chapter.97 イジェクション
最後の戦いが始まった。
これに勝利すれば全てが元に戻るだろう。
仲間と共に団結すれば乗り越えられないものない。
彼らはそう信じていた。
しかし、今一度言う。
これは“神話”でも“英雄譚”でもない。
模造品の偶像。
虚構に翻弄された人間の末路だ。
それでもいいのならば物語の終わりを語ろう。
次元の裂け目に飛び込んだ戦艦クィーンルナティクスは、異空間を全速力で突き進む。
「戦える機体は、ココロの《ノヴァリス》と、おじいちゃんの《覇王》とユーリの《錦・尾張》にマコトちゃんの《ゴッドグレイツ》と《ゴーアルター》は……歩駆ちゃんの中だっけ? うーん……はぁ、かなり少なくなっちゃったなぁ」
格納庫の中心で立ち尽くすウサミ・ココロ。
先の戦闘により護衛艦ムーンナイトは二隻とも轟沈。
戦艦クィーンルナティクスのSV部隊もウサミとツルギを残して壊滅してしまい、格納庫はがらんとしていた。
こんなとき生身の人間であれば涙を流す場面であるが、機械の肉体は悲しみで涙が出ることはない。
「それと……誰?」
ウサミは《Dアルター/FS砲》の前に立つ見馴れない金髪の青年に話しかける。
少し亡くなった旦那に似ていたが、残念なのがパイロットスーツの背中に“セイル命”とイラストが描かれていた。
「あ、こんにちわ。自分は統合連合軍のオウジ・アーデルハイドです」
「……統連? その格好は、どう見てもスフィアの親衛隊じゃなくて?」
「まぁこれは…………端的に言えば裏切りました」
ばつが悪そうな顔でオウジは言った。
「月を攻撃したスフィアの人間なんて信じてもらえないでしょうが、僕少しでも僕らがやったことの罪を償いたいんです!」
オウジは頭を深く下げる。
「頭を上げて」
ウサミはオウジの手を取る。
「今は争ってる場合じゃない。一刻も早くこの事態を止めなきゃ」
「は……はい!」
オウジもウサミの手を握り返す。
この先に待っているものが何なのかはウサミにはわからない。
せめて歩駆やマコト達の足手まといにはならないように、全力でサポートをするつもりだった。
「さ、いつでも出撃が出来るように準備しなくちゃ!」
ウサミは気合いを入れて《ノヴァリス》に搭乗し、その時を待った。。
◆◇◆◇◆
無限に広がる白き闇の世界で三体の偶像が戦いを繰り広げていた。
機神ゴーアルター。
魔神ゴッドグレイツ。
機械竜ドラグゼノン
「これは彼ら機神と魔神に選ばれた物語の物語です。それ以外は要りません」
ここは宇宙を越えた次元の最果て。
三つ巴の戦いに、ここまで付いてきた月の部隊は一人、また一人と倒れていく。
◆◇◆◇◆
「…………ア、レ……」
頭部の記憶回路に異常が発生。
左目がひび割れ、右目は作動していない。
重たい右手を上げると小指と薬指が無くなっている。
残る三本の指で顔の右側に触れると何かが突き刺さっていた。
──そうか、ココロたちは負けちゃったんだ。
ようやく自分が置かれている状況に気付き、ウサミは落胆する。
何者かにやられて大破した《ノヴァリス》は右側の上半身が消失していた。
その衝撃により、ウサミの身体も深刻なダメージを受けている。
──でも少しなら動ける、はず。誰か応答して。
力を振り絞ってウサミは《ノヴァリス》を一歩踏み出させると足元の黒い塊につまずく。
コクピットから放り出されてウサミは柔らかい地面に落ちる。
それは砂のようにさらさらとしているが、舞い上がった砂はフワリと舞い上がり中々落ちてこない。
そんな不思議な空間よりもウサミは信じられなかったのは《ノヴァリス》を転倒させた黒い塊だ。
──あぁ、そんな……おじいちゃん、ココロを庇って…………嘘よ。
その黒い塊はSVの下半身。
ツルギの《Dアルター覇王》であった物はゆっくりと膝からボロボロと崩れ落ちて四散する。
周囲の状況を確認しようとウサミは空を見上げると《Dアルター/FS砲》が飛んできた光に飲み込まれて爆発する。
先程、会ったばかりのオウジの機体は無慈悲にも消滅する。
──彼もやられて……あれは、ルナティクスも?
