chapter.86 一世一代の歴史的大罪
翌日。
一同は修復されたTTインダストリアルの作戦会議室に集まっていた。
一体いつヤマダ・シアラの侵入を許したのか、真っ先に疑われたのは地球と月を行き来する守護財団であった。
しかし、輸送艦の発進から到着までの監視カメラや物資を積んだコンテナ内部を隈無くチェックしたが、シアラが潜り込んでいた形跡は見つからなかった。
「ナギサ・レイナさんを誘拐したのはガイさんなんですよね? じゃあ、ガイさんが首謀者?」
トウコが巫女服の袖をまくり、小さい手を上げて質問する。
「それが、ガイだけじゃなんだ」
壇上のモニター映像を切り替えながらヴェント・Y・モンターニャは言った。
「ガイ以外にナギサ・レイナ誘拐の手助けをしたのはツキカゲ大佐だ」
ヴェントは鋭い目付きで映像を睨んだ。
そこに映っていたのは廊下で人の目を気にしながら、こそこそと歩く統連軍制服を着た一人の軍人、ツキカゲ・ゴウであった。
「誘拐の手助けをした後、アキサメ改を奪って逃走した」
「特に変わった様子もありませんでしたよね、モンターニャ中佐?」
「それが……しばらく大佐とは会話をしていない。奴に艦を預けていたからな」
「ウーン、最近の彼は妙にテンションが高かったよ」
ヴェントの代わりに証言するのは整備士長ヨシカだ。
「そうだ、それこそヤマダ・シアラみたいな何か変な喋り方をしていたっけ。なんとかかんとかだァ! そうだなァ! みたいな?」
「それはいつからなんです?」
トウコがヨシカに尋ねる。
「二、三日前かな? 哨戒任務から帰ってきたぐらいからだよ」
「ヤマダ・シアラ……いや、ヤマダ・アラシか」
遠い記憶を思い出しながらタテノ・ツルギは後列の席に座る虹浦零琉を見る。
齢九十を越えても屈強な肉体と強面な顔を持つツルギに見つめられて、零琉は緊張して体を震わせる。
「ちょっと、おじいちゃん。ウチの子供が恐がってるわ」
隣に座る虹浦愛留が零琉を優しく抱き締める。
ウチの子。
そう言われて零琉は嬉しさを感じた。
「あの人の血筋。それが関係していると言いたいんでしょ? 残念だけど、この子は特別よ」
「お母さん……」
「私の子、虹浦星流のクローン体をベースとしたクローンなの。彼の成分は薄まってるみたいだから、今ここにいる零琉は安心よ。たぶん大丈夫……よね?」
愛流の抱き締める腕の力が強くなったのを零琉は感じた。
落胆したように零琉はコクりと頷く。
前言撤回。
やはり愛流は自分を本当の娘だとは思っていないようだ、と零琉は思った。
「私もヤマダ・シアラの息子だ」
苦虫を噛み潰したような顔でヴェントが言う。
「そう言えばヴェントちゃん頭痛はもういいの?」
心配そうにウサミが言う。
「あぁ、今朝から嘘のように気分が良いんだ」
ここ数日、ヴェントを襲った頭痛。
薬を飲んでも一向に直らないそれは、頭の中で憎きヤマダ・シアラらしき者の声が煩く叫んでいた。
必ずお前に復讐してやる、と意識を乗っ取られそうな不快感に必死に耐え忍んだ。
「あっ、アキサメ改はミナヅキに入港したって今、情報が入ったよ!」
帽子の兎耳レーダーをピンと立たせてウサミが声を上げた。
偵察機からウサミの電子頭脳に送られてきた画像をモニターに画面に送ると、スフィアの宇宙港の中に入っていく戦艦ミナヅキ改の姿が映し出された。
「やはりか……こんな事になるなら、艦を任せるべきじゃなかった」
「ねぇ今すぐにでもスフィアを攻めにいった方がいいんじゃないの?」
と、ウサミは皆に言った。
