chapter.9 後悔
歩駆は渚礼奈という女性は何なのか、改めて一から考えてみた。
◆◇◆◇◆
渚礼奈。
家が近所で幼稚園の頃からの知り合い。
親同士も仲がよく家族ぐるみで一緒に食事や遊びに行くほど。
小学校、中学校、そして高校も同じ。
誕生日が早いからという理由でお姉さん気取り。
世話焼きなのは良いが、お節介が過ぎて母親が二人いるみたいで鬱陶しく思うこともしばしばある。
真面目だがいつも明るくクラスの人気者で勉強もできる。
学級委員に立候補したり生徒会に入ったり、学校の行事ごとは率先して行うので先生からの評判もいい。
見た目は三つ編みのおさげ髪で眼鏡の地味な印象だが。
正直に言えば真道歩駆と言うオタクで、自分勝手で、友達もいない根暗少年には勿体無いぐらいの優良物件だ。
そんな彼女を歩駆は二度、殺している。
一回目は《ゴーアルター》の初戦闘。
二回目は魂を複製された模造者の礼奈。
実は一回目で礼奈は死んでいなかったのだが、自分の招いた行動で彼女を瀕死の状態に追いやったのは事実。
高校を卒業して礼奈と小さなアパートで二人暮らしを始める。
これからどんな事があっても彼女を絶対に守ると誓った……はずだった。
決意が揺らぎ始めたのは自身の肉体の変化についてだ。
変化と言うが、変化しているのではなく変化しなくなったと言うのが正しい。
傷の治りが異常に早い、どんどん礼奈に背を追い抜かれていく。
冥王星での最終決戦から地球へと一人帰還、飲まず食わずで地球まで無事に生きていられたのは《ゴーアルター》のおかげだ。
乗っている間のその場かぎりだけだと歩駆は思っていたが、明確的に自分の身体が不老不死になっていると気付かされたのは月影瑠璃と言うかつて仲間だった女性から受けた軍の仕事のことだ。
あらゆる病気に効く万能薬の開発や、新型エンジンを搭載したSVのテストパイロットなど、強靭な肉体を宿した歩駆しか出来ない仕事だと頼まれとても意気込んでいた。
成長しない体のせいで周りから舐められ、揉めての繰り返しですぐ長続きせず仕事を転々とするばかり。
次第に塞ぎ込んでしまい礼奈に負い目を感じた歩駆にとっては天職だった。
しかし、歩駆を使った仕事はエスカレートしていく。
今となっては記憶はうっすらとなっているが思い出すのも嫌になる、月で死なない身体を限界まで酷使した人体実験を受ける毎日。
帰ろうと思えば何時でも帰れた。
その度に何度も月影瑠璃に説得され、報酬の上乗せに目が眩み居続けた。
礼奈のためと思っての事だった。
何年経っても歩駆の中にある《ゴーアルター》の因子を使った不老不死の研究は成功せず五年が経過した。
ついに歩駆の心にも限界にやって来て《ゴーアルター》を呼び出し月の研究施設を消滅させて脱出した。
月にいる間、一度も連絡もせず音信不通だった歩駆を礼奈は受け入れてくれた。
二人暮らしを始めたのアパートでずっと待っていてくれたのだ。
もちろん酷く叱られ、泣かれもした。
そんな彼女を見て自分の行いを後悔する。
もう二度と彼女を泣かせるようなことをしない、そう誓った。
だが、その矢先に歩駆を狙う者たちによって礼奈は、不完全な不老不死の薬を投与されてしまう。
崩壊する彼女の身体を《ゴーアルター》に乗せることによって一命は取り止めるが喜ぶことは出来ない。
自分と同じ不老不死の存在にしてしまった。
その薬が自分の行動によって作られてしまった。
歩駆が良かれと思ってしたことが、全て裏目に出てしまっている。
礼奈と最後に会話をしたあの日。
歩駆は礼奈にプロポーズを申し込んだ。
彼女が受け入れてくれるなら、お揃いの結婚指輪を付けて世界一周旅行でもしよう、と計画もしていた。
結果、彼女の返事を聞くこともなく《ゴーアルター》の声に呼ばれ、導かれるまま亜空間から出現した“敵”との戦いを選んでしまう。
最後に見た礼奈の顔は泣いていた。
最後の最後まで選択を間違える歩駆が愚かなのだ。
そして現在、礼奈の居場所を掴めないどころか、ここが五十年後の世界だと言う。
◆◇◆◇◆
歩駆は壁に掛けられた時計を見ると時刻は五時を過ぎる。
