chapter.91 シキソクゼクウ
地球へと降下するジャイロスフィア・ミナヅキ内部では大気圏突入の衝撃で崩壊を始めていた。
道路に亀裂が走り、建物は崩れ、高いビルはドミノ倒しのように次々と倒壊する。
マコトたちがシアラやガイと戦いっている頃。
ミナヅキの中へ先に突発した愛留たちの《ルクスブライト》は崩壊していく街の様子を眺めていた。
「さっきから聞こえるこのブツブツとワケわかんない言葉、なにこれ?」
轟音を立てて崩壊していくミナヅキの中で、それよりも強く反響する般若心経にレイルは思わず耳を塞ぐ。
「お経による精神統一。これがスフィア自体が巨大なSVとして動かしているのね」
「こんなの、アイドルの歌じゃない……」
「私は地上から行く。レイルは空から見張りなさい」
「二手に分かれるの?」
「貴方はもう一人の自分と決着を付けるんでしょ? きっと出てくるわ」
そう言って愛留は機体の合体を解除した。
上下に分離したSVは《ゴッドグレイツ》と同じ手足の無い頭部が本体の《ルクスブライト》とレイルの《アレルイヤ・カスタム》の二機に分かれた。
「上は任せたわよ」
「うん……ねぇ、お母さん!」
「なに、レイル?」
「…………何でもない。絶対勝つからね」
互いの健闘を祈り、二人は別れて行動を開始する。
上空からミナヅキを探索するレイルは一目散にミナヅキのランドマークであるライブ会場のセントラルドームスタジアムへと向かった。
◇◆◇◆◇
久し振りに帰ってきた故郷であるはずのミナヅキ。
無惨な光景にレイルは涙を流せずにいた。
「……私は、ニジウラ・セイル。誰が何と言おうとセイルなんだ」
レイルは未だ自分が作られた存在、クローン人間であると認めていなかった。
幼少期から天才と呼ばれ、その歌は世界中の人々を魅了してきた。
伝説のアイドルと謳われた虹浦愛留の再来か、それ以上とも評価された。
だから本当は名前の“三代目”と言うのが嫌いだった。
初代である虹浦愛留。
2030年代から70年代頃にかけて活躍した虹浦星流。
そして愛留から数えて三代目のセイルである自分。
物心がついた頃から三代目と呼ばれていた。
と、記憶しているはずだ。
「嘘なんかじゃない。セイルには、あるんだ……っ!」
自分の記憶に綻びを感じる。
いつ事務所に入ったのか。
SVの操縦は誰に習ったのか。
そもそも本当の親はどうしたのか。
など、今まで考えたこともなかった普通の事が思い出せなくて頭痛が酷い。
「…………昔なんてもう、どうだっていい。本当のセイルは今、ここにいるんだよ。それを誰にも邪魔はさせないんだからっ!」
ドームに近付くにつれて目線の先に佇むSVらしき物体と目が合う。
女性的で有機的なフォルム。
全身に薄いベールを身に纏った黄金の装甲。
微笑んでいるような優しい顔で、そのSVは《アレルイヤ・カスタム》の前に立ちはだかる。
「ゼオン……あれってドームのモニュメントなんじゃ……なんで動いているの?」
レイルは目を疑った。
普段はドーム前の公園に鎮座している巨大な像。
ジャイロスフィア・ミナヅキが建造されたときに作られ『世界に音が満ちるように』と願いを込めて作られた《ゼオン》と呼ばれる観音像だ。
「……あれから、お経が聞こえる。アイツらが動かしてるんだ……っ!」
機体の大きさは《アレルイヤ・カスタム》の倍以上ある《ゼオン》から感じる何百人もの強い意思。
このSVが三代目ニジウラ・セイルを守る最後の砦であった。
「絶対に許さない……私の居場所を、返せッ!!」
加速する《アレルイヤ・カスタム》は背中のウイングを大きく広げる。
六枚羽のスピーカーから繰り出される音撃波を至近距離で《ゼオン》に浴びせる。
「壊れろっ! 壊れてしまえっ!!」
フェイスガードを開放し《アレルイヤ・カスタム》は鬼のような顔面に変形すると開口部から奥の手の波動砲を発射した。
「もっとだ、セイルの、声を、聞ぃぃっけぇぇえぇぇぇぇーっ!!」
リミッターを解除してエネルギーのありったけをぶつける。
空気が激しく振動し、周囲の建物は更に瓦解を強めていくが、当の《ゼオン》は全く動じていない。
威力を高めれば高めるほど危険なのは《アレルイヤ・カスタム》だ。
「……ぐ、くふっ……ぅぅ、うぁぁぁぁあぁぁーっ!!」
限度を超えた音響兵器に機体もパイロットも堪えられなくなっている。
セイルは目や耳から血が流れ出ても攻撃を止めなかった。
──違う。私が本当に歌いたかった歌はこんなんじゃない。
少女の小さな口から出るのは獣のような咆哮。
相手を亡きものにせんとする怒りの雄叫び。
──誰のための歌? なんのための歌? 本当の歌ってなんだ?
