はい、嫁です-3
命の危険がある教室を猛ダッシュで逃げながら、ミコトの携帯に連絡するが呼び出し音だけで本人は携帯に出ない。
「ちっくしょー!無視なのか!?」
仕方なく、ミコトの居そうな場所を想像する。
(アイツは確か号外を作っていたはず……記事は教室で作っていた……次は印刷……部室か!?)
目的地の座標を新聞部兼放送部(略称 報道部)に指定し、またもや学園内を横断する。
「逃げんじゃねぇぞミコトーっ!」
今日は一体どれだけの距離を学園内で走っただろうか?さすがに疲れも溜まり、部室に着く頃には息も絶え絶えになっている。一息つきたい所だが、時間は一刻の猶予も無い。
乱れた息のまま、部室のドアを勢いよく開けた。
「はぁ、はぁ……ミコトはどこだ……」
「…………きゃーーーっ!?」
部室には1年生の女の子が2人いた。その中に、はぁはぁ言いながら男が入って来たのだから悲鳴もあげるだろう。
「いゃーっ!変態出ていけー!」
「ま、待て!俺は変態じゃ……おぶっ!?」
身の危険を感じた女の子の投げたマイクが頭に激突する。
「くぅー……また頭かよ!?」
本日、何度目かの頭への衝撃に耐えきれずその場にしゃがみ込んでしまう。
「きゃーー……あれ?一ノ瀬先輩ですか?」
「気付くならマイク投げる前に気付いてくれ……」
「どうしたんですか一ノ瀬先輩?」
「どうしたもこうしたもミコトは?」
「ミコト先輩なら、ついさっき何かを印刷して出て行きましたよ」
「俺の気配から逃げてるのか?」
教室でも空振り。部室でも空振り。証言者の話では本当に入れ違いみたいだった。
「ミコト先輩をストーキングですか?」
「……それだと変質者だね」
「違うよ。きっと修羅場なんだよ」
「……確かに俺の人生の修羅場だね」
「些細な言い合いから別れ話へ……」
「そして、一ノ瀬先輩は誤解を解く為に愛するミコト先輩を必死に探す……」
「うーん、ベタなドラマだねー」
流石はミコトの後輩。2人でドラマの筋書きを脚本していた。
「……脚本中悪いんだけど、俺とミコトはそんな関係じゃないからね」
「「えぇーーっ!?うそーっ!?」」
見事なハモリだ。
「嘘をつく必要は無い!自慢じゃないが、人生=彼女居ない歴だから」
「うっわ……」
「そこ!引かない!」
「そうなんですか?てっきりミコト先輩と一ノ瀬先輩って付き合っているのかと思ってました」
「ないない。アイツは俺にとってはスタイルの良いおっさんだな」
「おっさんLOVE!?」
「おい!BLでも斜め上をいったな!」
「先輩はBLもいけるんですか?そういえば、澤村先輩と一緒にいますよね。龍×空ですか?空×龍ですか?」
「そこは掛けたらいけない!俺は至ってノーマルな女が好きだ!」
「はい、証言もらいました。一ノ瀬先輩女好きを明言すっと」
「しまった!?罠か!?」
ミコトが先輩だからこうなのか?ミコトの後輩だからこうなのか?卵が先か?鶏が先か?のような問答になってしまう。どちらにしろ、恐ろしい後輩だ。
これ以上、罠にはまらないようにこの場を抜け出す選択をする。実際にミコトが居ないのであれば、ここに用は無いからだ。
「それじゃあ、俺は行くからな」
「行ってらっしゃいませご主人様」
「……戻って来たくなる言葉をありがとう」
そう言い残し部室を後にする。
部室にも居ないとなると、手がかりが全く無くなってしまった。捜査は自分の足でを実践し、学園内をくまなく歩く。だが、発見する事が出来ないまま玄関に到着してしまった。
「アイツ、帰ったのか?」
そう思い、ミコトの下駄箱を開けてみたが外靴は中に入ったままだ。とりあえず帰っていない事を確認した俺は、もう一度捜そうとして下駄箱の並びから廊下に出る。