見知らぬ部屋のベッドで眠りについていたようだ。
窓から沈み行く太陽が部屋の中を真っ赤に照らし、反対側では濃紺の空に満月が顔を出している。
良い思い出などないのに、月を見ると何故か不思議と礼奈を思い出す。
「やぁ救世主、お目覚めかな? そろそろ夕食の時間さ。腹も空いているだろう、何か食べながら君の武勇伝でも聞きたいな」
ノックもせず部屋に入ってきたのはイザ・エヒトだ。
「ここは統連軍日本支部の基地さ。安心してくれたまえ、別に僕は君に危害を加えるつもりはない。むしろ逆、味方と言ってもいい。この世界で唯一の」
自分のペースで一方的に話を進めていく歩駆の苦手とするタイプの人間であった。
「…………お前、本当に人間だよな?」
「見ての通りの存在でございます」
歩駆が《ゴーアルター》から受け取った力は不老不死だけではない。
生命体の魂が形や色で認識することが出来るようになった。
イザの纏う魂の雰囲気は人間の放つものと同じようで少し違う、異質なオーラを放っている。
それは亜空間で歩駆が見た“敵”と同様な神々しくも禍々しいものに近いと感じた。
「まぁ、僕の事なんてどうでもいいんですよ。知らなくてもいいし、知る必要もない……そもそも僕も知らないですしね」
カラカラと笑い、はぐらかすイザ。
「どういう意味だよ……?」
「ともかく肝心なのは貴方がこれからどうするのかだ。貴方は謎の敵から狙われている身です」
「それが意味わからねぇんだよ。ここが本当に半世紀も未来だってんなら俺なんてヤツがどうして狙われる?」
歩駆が引っ掛かる部分はそこだ。
この時代に戻れたのは歩駆の意思ではない。日本に到着してから仮面の黒ずくめたちと出会ったのに掛かった時間も早すぎる。
「それはですね……」
コンコン、とノックする音。警戒する歩駆の返事を待たずして、その人物は扉を開ける。
「失礼する!」
オレンジがかったショートカットの軍制服を着た女性、ホムラ・ミナミノは一礼して入室する歩駆の前に緊張した面持ちで立った。
「お前……いいや、真道歩駆さん。一緒に来てください」
「ねぇ僕は?」
「イザ・エヒト、お前は来なくていい。お前には不法入国罪で逮捕状が出ている。連れていけ、持ち物もこちらで管理させてもらう」
ホムラの合図と共に部屋の外で待機していた男ら三人が、イザを取り囲んで手錠を掛け拘束する。
「さぁ歩駆さんこちらへ」
「お、おう……」
「ヘルプ! 救世主、お助けを!」
何故か楽しげに叫びながら連れ拐われていくイザを放っておき、歩駆はホムラに連れられて部屋を後にした。
◇◆◇◆◇
「マジなのか、本物??」
「ほ、本当にあの真道歩駆……さん?!」
「消息を絶った伝説のパイロットが現代に帰ってきたわけだ」
食堂の一角に歩駆を中心として人だかりが出来ていた。
「ゴーアルターは? ゴーアルターはどこにあるんですか?」
「て言うかミナミノ少尉って先月から宇宙へ転属になってたんじゃないのかよ」
「好きなSVは何ですか? 自分はアポロンMk―Ⅳとかタンカーチャリオットですかね」
全方位からの質問攻めで呆気に取られる歩駆。食堂はすっかり歓迎ムードだ。
歩駆の座るテーブルの上には豪華な食事が沢山並べられていた。
「お前ら歩駆さんが困っているだろう!?」
正面に座っているホムラが騒ぐ者たちをなだめ落ち着かせようとするが少しも静かにならない。
「申し訳ない。皆、私も含めてゴーアルターの伝説が好きなんだ」
「お前らも俺を救世主だの伝説だの……」
「私も最初は信じられなかったんだよ。だが、イザの言ったことはどうやら真実だったらしい」
歩駆の寝ている間に軍の医者が検査で採取した血液や指紋、網膜パターンなどを解析していた。
その結果、統連軍のデータにあった真道歩駆本人であるとわかったが、その情報をイザが言い触らし基地の隊員らが騒いでいるのだ。
「これを見て欲しい。貴方の伝説が語られているムービーだ」
「そこ真ん中、開けろ! 歩駆さんの位置から見えないだろ!」
隊員たちがいそいそと食堂の大型モニターにプレーヤーを繋いで映像ディスクをセットする。
歩駆が見せられた映像。
それはロボットアニメだった。