表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イミテイターイドル ~模造のヒトと偶像の機神~  作者: 靖乃椎子
Episode.12 √サナナギ・マコト:Dearest
88/104

chapter.88 心経

 十二月三十一日。

 午後八時。


「地球の日本にはゼナスちゃんのお墓があるの! そんなスフィアなんて落とされてたまるもんか!」

 宇宙を流星のように駆ける《青騎士》が三代目ニジウラ・セイル親衛隊のピンク色SV軍団に立ち向かう。


「お願いだから下がって! 下がれっ!」

 敵に向かって叫ぶウサミ。

挿絵(By みてみん)

 愛する亡き夫ゼナス・ドラグストが乗っていた愛機を設計図から再現して建造された《青騎士》こと《ノヴァリス》の長剣が、敵SVの手足や武装を切断して行動を無力化した。


「負けられない。ココロに力を貸してゼナスちゃん……!」

 コクピットの壁に貼ったゼナスの写真が微笑んでいる。

 敵は殺すつもりで来るだろうが、ウサミは命までは奪いたくはなかった。

 しかし、この混線する戦場では動けなくなった機体は流れ弾や誘爆により墜ちることもある。


「甘すぎるぞ、ウサミ」

 ウサミとは対照的に撃墜数を稼ぐのはタテノ・ツルギとその機体である《Dアルター覇王》だ。

 不規則な起動で舞う巨大な黒い拳が敵SVの装甲を次々と砕いていく。


「コイツらは狂信者だ。教祖がやれと命じればなんだってやるのさ」

 飛ばした黒腕を自機に戻すと、鋼鉄の指から弾丸を高速で連射する。更に自機を回転させ周囲に群がる敵SVを纏めて蜂の巣にした。


「……でも、おかしくない? スフィア落としをするってこんな当日に占拠したって無理でしょ。統連軍の援軍だって来ているのに……さっ!」

 背後から電磁迷彩を施した敵SVが《ノヴァリス》に迫る。


「少し、眠ってなさい!」

 宇宙に溶け込みながら近づいて鎌を降り下ろした瞬間、ウサミ自身に搭載された超高性能人感センサーが敵の存在をキャッチ。

 後ろを向いたまま《ノヴァリス》の細長い手が透明になっている敵SVの頭部をガッチリと掴み、高圧電流を発生。

 迷彩が解除され姿を現した黒焦げの敵SVはぐったりとしたまま沈黙した。


「向こうも頑張ってるんだもん。ココロたちも頑張らないとっ!」

「統連軍か……そもそもで言えば消し飛んだ狂信者どもの艦隊の多くは統連軍の艦だった。フラフラと陣営を変える奴等なぞ信用するに値しない」

「それもそうだけどさ……うーん」

 複雑な状況にこんがらがるウサミ。


 現在の戦況。


 スフィア・ヤヨイを月の旗艦クィーンルナティックと護衛艦二隻が防衛。

 攻め込もうする八隻の三代目ニジウラ・セイル親衛隊の混成艦隊。

 その後方から挟み撃ちの形で親衛隊に迫る地球統連軍の艦隊が五隻。


 ツルギたち月側の活躍で徐々に敵の数は減らされているが、まだ残すSVの数は親衛隊の方に軍配が上がる。

 少数精鋭で奮闘する月とは対照的に、統連軍側は押され苦戦しているように見えた。


「……それにだ。コイツらは囮だ」

「えっ、そうなの? でも今……待って、増援?! 敵の援軍なの!?」

 追い討ちをかけるようにスフィアから新たなる部隊を確認する。

 親衛隊の艦が追加で五隻、統連軍の艦隊に攻撃を始めた。


「どうするのよ、ツルギおじいちゃん!? 囮でこのままじゃココロたち……」

「狼狽えるな。ヤツらの本当の目的は別にある。そのためにアイツらを送っておいたんだからな」

 義眼のツルギが見詰める遥か先、本陣であるジャイロスフィア・ミナヅキ。

 そこへと、マコトたち月の別動隊が乗った輸送艦が向かっていった。



 ◆◇◆◇◆



 午後十時。


 三つ巴の戦いが繰り広げられているジャイロスフィア・ヤヨイの攻防戦を中継しながら、ジャイロスフィア・ミナヅキで行われている三代目ニジウラ・セイルのライブもクライマックスに突入しようとしていた。

 曲が終わり次が最後の演目。

 しかし、会場は先程までの熱気と興奮は消え、厳かな雰囲気に包まれた。

 約7万人も収容できるドームの観客席はライブ開始時は満席だったにも関わらず、今はガランとしている。

 そのほとんどがスフィア攻略に駆り出され、今会場に残っている親衛隊は特別なイベントに選ばれたプレミアム会員だ。

 その数は千人。

 まるで教会に祈りを捧げる礼拝者のように静かに待っている。

 静まり返るステージの下から、ゆっくりと床が迫り上がり現れた純白の衣装に身を包む三代目ニジウラ・セイル。

 しかし歓声は上がらない。


「地球は浄化しなくちゃいけない。選ばれしナンバーサウザントの皆様、今日まで私、ニジウラ・セイルにお付きあい頂き、ありがとうございました」

 無音の中、深々とお辞儀をする三代目ニジウラ・セイル。


「これよりニジウラ・セイル、今世紀最後で最終の演目となります。これから私たちは一つとなり、地球の一部となります。しかし、心配ありません。私たちの意思は彼女に受け継がれるでしょう」


 巨大スクリーンに映し出されたのは、周辺に人の気配が全く無いドーム会場の外。

 ドームの天井には、複数の手と顔を持ち安らいだ表情を浮かべる《観音様》のようなデザインのSVが鎮座していた。

 その額にあるクリスタル状の装飾の中に、磔にされている少女が一人。

 渚礼奈だ。

 撮影している空中のドローンカメラに気付いたのか、礼奈はドローンを睨み叫んでいるが音声は会場に届いていない。


「彼女は渚礼奈。月の女神と呼ばれた女性。次の世界を背負っていく“イドル”です。きっと今より良い時代を築いてくれるでしょう……」

 画面越しに見詰めあう三代目ニジウラ・セイルと礼奈。

 すると突然、映像が切り替わり。


「来たね。阻む者たち」

 戦場となってスフィアの外の様子が映された。

 大勢で襲い掛かる親衛隊のSVを、怯むことなく次々に撃破する真紅のSV。

 サナナギ・マコトの《ゴッドグレイツ》だ。


「…………どうやら、時間がないようですね。それでは皆さん、私に続いてご唱和ください」

 呼吸を整え、取り出したのは古びた小さな本。

 ページを開き、そこに書かれている経を三代目ニジウラ・セイルは唱え始めると親衛隊もそれ続いた。


挿絵(By みてみん)


『観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時


 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子


 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色


 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相


 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中


 無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意


 無色声香味触法 無眼界 乃至無意識界


 無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽


 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩埵


 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖


 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏


 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提


 故知般若波羅蜜多 是大神咒 是大明咒 是無上咒 是無等等咒


 能除一切苦 真実 不虚故


 説般若波羅蜜多咒 即説呪曰


 羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提僧莎訶


 般若心経』



 ◆◇◆◇◆



 そして、ジャイロスフィア・ミナヅキはゆっくりと廻りだす。

 少女たちの祈りに応え、地球へ堕ちるために動き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