それとすれ違うように、奥の下駄箱の列に入ろうとした人が見えた。それは見覚え有りまくりのセミロングの髪。
その人物に俺は声をかける。
「おぅ、海じゃねぇか。部活はどうした?」
「あっ!奇遇ですね。今日の部活はミーティングだけなので、もう終わりなんですよ」
委員長とは違った丁寧ながらはっきりした口調だ。
「久しぶりに一緒に帰りますか?」
「そうしたいのは山々だが、俺にはミコトを捕まえる使命があるんだ」
「ミコトさんですか?」
「あの野郎を検挙せねば、明日から俺は学園に来れなくなってしまう」
「ふぅー……また、何かしたんですか?」
少女は腰に手を当て、大きくため息をついた。
「またって言うなよ海」
「それじゃあ、今度は何をしたんですか?兄さん?」
海と呼んでいた少女は俺の妹だ。
一ノ瀬 海
現在、高校1年生の妹だ。キリっとした顔立ちに、女性の中では身長の高いモデル体型。肩口まであるセミロングの髪に前髪に付けたヘアピンが、キツそうに見える顔を女の子らしく見せてくれる1年の中でトップクラスに入る美少女が妹で、兄の俺にとっては自慢になる。
「もぅ、兄さん!ミコトさんを困らせたらダメじゃないですか」
「待て、海!困らされてるのは俺だ!」
「そうなんですか?」
「そーなんです!」
サッカー中継の司会者の様に言い返す。
「アイツが人のスキャンダル号外を作って……」
話の途中で海から発せられる気配を感じ、言葉が詰まった。
「へぇースキャンダルですか……」
「い、いや!?スキャンダルと言うか……」
「もしかして、えっちな事でもしたんですか兄さん?」
「し、してない!してない!」
(えっちな状況ではあったけど‥‥)
「本当に?」
「兄を信じろ!」
海は俺の目をじーっと見て、もう一度ため息をつく。
「はぁー兄さんがえっちなのは知っていますけど、TPOを考えて下さい」
「あれ?信用無い俺?」
「信用はしていますけど……兄さんは1年でも結構有名なので、あまり悪目立ちしないで下さいね」
「え?俺って有名なの?」
季節はまだ春。1年生は学園に入学してから1ヶ月も経っていない。
「ちなみにだ海……どんな風に有名なのかな?」
「どんな風にって……」
ドキドキしながら海の言葉を待つ。
「……龍先輩の受け」
「やっぱりBLかよ!腐女子共が!」
「格好いい龍先輩と一緒に居たら目立ちますよ兄さん」
「俺は龍のおこぼれか……」
ガックリと肩を落とす。
「で、でも調子にのらなければ、格好いいって言ってる子もいますよ」
「おぉ、条件付きなのは腑に落ちないが、なかなかの高評価だな」
「BL映えするよねって言ってました」
「結局それか!BL映えって何だよ!?」
疲れる……肉体的にも精神的にも……
女って怖い……本気でそう思ってしまった。
しかし、どんなに疲れようともミコトを見失う訳にはいかない。気を取り直し、ミコト探索に再出発しようとする。
「先に帰っていいぞ海。俺にはまだやらないといけない事がある」
「なぜ、格好つけた言い方なんですか?それに、一歩間違えばただのストーカーですよ兄さん」
「お前までストーカーとか言うなよ……」
「事実を言ったまでです」
クールな口調で言い切られた。
「このクールっ娘め!まあいい、気をつけて帰れよ」
「あっ、少しぐらいなら待ってあげますから、今日は一緒に帰りませんか?」
部活に入っている海と帰宅部の俺とでは、帰る時間は基本的に違う。海が入学以来、一緒に帰ったのは1,2回程度だった。
「ん?どうした?クールっ娘がデレたのか?」
「兄さんにはデレません」
寂しい一言が俺に突き刺さる。
「でも、遅くなるかもしれんぞ?」
