!?」



「それは半分冗談として、普通に接するのが一番じゃないですか」



「半分って……まあいいや。普通にね」



「そうです。普通にです」



 やけに普通を強調して言われると、普段の俺は普通じゃないように思えてくる。



「普通……ってか海。相手が普通じゃない時はどうしたらいいんだ?」



 普通で思い出したのだが、どう考えても冬月は普通じゃない!容姿もだが、言動から行動まで異世界の住人と言っても差し支えないだろう。そんな宇宙人相手に地球人の俺が普通に出来るだろうか?



「えっ?……相手が普通じゃない時は……」



 さすがの海も言葉に詰まっている。



「普通じゃない時は?」



 俺は答えを急かした。



「勢いで頑張って下さい兄さん」



「勢いって!?」



「得意でしょ兄さん」



 言い切る妹だった。



「つまるところ海が言いたいのは、冬月に合わせてやれって事だな」



「そんな所ですかね」



 ちゃんとした返答が出来なかった海は、誤魔化すように答える。



「合わせるね……綱渡りな気分だ」



「別に兄さん一人じゃなくてもいいじゃないですか。最初は兄さんだけかもしれませんが、ミコトさんや龍先輩、黒崎先輩方にも兄さんから橋渡しして仲良くなればいいんですよ」



「犠牲者を増やすって事でいいのか?」



「その言い方もどうかと思いますが……とにかく、この人達なら偏見で人に接する方々じゃ無いと思いますので」



 確かに俺の中でもこいつらは、偏見で人を見ないと思っている。それに瑞希会長も大丈夫だろう。



「当然、私もですよ。早く会ってみたいです」



「会ってみたいね……明日になれば、一回ぐらいは見れるかもな」



「そうですね。兄さんが学園案内で1年の教室まで連れてきたらいいんですよ」



「……一躍有名人になりそうだから止めとくよ」



 迂闊な事をするなと言った張本人が、一番迂闊な行動をさせようとしていたのであった。

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