chapter.8 戦うわけない
自分に目掛けて降下する《虫型SV》を見上げて、歩駆は立ち塞がっているイザを無視しては一目散に逃げ出した。
「どこに行くのです! 貴方はこの世界を救う者のはずだ!!」
急いで歩駆の後を追い掛けるイザ。
後方でビルに突っ込んだ《虫型SV》の撒き散らすガラスやコンクリートの破片が通行人に降りかかる。
「知るかよ、知るかってんだ。俺は……」
悲鳴と混乱で騒然となる中を掻き分けて歩駆は進んでいると、ズボンのポケットから小さな箱がアスファルトの地面に転げ落ちた。
「くっそ、邪魔なんだよ! チィ、どけったら!」
戻る歩駆だったが箱は逃げる人たちに蹴飛ばされ行方を見失った。ぶつかりながらもやっと箱を見付けると誰かに拾われてしまう。先回りしていたイザだ。
「お前は……それを返せ」
「戦わないんですか? ここは正義のヒーロー登場のチャンスですよ」
「…………誰が、どうして、だよっ?!」
歩駆は無理矢理にでも取ろうとイザに飛びかかる。
「おっとっと、いけませんねぇ。敵は僕ではないというのに」
「俺の行く手を邪魔するヤツは敵だっつーの! ……くそ、返しやがれ!!」
だが、歩駆の人並み外れた身体能力を持ってしても動きを読まれてしまい、イザは歩駆の掴む手をスルりと回避する。
いつの間にか逆に歩駆がイザを追いかけるはめになっていた。
「さっき言ったよな、ここは2100年だって。なら俺はもう戦わない…………戦うわけないだろ!? ゴーアルターの力なんか要らない、戦いは……もう沢山なんだっ!!」
歩駆の悲痛な叫びが空にこだまする。
地獄のような戦いから解放されて、やっとの思いで帰ってきた故郷の地球。
それが自分のいた時代ではなく未来の世界だった、とわけがわからない事を言われれば頭が混乱してパニックにもなる。
「それは困りましたねぇ。敵は貴方を狙うために町なんかどうでもいいみたいですよ?」
何かが破壊されている爆音が後ろから聞こえていたが、歩駆は振り返らない。
「ここは俺のいた世界じゃない。俺にはやるべきことが、やらなきゃいけないことあるんだよ……俺は、礼奈に会わなくちゃ」
「矛盾していますねぇ。この時代が貴方いるべき世界ではないのならば、そこに礼奈という人は本当に居るのですか?」
「そっ、それは……」
何かの爆風が歩駆たちに吹き付けると、真上から煩い羽音を鳴らして《虫型SV》がやって来った。
不気味な掻ぎ爪の三本指が歩駆を捕らえようと襲い掛かる。
その時、大きな影が《虫型SV》ごと歩駆たちを覆う。
「ジャストタイミングですよ」
影は瓦割りの要領で繰り出す正拳突きで《虫型SV》を頭部から胴体までを貫いた。
歩駆らの窮地に颯爽と現れたその雄々しい機体は《ゴーアルター》と姿が似ている赤い大型のSVだった。
「ゴーアルターでなければいいのでしょう? ならこの《Dアルター・エース》を使うといい。最新鋭の機体だ、そこらのSVとは馬力が違う。君ならば操縦できるはずだ」
「そう言うことじゃない! 俺は戦うことがもう嫌なんだよ。放って置いてくれ、俺は礼奈を探すんだ」
「それにしたって、あの様な連中に追われながらでもいいんですか? 一先ず、邪魔物は排除してから、これからの事を考えましょう」
イザが強引に歩駆の背中を押す。体勢を低くする《Dアルター・エース》のハッチが開くと、コクピットから女のパイロットが転がり落ちる。
「だぁー……あっ、出られた?! どこココ?! 日本?!」
困惑する女パイロット、ホムラ・ミナミノのことよりも歩駆は《Dアルター・エース》の股の間から見えるとぼとぼと歩く小さな女の子が気になった。
「…………危ないっ!?」
考えるよりも体が動く。女の子の頭上に何処からか飛んできた巨大な看板が直撃する寸前だった。歩駆は女の子を突き飛ばすと自分が犠牲となり巨大看板に押し潰された。
「うお、おい! そいつ死んだのか?!」
「んー?」
ホムラがイザに向かって叫ぶ。ピクリとも動く様子はなく、看板の隙間からは血が流れていた。歩駆に突き飛ばされた女の子の姿はなく、既に駆け付けた母親に連れられ何処かに逃げ去っている。
「ホムラちゃん、瓦礫を退かしてください」
「あ……お、おう」
呼び捨てでイザに使われていることに敢えて触れず、ホムラはハッチを開けたまま《Dアルター・エース》に乗り込んで看板を恐る恐る退かした。
そこには目を瞑り息を圧し殺して寝そべる歩駆の姿があった。そんな歩駆をイザは無理矢理に腕を引っ張り上げる。
「死んだフリをしている場合じゃありませんよ」
「…………ぐっ……痛ぇ」
