chapter.87 そして12月31日
12月31日。
午前八時。
渚礼奈はジャイロスフィア・ミナヅキにある建物の一室に軟禁されて三日が経っていた。
豪華な装飾で飾られている高級ホテルのような広い部屋だが、外に通じるドアや窓には鍵がかかっている。
他に助けを呼ぶ手段が見つからないので強引にイスで窓やベランダのガラス窓を叩き割ろうと試みたが、特殊素材で出来たガラスは礼奈の力では軽い傷を作る程度だった。
軟禁中の三日間。
暇をもて余す礼奈は冷蔵庫に食料が潤沢にあったので、礼奈は月に居たときには出来なかった料理を作って時間を潰していた。
台所を探すと肉も野菜も調味料も潤沢にある。
2100年、人間の味の好みはそれほど変わってないようだ、と礼奈は安心した。
「うーん、作りすぎちゃったかな」
時刻は午後一時。
今日は特別、作ることに夢中すぎて、テーブルには和洋中さまざまな料理が並べられていた。
「味は問題なし。久々の割りには覚えてるもんだなぁ」
自画自賛して昼食タイム。
だが、とても一人では食べられない量であった。
しかし、今日の礼奈にはこの料理を美味しく食べてくれる人物がここに現れる、という夢を見た。
これは現実になる、と予感して礼奈は料理が冷めないよう皿にラップをかける。
「来るよね? 来るんだよね……あーくん」
ソファーに腰掛け、時計を見ながら彼の登場を待つ礼奈。
しばらく、うたた寝でもしようと眠りに落ちそうだった瞬間だった。
「あー美味しそう! この肉団子、一つ貰ってもいいですか?」
突然の現れた少女に礼奈はソファーから飛び起きる。
「だ、誰?」
「もぐもぐ、もぐもぐ、ごくりっ……うんまーい!」
派手なアイドル衣装に身を包む少女、三代目ニジウラ・セイルは「一つ」と言いつつフォークで次々と料理のラップを開けてつまみ食いしていく。
「あなたは……セイルちゃん?」
「流石は月の王女様と呼ばれる方ですね。まぁこの格好を見ればセイルだってわかるか」
「ごめんなさい、やっぱりあなたは私の知っているセイルちゃんじゃないみたいだわ」
「じゃあ王女様の知らないセイルちゃんってことで、一つよろしくね。長時間ライブだからしっかり食べておかないと……」
そう言って三代目ニジウラ・セイルは再び食べ進めようとすると、礼奈は三代目ニジウラ・セイルの腕を掴む。
「やめて」
「冷めちゃうよ?」
「これはあなたの為に作った料理じゃないの」
「残念だけど王女様の待ってる人が来る前にセイルたちが勝つよ」
三代目ニジウラ・セイルはそっとテーブルにフォークを置くとパチン、と指を鳴らす。
礼奈の背後に二人の男が現れた。
「イドル計画の最終段階には王女様も一緒に出てもらうよ?」
それは礼奈を連れ去ったガイと、その手助けをした統連軍のツキカゲ・ゴウだった。
男たちは黙って両側から礼奈が逃げられないように囲む。
「計画? 一体、何のことを言ってるの?」
「そろそろ時間だから行こうか。うぅーワクワクするねぇ!」
ピョンピョンと興奮した跳び跳ねながら三代目ニジウラ・セイルは言った。
「さぁ、ラストステージ開幕だァー!」
◆◇◆◇◆
同日。
時刻は午後六時。
全世界に向けた三代目ニジウラ・セイル、一世一代の生配信が開始された。
『会場に集まってくれたみんなぁー! 今日と言う日をセイルはとても、とても、とーっても待ち望んでいました!』
爆発的な歓声が響き渡りライブ会場は異様な熱気包まれる。
スフィア・ミナヅキの外には世界中から集められた三代目ニジウラ・セイル親衛隊の全勢力が目的の場所に向けて出撃した。
『21世紀最後の伝説を作るのはもちろんセイル……いいえ、ここにいる皆さんも一緒っ! さぁ、歴史に名を刻むぞぉーっ!!』
十五隻にも及ぶ親衛隊の艦隊がスフィア落としを実行するため向かうのは、月の所有するスフィア・ヤヨイに一斉に攻撃を開始した。
毒々しい派手なピンク色のカラーリングをした様々なSVが戦艦から発進する。
それは地球統合連合軍がかつて制定した国際SV法以前の旧式の機体だったが、性能は現代の基準にまでアップグレードした最新バージョンだ。
思い思いの装備、片や盾に貼られたデカールに至るため三代目ニジウラ・セイル好きが集まったカスタムSVが怒濤の勢いで進軍する。
しかし、そのほとんどが活躍する間もなく消滅することになるのだ。
「月光砲、撃て!」
ヤヨイの影に隠れていた黄金色の超弩級戦艦が薔薇のような形をした先端の発射口を閃光させた。
黄金の輝きに飲み込まれ三代目ニジウラ・セイル親衛隊の半数近くが壊滅する。
「出来れば使いたくなかったんだがな……」
ユーリは後悔する。
この戦艦クィーンルナティックは元々、銀河旅行をするためユーリの祖母でありTTインダストリアルの先々代社長・織田竜華によって建造された宇宙客船になる予定だった。
それが地球との戦争状態が続き、戦艦へと改造せざるを得なかった。
しかし、この主砲である月光砲は対外宇宙生物に向けての迎撃用だというのは建造当時から開発思想だった。
それを同類である人類に向かって発射するというのはとても心苦しかった。
「全機出撃! スフィアに奴等を近づけさせるな!」
戦艦クィーンルナティックから織田ユーリ・ヴァールハイトに指揮する。
敵艦の数は八隻。
対して月の部隊は僅か三隻。
旗艦であるクィーンルナティックと、後ろから遅れて二隻の護衛艦ムーンナイトがスフィア防衛に参上した。
「チャージには膨大な時間を要するため二度目の月光砲は無いと思って欲しい。クィーンルナティックは一度、後方に下がって諸君らの援護射撃に専念する」
敵の数を大幅に削ることには成功したが戦力的にはまだ倍以上の差があった。
旧式のSVばかりとは言え物量で押し込まれたら防衛ラインを突破される可能性もあった。
「あとは頼んでもいいですか? 艦長としては貴方の方が歴は長いし適任だ、ヴェント中佐」
ユーリはクィーンルナティックの指揮を補佐役として招いたヴェント・ヤマダ・モンターニャに任せようとした。
「どこにいく?」
怪訝な顔でヴェントは訪ねる。
「僕もSVで前線に出る」
「そんなことをして社長が死んだらどうする?」
「僕には加護がある。もちろん無茶をしてやられるようなことはしないさ。これは僕の罪滅ぼしでもある」
そう言ってユーリはブリッジを出てしまった。
艦を任されたヴェントは心の中で舌打ちをしつつもユーリの行動を羨ましく思った。
「これよりクィーンルナティックはヴェント・モンターニャが指揮を取る。総員、周囲の警戒は怠るなよ!」
「早速なのですけどヴェント艦長、こちらに接近する艦隊があります」
オペレーターはモニターに映像を出す。
その数、五隻。
統連軍の艦隊はSVを出撃させ親衛隊の混成部隊に攻撃を開始した。
「どうしましょう、ヴェント艦長?」
「…………この艦の装備なら守るの姿勢よりも攻めの方が有効だ。クィーンルナティックを前に出すぞ!」
軍帽を目深に被り気合いを入れて、ヴェントはブリッジのクルーに指示を出した。





