白い翼の天使-4
(左……OK! 右……ん?あぁ、ドア閉めてなかったか)
屋上入り口のドアは開いていたままだった。
(でも、誰もいなそうだ‥‥?)
ドアの隙間からチラチラと揺らめく何かが見える。よく見るとドアの隙間から見えるのは、茶色の尻尾みたいな物体だった。
(んー……見たことのある物体だな……)
どうして見たことがあると思ったのか、脳内OSを駆使して思い起こす。検索結果、馬の尻尾みたいだった。
(馬の尻尾=ポニーテール?)
「あっ‥‥あわっ‥‥」
ある可能性が頭をよぎり、腋から汗が噴出した。
放課後、屋上、男と女、マウントポジション……スキャンダル臭がするシチュエーション。
「ま、まさ、まさか……」
「……鼓動が凄くなったわ」
今、鼓動が早いのは勘弁してください!なんて言う余裕も無い。ほぼ確信した時、ドアの隙間にある尻尾が動き、尻尾の付け根部分(本体)が姿を現したのであった。
「!!!!!!」
そこには予想通りミコトがデジカメ片手にドアの隙間から顔を出している。
(いやーっ!?やっぱりアンテナだろ!?そのポニーテールは!?)
声をだそうとしたが、声にならない衝撃。
(いいよー空!ナイススキャンダル!授業抜け出して、こんな所でイチャつくなんてスクープだよ!)
(ち、違う!誤解だ!)
(誤魔化さないでいいって!)
(べ、弁解させてくれ!)
(だから、いいって!)
(べ、弁護士を呼んでくれ!)
(弁護士呼んでどうするのよ?有罪確定だから!)
(け、刑を軽くしてもらうから……)
俺とミコトは心の声で会話をしていた。
心の会話はまだ続く。
(後で紹介しなさいよ、その子)
(いや、そうしたいのはやまやまだが……俺も素性が知れないのだ)
(何それ?じゃあ、空は見知らぬ女の子と抱き合ってるのかい?)
(抱き合ってるんじゃない!一方的にだ!)
(見た目は変わらないよ)
証明写真といわんばかりに、パシャっとデジカメにその姿を納める。
(てんめーっ!何、激写してんだよ!)
(ネタ?)
(ネタじゃねえよ!ってか、ネタにすんじゃねぇ!)
(こんなスクープをネタにしないでどうするの?)
(消去!)
(却下!)
(勘弁!マジ勘弁!)
(無理!諦めな!)
(諦めれるかーっ!)
(じゃ、そろそろ号外書くからまたねー)
(ご、号外って新聞にする気か?)
(当然でしょ!こんなスクープ映像だもん)
ミコトの目は終始キラーンとしていた。
(じゃあ、本当にあたし行くから後はお好きにどうぞー)
(お好きにどうぞって何だよ!)
(いししっ、発情アニマルがこの態勢でする事なんて決まってるんでしょ?このエロ助が)
(からくりロボットみたいな呼び方すんな!)
(まあまあ、ではさらばじゃ!)
(あっ、あーっ!?らめーーーっ!)
心の会話は、ミコトの退場により強制ログアウトされた。残された俺は放心状態に陥る。
「……どうしたの?」
「……パト○ッシュ、僕はもう疲れたよ」
別に名画を見た訳ではない。
しかし、そう悠長にしてもいられなかった。ミコトが現れたという事はもう放課後なのだ。このままでは、他の人にまで見られ誤解されてしまう。
「ねぇ、そろそろいいかな?」
「……何が?」
「離れてもらっていいかな?」
「……どうして?」
「どうしても!もう放課後だからさ、人も来るかもしれないし」
「……放課後?」
「そう、放課後!」
「…………わかった」
少し間をおいて、彼女はゆっくりと立ち上がった。
「……放課後なら仕方ない」
「えっ?人に見られるのはどうでもいいの?」
どうやら放課後に反応したようだ。
俺は精神疲労のピークのせいか、そのまま床に横たわっている。すると彼女は何も無かったように校舎へ入るドアに向かって歩きだす。
「またぐな!見えたぞ!」
「……何が?」
勢いで見えたと言ったはいいが、何を見たのかは口に出せなかった。
「……今日のは勝負ぱんつよ」
「何が見えたのか気付いているじゃねえか!」
まったく気にする事もなく、彼女はゆっくりドアに向かって歩く。その間、俺は放置プレイだ。
「どこに行くんだ?」
喧嘩したカップルみたいなセリフを言ってしまう。彼女はこっちを見て首を傾げた。
「……?」
「わかんないのかよ!」
ここはツッコミで正解のはず。彼女の行動は意味不明が多くて、ツッコミ所満載だった。
だが、彼女は俺のツッコミに反応する事なく、再びドアに向かい歩き出す。そして、ドアに到着した彼女は振り返り俺に向かって言葉をかけた。
「……じゃあね、空」
彼女の口元には笑みが浮かんでいた。
今日、初めて見た笑顔。
満面の笑みからはほど遠いが、常に無表情だった彼女の笑みにドキッとしてしまう。
(うっ……やっぱり可愛い)
無表情なミステリアスな雰囲気も良いのだが、やはり女の子には笑ってほしかった。小さな笑みを浮かべた彼女は、ドアから校内に入っていく。
「……またね」
こうして、俺は一人屋上に残された。
「結局、名前すら聞けなかったな……」
一人になると風が冷たく感じる。
「さて、俺も行くか」
そう言いながら立ち上がり、軽く制服を叩いて汚れを取った。汚れが残っていないか、自分の制服を見ていたら甘い香りがするのに気付いてしまう。
制服に付いた彼女の香り。
不思議な天使に出会った証。
「あーあ、また会えないかなー……ちょっと電波な子だけど……」
名残惜しそうに独り言をいいながら、俺は一人で屋上から出る。
「……あれ?またねって言ってなかったか?」
今更、気付いたのであった。