地面に引きずりながら歩駆を連れてイザは《Dアルター・エース》に胸部まで軽々と登る。
「ま、マジか? 生きてるのか?!」
「これぐらいで死ぬような肉体じゃありませんよ。ちょっと、そこを退いてください。彼を乗せますよ」
ホムラを脇に追いやり歩駆をコクピットシートに放り込んでから、イザも空いた僅かなスペースに入り込んだ。
「おい止めろ、三人乗れるほどスペースは無いんだぞ!?」
「貴方が床に寝っ転がればいいでしょう? さぁ君が操縦して戦うのです。僕たちの命、君に預けた!」
強制的に歩駆はコクピットに座らされ操縦桿を握らされる。一瞬だけピリッとした感覚が手にあるのは機体と操縦をリンクする生体認証が行われたからだ。
「こんな学生にSVが操れるのか? この機体は上級パイロット用にチューンナップされた特注品なんだぞ」
「黙って見ていればいいのですよ……さぁ来ましたよ!」
イザが指を差す方向、正面から《虫型SV》二機が両腕の鋭い爪を構えて飛んできている。
変則的な軌道で飛行するそのスピードは、歩駆の知る地上用空戦SVのどれよりも速く感じる。
が、それは過去の記憶にある“SVの中で”の話だ。
「遅い」
二機の《虫型SV》は左右からの同時攻撃を仕掛けた。
振り上げる爪腕は《Dアルター・エース》の装甲を傷付けたままの状態で引っ掛かり、本体は後方へ吹き飛んでいく。
それは瞬間的に動いた《Dアルター・エース》が《虫型SV》たちの肩部を手刀で切り飛ばしていた。
「流石は歴戦のパイロット。お見事ですよ!」
「いや、機体の反応速度が全然足りなくて俺の動きについきてない」
異空間での亜高速戦闘を経験した歩駆とっては止まって見えるほど単純でやり応えのない敵であった。
しかし片腕になった《虫型SV》たちはなおを向かってくる。
いつの間にか他の《虫型SV》も呼ばれて集まり《Dアルター・エース》の周囲を取り囲んだ。
地上と空中、その数は五機が攻撃のタイミングを狙う。
「アンタ、こいつの手は飛ぶのか?」
「あ、あぁ有線だが……それよりも電磁シールドを周りに展開しろ! 全方位の攻撃を防げるかもしれない」
「いや、突破する」
ホムラの忠告を無視して歩駆は《Dアルター・エース》を発進させると、その背後を《虫型SV》三機が突撃する。
視線は正面に、真っ直ぐ走りながら腕を後ろに伸ばす《Dアルター・エース》は有線式マニューバフィストを後方左右の《虫型SV》へと発射した。
避けようとする二機の《虫型SV》の頭部をワイヤーで繋がれた《Dアルター・エース》の巨腕が同時に掴み、真後ろに位置するもう一機の《虫型SV》にぶつけて挟むように摩り潰す。
「あと二機ッ!」
駆ける速度は緩めず《Dアルター・エース》は身体を横に捻る体勢を取った。
接近戦は不利だと判断した《虫型SV》は上昇し、距離を開けて腰のラックからマシンガンを取り出して乱射する。
厚い《Dアルター・エース》の装甲を容赦なく叩くが歩駆は防御せず機体を思いきり振り大きく回った。
まだワイヤーが伸びたままの腕をムチのようにしならせ、先端の拳を離れた《虫型SV》 に一回、二回とぶつけて叩き落とす。
「ラスト…………あっ」
ふと口元が笑っているのに気付き歩駆の手は操縦桿から離れる。
戦いから離れたいと言ったばかりなのに戦いを楽しんでいる自分に絶句していた。
「待て! この識別コード……大佐が来た」
撤退しようと背を向け飛び去る《虫型SV》の胸に大きな風穴が空き爆散する。
レーダーに映る反応は歩駆たちの遥か後方。そこには大型ライフルを携えた角付きの指揮官機タイプ。紺色迷彩の《Dアルター・エース》だ。
『ホムラ……お前は宇宙に行っていたんじゃ無かったのか。それに、そいつらは誰だ?』
通信してきたのは暗い雰囲気の仏頂面な男であった。
「た、たた大佐ぁ! これには事情がが」
慌てふためくホムラを他所に、こっそりと歩駆とイザは逃げようとコクピットから抜け出そうとしている。
しかし、歩駆たちの周りには統連軍の《Dアルター》や隊員らが取り囲み逃げ場は無かった。
「さっき確認したがエネルギーの残りは僅かだったので、ここから機体を奪って逃走するのも無理そうですねぇ……呼びませんかゴーアルター?」
「呼ばない。もうどうにでもしてくれ……今日は……なん……だ……か……」
突然、謎の猛烈な睡魔に襲われる歩駆だったが、それに抗うことなく体を委ねて座り込み目蓋を閉じる。
願わくば、これが夢であって欲しい。
再び目を開けたときは、隣にいるであろう彼女にプレゼントを渡そう。
全てが元に戻ることを信じて歩駆は眠りについた。