「冥王星にいった歩駆ちゃん達も帰ってこないし、もう大方の機体の修理は出来ているんしょ? マモリちゃんが言うには同じ日に、また怪物が来るらしいし。先にスフィアの問題を解決してからでもいいんじゃない?」
急かすようにウサミは壁に寄りかかりずっと黙っている織田ユーリ・ヴァールハイトに振る。
「…………僕は、彼らがきっと帰ってくるって信じたい。それに戦力が減ってしまった今、迂闊に攻めいるの得策じゃない。あの白いDアルターの砲撃を撃たれたら終わりだ」
ユーリは慎重になっていた。
いくら守護財団の支援で月の復旧作業が大幅に短縮されたとはいえ戦いに出るには決定力が不足している。
「彼女が明後日までに目覚めなければ僕もSVで出る」
「マコトちゃんなら心配いりませんわ。マコトちゃんは約束は守る方ですから」
自慢気にトウコはユーリに言った。
敵の不意打ちを受けて、マコトは意識不明となっていた。
頭部に軽い怪我を負ったぐらいで見た目は何も問題はないように見えるが、一向に目を覚まさない。
「ユーリさんは社長らしくドーンと構えていてください。戦いは私たちの仕事ですから」
「……そうか、頼りにしているよ。皆もよろしく頼みます」
それからしばらく今後の作戦をどうするか議論を続けると、会議は解散される。
トウコは足早に会議室を抜けると、マコトの眠る病室へと駆け出していった。
◇◆◇◆◇
ジャイロスフィア・ミナヅキ。
都市の中央部にそびえ立つドームスタジアムでは、来る12月31日に向けて最終リハーサルを行っていた。
「ねね、ヤマアラシP。年越しイベントの衣裳。やっぱこっちがいいかな?」
打合せ室に並べられたきらびやかな衣裳を両手に取り、三代目ニジウラ・セイルはハンディカメラでメイキング映像を撮影しているプロデューサーに見せた。
「前のも救世主っぽいけど、これは女神様って感じがあって好きなんだけどね。迷うぅ!」
三代目ニジウラ・セイルは部屋のドア前に立つ、黒い仮面を付けた五人組“ナイトオブセブン”をマネキン代わりにして衣装を着せる。
全員、三代目ニジウラ・セイルと同じ背丈なのでサイズはピッタリだ。
「うん! こう見ると印象が違うなぁ。ねぇ、ヤマアラシP。この子達の仮面、取っちゃダメなの?」
そう言うとヤマアラシPはカメラの録画を停止させる。
「いいですかァ? 彼女たちの正体は世間にバレてはいけません。彼女たちはセイルさんを守るための影なのです。これが彼女たちの幸せなのです」
「それにしても驚いたよ。セイルが実は八つ子だったなんて」
三代目ニジウラ・セイルは一人の黒仮面を持ち上げて顔を覗く。
「……」
自分とそっくりな顔が無表情で三代目ニジウラ・セイルを見詰めていた。
「少しぐらい声を聞かせてくれてもいいんじゃない?」
「……」
「ダメですよ。そう言う契約ですからァ」
笑わせようと三代目ニジウラ・セイルは黒仮面セイルの脇をくすぐってみるが、びくとも笑わなかった。
「ナイトオブセブンなんでしょ? 残り二人はどうしたの?」
「……君を守るために亡くなっています」
「そっか、それは残念」
仮面を元に戻し三代目ニジウラ・セイルは姉妹たちを一人ずつ抱き締める。
「撮影スタートして」
「……はい」
録画が再開される。
呼吸を整えて三代目ニジウラ・セイルは宣言した。
「…………皆さん、三代目ニジウラ・セイルです。これから私が起こす事は歴史に名を残す大罪となります。ですが、これが十年、百年、それ以上の年月が経ったとき、私の行為が間違ってはいなかった……そうなると信じています! だから見ていてください。ニジウラ・セイル、一世一代のスフィア落としを!」