もくもくと黒い煙を立ち上らせて墜落した戦艦クィーンルナティクス。
その背後には、クィーンルナティクスが小さく見えるほどに巨大な“扉”の前では三色の光が激しく交錯する。
人間の肉眼では視認できないレベルの速度、と言っても今のウサミにはそれすら感知できないほど機能が低下していた。
──もう、ココロ達お仕舞いなんだね……。
ウサミは砂上に倒れる。
体内の疑似ダイナムドライブが停止するのも時間の問題だった。
──ゼナスちゃん、いま行くよ……待たせたね、やっと会えるよ。
◇◆◇◆◇
三体の戦いは苛烈さを増していく。
偶像たちの戦いを余所に、イザは《ソウルダウト》を鍵の形態に変形させて“扉”の解錠を始める。
「……久し振りですね、アンヌ」
黄金の剣が《ソウルダウト》の上に立つイザの背に向けられる。
『それ以上、動くなよ。妙な真似をすると……あ、待てアンヌ!?』
「イザ・エヒト!」
名を叫ぶのは織田アンヌ・ヴァールハイト。
怒りのアンヌはユーリの制止も聞かず《錦・尾張》のコクピットを飛び出し、腕から黄金剣の上を伝って《ソウルダウト》に移った。
「相変わらず無茶をやる人だ。ようこそ、時の分岐点へ……おっと?!」
「きゃっ!」
『アンヌっ!!』
真っ直ぐイザに向かって走るアンヌの平手が空振りする。
バランスを崩し《ソウルダウト》から落ちそうになるアンヌの手を引っ張りあげて、そのままの勢いで抱き抱えた。
「何で避けるの!」
「痛いのは嫌じゃないですか」
「……今まで、私たちを騙していたの? 記憶喪失だってのも嘘だったの!?」
「嘘ではありませんよ。自分で記憶を閉じただけですから」
微笑むイザはそっとアンヌを下ろすと、天高く聳える“扉”を見渡す。
「僕は……神の使い、だったようですね」
「わけのわかんことを言って、そんなの信じないから!」
アンヌはイザに背を向け目の前の“扉”に向かって叫んだ。
「願わくばずっと貴方との関係性を保ったままでいたかったですよ」
『イザ、どうすればこの戦いが止まる? ソウルダウトを使えば世界は元に戻せるのか? 答えろ』
ユーリの《錦・尾張》は《ソウルダウト》の柄を握ろうとする。
しかし、不思議な力により《錦・尾張》の腕が弾き飛んだ。
『なっ、貴様!』
「あなたでは無駄です……やはり救世主ならば」
落胆するイザ。
すると、アンヌの身体を光が包み、宙に浮かび《錦・尾張》のコクピットへ瞬間移動した。
『えっ? なんなの、イザ!』
『機体が……勝手に動く?』
制御の効かない《錦・尾張》は“扉”と《ソウルダウト》から離れていく。
下方では座礁した戦艦クィーンルナティクスも《錦・尾張》同様に見えない力によって動かされているようだった。
「これは僕なりの罪滅ぼしですよ。我々は次の世界に行きます。あなた達はあなた達の世界を生きてください」
『待ちなさい! いつもいつも私の前から逃げて……あなたは私の』
ユーリを操縦席から退けて《錦・尾張》を動かそうと必死に操作レバーを前後させるも無反応だ。
「マダムによろしく。さよなら、アンヌ」
離れ行くアンヌ達に笑顔で手を降るイザ。
『……イザ……うぅ…………イザァァーッ!!』
アンヌの慟哭は、白き闇の彼方へと吸い込まれるように消えていった。
「……………………さて」
穏やかな表情から一変して険しい顔で空を睨む。
戦いはヤマダ・アラシの《ドラグゼノン》が二機を追い詰めていた。
「今回も貴方が勝利ですか」
扉の鍵穴に向いていた《ソウルダウト》の矛先が《ドラグゼノン》に向かう。
「語り部が物語を紡ぐ……脚本家に抗うのも、良いでしょうね」