「あまりにも遅い時は1人で帰りますよ。多少なら携帯でも触っていれば時間は潰せます」
「そこまでしてか?何かあるな?」
海に問い詰める。
「実は、買い物に付き合って欲しくて……」
「デートか!?」
「いいえ、食料品の荷物持ちです」
あっさりと否定された。
「ちっ!捻りのない展開だな」
「そんなのは必要ありません」
「海が買い物って事は?」
「そうですよ兄さん。母さんは今日夜勤です」
母親は女医で、夜勤の時は海が食事当番であった。ちなみに、父親は自衛隊で現在は海外支援とやらで長期出張中である。
父親の名は陸……陸海空の自衛隊一家だった。
「じゃあ、今日は海が食事当番か」
「そうですよ兄さん。朝、冷蔵庫を開けたら何も入っていなかったので、今日の買い物は多くなりそうなんですよ」
海は高校1年にながら、かなりのしっかり者だ。中学の頃から、仕事で忙しい母親の家事をよく手伝っている。母親としても、家の事は海に任せておけば心配ないのだろう。証拠に母親が買い物袋を持っている時は、ビールしか入っていない。
「なら、余計に早くミコトをしょっぴかないとな」
「おかっぴきですか兄さんは?」
「よっしゃ!とっとと行ってくらー!」
「はい。いってらっしゃい」
まるで旦那が仕事に行くのを見送る新妻のように、優しい微笑みと柔らかな声で送り出してくれる。
普段がクールなだけあり、そのギャップは大きい。
(我が妹ながら可愛いヤツよ)
シスコン全開だった。
後ろで手を振る海を残して、再度学園内に戻ろうとした時、呼び出しの放送がかかった。
『あー……2年D組 一ノ瀬 空 大至急、職員室に来るように』
声の主は、担任の坂町先生だった。
「うげっ!?」
「やっぱり、何かしたんじゃないですか兄さん」
海のジト目が痛い。
『繰り返す!一ノ瀬 空 とっとと職員室に出頭せよ』
「断固、拒否する!」
『お前に拒否権は無い!』
「どうやって、放送と会話しているんですか兄さん?」
坂町先生はノリの良い先生だ。多分、俺の発言を読んでいるのだろう。同じ穴のなんとやらだ。
『ちなみに、この呼び出しを無視した暁には、お前の明日は無いと思え!』
「格好いいな!おい!」
相変わらず、放送と会話している俺に海が心配そうに声を掛けてくる。
「早く行った方がいいですよ兄さん」
「と言われても、俺にはミコトを捜す使命が……」
「明日は無いとか言われてもいますけど」
「ミコトを放置しても、明日は無いんだが……」
どちらを選択するにしても、明日が無いらしい。八方塞がりとはこの事か?
「仕方ねぇ、職員室に行ってくる。やっぱり、遅くなりそうだから海は先に帰ってくれ」
「そうですね。買い物して帰る事にします」
大人しく職員室に出頭しようと決めたのに、追い討ちをかける放送がかかった。
『早く来い、一ノ瀬!嫁が待っているぞ』
「よ、嫁ーっ!?」
「兄さん……嫁って誰ですか?」
後ろに居る海から、戦闘力がぐんぐん上がっていく気配を感じる。その恐ろしさに、振り向く事が出来ない。
「お、俺が聞きたいのだが……」
正体不明の嫁の存在も気になる。急いで職員室に向かおうとした。何よりこれ以上ここに居たら、海の殺気だけで死んでしまいそうだ。
「と、とにかく職員室に行ってくる!気をつけて帰るんだぞ海」
追い返すような言い方で、海の帰宅を促した。
「いいえ、やっぱり待っていますね兄さん」
「い、いや……遅くなりますよ海さん……」
突き刺さるようなクールな目線に、無理矢理な笑顔でいる海。
「構いません」
「俺が構うのですが」
「いいから、さっさと行って下さい。戻ってきてから言い訳を聞きます」
更に視線が厳しくなった。その視線に逆らう事は出来ない。
「……いぇっさー」