頭の中で探る過去。
──あったんだ。あっはず。私は、確かに……あのとき!
そんなものは何もない。
すべては嘘であり空っぽの記憶だ。
「セイルは……私はセイルだ……今も、今だってェェェ!!」
次第にレイルの視界は真っ赤になり、自分の声も聴こえなくなっていた。
小さな身体が鮮血に染まってもレイルは最後の瞬間まで叫び続ける。
そして《ゼオン》には傷一つ付けることなく《アレルイヤ・カスタム》は遂に限界を越えて自壊した。
◇◆◇◆◇
地上に降りた愛留はセントラルドームスタジアムに侵入する。
入る前からずっとミナヅキ中に響き渡っていた般若心経がいつの間にか鳴り止んでいた。
(血の匂い……)
会場までの通路には瓦礫に押し潰された三代目ニジウラ・セイル親衛隊の死体が散乱していた。
明かりの無い道を先に進めば進むほど死体の数は増えていく。
(魂がこの先へ流れていってる? やっぱり奥の手があるのか)
激しい揺れによって崩れかかる壁を気にしながら愛留は走る。
目の前に迫る扉を勢いのまま蹴破ると、そこはスタンド席だった。
(アイツの姿がない。既に逃げたあと……?)
やはりここも死体の山が至るところに築き上げられている。
しかし、先程までと違うのは瓦礫の下敷きになり死んだ人間だけではなかったのだ。
明かに人為的な外傷。
銃または鋭利な物で傷つけられた痕のある死体の方が多かった。
「ちぃっ!!」
気配を感じて愛留は腰のホルダーから取り出した拳銃で、後ろから突っ込んでくるナイフを受け止めると、その人物を思いきり蹴り上げた。
相手は黒装束で仮面を付けた子供だった。
「……ニジウラ・セイル」
愛留の踵は黒装束の顔面にクリーンヒット。
仮面と一緒に額を砕かれ生き絶えた黒装束の者の顔は、三代目ニジウラ・セイルにそっくりだった。
『流石ですね、虹浦愛留……私の母』
スピーカーから響く声。
瓦礫まみれの中央ステージに立つ少女は、四人の黒装束を従えて愛留を見つめていた。
「どうだい? 君が生前、見れなかった娘たちの晴れ姿はァ?」
死体だらけの客席に、いつの間にかスーツの男が座っている。
男は足に付いた埃を払いながら立ち上がり、愛留の方へと振り返った。
「…………ヤマダ・アラシ……ッ!」
「そう怖い顔をするなよなァ。眉間の皺はアイドルには似合わない」
長い髪を掻き上げヤマダは臭い台詞を吐く。
「娘たちの最後の舞台を笑顔で応援しようじゃないかァ」
「アイツらを生んだ覚えはないわ」
『『『『『いいえ、私たちは貴方から生まれました』』』』』
三代目ニジウラ・セイルの横に整列する黒装束の者たちは一斉に仮面を外し、空に投げる。
『私たちはニジウラ・セイル』
同じ顔をした五人は笑顔で深々とお辞儀をした。
『ゼオンに命は満ちました。これで新たな世界の扉を呼び出すことができます』
『器としての役割は果たせたと思います』
『古きこの世界にはニジウラ・セイルの名は未来永劫、刻まれることでしょう』
『集まっていただいた皆様のおかげです』
『感謝いたします。もうアンコールはありません』
『『『『『ありがとう。そして、さようなら』』』』』
特殊強化ガラスで出来たドームの天井が《ゼオン》によって砕かれた、破片が三代目ニジウラ・セイルたちに降り注ぐ。
「さて、始めようかァ。最後で最初の夫婦共同作業を!」
幻想的な光輝く刃の雨が少女たちの幕を下ろし、天より降臨する鋼の観音が戦いの第二幕を上げた。





