chapter.81 欲した力とその末路
力が欲しかった。
自分の正義を通せる、絶対的な力が。
神にも悪魔にもなれる唯一無二の力を。
そして手に入れた。
ゴーアルターと言う圧倒的な力を手に入れた。
それは正義だったのか。
それとも悪だったのか。
そんな力を手に入れて俺は何がしたかったのか。
戦い、傷付き、得たものはなんだったか。
何を成せた。
何に成れた。
強すぎる力を手に入れても結局、何も手にすることはなかった。
そもそも、俺という存在は何だ。
俺は何だ。
何者だ。
◇◆◇◆◇
「……うぅ、ん……」
気が付くと少年は交差点のド真ん中に立っていた。
周りには大小様々なビルの立ち並び、何十台もの自動車がひしめき合う広い大通り。
少年にとって懐かしくも見慣れたような街並みがそこにはあった。
「うわ、まずい!?」
こんな道路の中心に居たら車に轢かれてしまう、少年は急いで歩道まで走った。
走りながら周囲を見渡して少年は違和感を覚えた。
街中だというのに人が誰一人も居なかった。
何かが潜んでいるという様子もなく喧騒も聞こえてこなかった。
雲一つない晴天の街、昼頃かと思えば空に太陽はない。
風の音すらなく、時間が止まったように車も信号機も動作せず、まるで映画のセットの中にでも迷いこんだような感覚があった。
横断歩道を渡りきって少年はガードレール横に立てられた看板に書かれた住所を見る。
──県。
真芯市。
芽蟹区。
路房町。
──丁目──番地。
「…………俺の……家……どこだ?」
看板に記された地図を頼りに少年は静寂の街を歩き出す。
入り組んだ住宅街進むにつれて、忘れていた遠い日の記憶が少しずつ甦るようだった。
しかし、記憶のピースを構築を邪魔するものが少年の前に唐突に現れる。
◆◇◆◇◆
大きな地響きがコンクリートの地下奥深くから唸りを上げた。
バリバリと地面が真っ二つにひび割れ、裂け目より這い出て現れたのは黒い巨大な蟲だ。
数十メートルはあろう高層ビル並の縦に長い体から伸びる複数の脚。
その姿を例えるなら木や枯れ葉に擬態する《ナナフシ》と呼ばれる蟲のようだった。
巨体を揺らして立ち上がる《ナナフシ》の顔が少年に向く。
「う……わあ…………っ!?」
巨大な物に睨まれた威圧感、と言うよりも虫特有の嫌悪感。
ゾワゾワと鳥肌が来る感覚に本能的に少年は逃げ出した。
逃げ去る少年の姿を見て《ナナフシ》が咆哮すると大きな身体を倒し、前傾姿勢を取った。
その勢いで突風が吹き荒れ、背中を押す風によって少年は宙に浮いて、そのまま突き当たりの生け垣に激突した。
「ぐッ!! …………あぁ……?!」
直ぐに起き上がり、痛みに耐えながら走る少年だったが追いかけてくる《ナナフシ》から逃げられなかった。
もう駄目だ、と少年が諦めかけて電柱の影に身を伏せたその瞬間である。
少年を探そうと頭を上げた《ナナフシ》が勢いよく地面に叩き付けられたのだ。
「大丈夫かい、君?」
「うわっ!?」
突然、背後から声をかけられ少年は飛び上がる。
「もう心配するな。俺が来たからには安心さ」
そこに立っていたのは黒いロングコートに身を包んだ白い仮面の男だった。
「だ、誰だアンタは?」
「俺か? 俺の名はアーク仮面。正義のヒーローさ」
男は表情の見えない仮面の奥でニヤリと笑った。
「……なんだよ、このオッサン」
◆◇◆◇◆
一方、その頃。
マナミたちと中身を失った《ガイザンゴーアルター》は冥王星の地表に降り立っていた。
薄暗い空と渇いた砂の大地。
吹き荒ぶ突風と舞い上がる埃で多少の息苦しさはあるが呼吸は可能である。
しかし、長時間も顔面を晒している状態は流石に苦痛なのでマナミはヘルメットを着用した。
「あの子の胎内ってわけじゃなさそうね。なんで、こんな町が……」
少し歩いた先に朽ち果てた建物が乱雑に並ぶ。
いずれの建物も戦争か何か起こったかのような激しい破壊の跡が至るところに残っていた。
「歩駆さん、どこにいるんですか……?」
惑星サイズの巨大な少女に抱かれて、気が付いたらこの場所にマナミいた。
地球からここまで乗ってきた《ガイザンゴーアルター》は修理など不可能なレベルに損傷している。
そして肝心な中身の《ゴーアルター》は何処かに消えていた。
「マモリさん、一体どういうことなんですか? 私たちどうなっちゃうんですか?」
振り返りマモリからの返事がない。
コクピットを降りたところまでは一緒にいたはずだったのに、いつの間にか姿が消えていた。
「…………歩駆さん……私はどうしたら」
『こっちだよ』
マナミは声のした方を振り向く。
「……マモリさん?」
『こっち、こっち』
マモリらしき声は聞こえるが姿はどこにも見えなかった。
『そこに入ってごらん。僕らはそこにいるよ』
すると、一軒の古びた建物の扉が勝手に開いた。
扉の向こうはどこまでも暗闇が続き、先に何があるのか全く見えないが勇気を振り絞ってマナミは一歩、踏み出した。
一切の光なき道を恐る恐る進むマナミ。
しばらく歩き続けると、ボンヤリとした明かりが正面に見え、誰かがそこに立っている。
「やぁ、ここがゴールだよマナミ」
マモリだ。
そして、その傍らには装飾が施された巨大な石の王座に座る老人の姿があった。
「その人は誰……?」
「何を言ってるんだい? 彼は、彼こそが本当の“シンドウ・アルク”だよ」





