chapter.77 辿り着いて
冥王星への次元通路を閉じる《ソウルダウト》のイザは月に降下する歩駆と《ゴーアルター》を心配そうに見送った。
『イザ・エヒト』
銃口が《ソウルダウト》の背中に突き付けられる。
背後からガイの《ブラックX》がライフルで狙っていた。
『コクピットから降りて機体を渡せ』
「そのまま撃ってしまっても良いんですよ? ソウルダウトを破壊することは出来ませんけどね」
イザの言葉通りガイはライフルのエネルギーを最大出力に上げてトリガーを引いた。
ぴったりと銃口を背部にくっ付け、ゼロ距離で放たれたビームは《ソウルダウト》を貫くかと思われた。
しかし、ビームの粒子は装甲に弾かれ、跳ね返ったビームは《ブラックX》のライフルを破壊してしまった。
「この力を渡すのは世界を救世の力を持った彼等だけです」
ガイの方を全く見ず、憂いの表情をするイザ。
間近でビームを受けた《ソウルダウト》の装甲は白銀の輝きを失っていない。
「もっとも模造品である貴方がこの機体を操れるはずもないですけど──」
ギィン、と会話の途中で《ブラックX》は目にも止まらぬ早さで抜刀する。
「さっきから無礼ですよ?」
振り向く《ソウルダウト》の腕からブレードが伸びるブレード。
ガイは《ブラックX》の手を見ると、気付かぬ内に対SV用長刀を真っ二つに折られていた。
『何が本物で偽物かは俺が決める。勝手に模造品と呼ぶな』
「ですが、それも限界はありますけどね」
イザは再び月の方を見る。
街に降り立つ《ゴーアルター》から歩駆は飛び出すと、TTインダストリアル本社ビルの中へと駆け抜けていった。
「この階層の“アルク”はもうエンディングのようですよ“スクリプター”……」
◆◇◆◇◆
──一緒に死のう。
真道歩駆は渚礼奈に会えたらそう考えていた。
擬神との戦いに疲れ果て、流れ着いた2100年の世界は歩駆にとって地獄であった。
自分の預かり知らぬところて持ち上げられ歴史上の英雄扱い。
昔の歩駆ならば飛び上がって喜んだだろう。
嬉しく思わないのは実感がないからだ。
歩駆は《ゴーアルター》に乗って模造獣と戦ってきた。
だが、それは歩駆にとって楽しいことではなかったからだ。
初めての戦闘で街を跡形もなく吹き飛ばし、その罪滅ぼしの意識に押し潰される毎日であった。
礼奈と最後に別れたあの日。
異次元空間より現れた《擬神》を倒すため地球を去った。
──何故か。
──地球を守るためだろうか。
そんなはずはない。
自分はアニメや漫画のヒーローではないと自覚している。
──それが虚無だ。
あの日、失われた心の半分。
冥王星で決別したもうひとつの自分。
夢。
憧れ。
理想像。
そんな自分とサヨナラしたはずなのに。
僅かに残った引っ掛かりが歩駆を異次元の戦いに誘ったのだ。
───それも終わったことだ。俺の戦いもこれで終わる。
崩壊する長い廊下をかける歩駆は上着ポケットに手を入れる。
固く小さな黒い箱。
それは結婚指輪だ。
礼奈と最後に別れたあの日。
渡そうと思い、自分で選び買った指輪。
告白をしたのに、指輪を渡すのも返事を貰うことも擬神に邪魔されてしまった。
──今こそだ。
告白の続きをしよう。
歩駆は礼奈を探して建物をひた走る。
「はぁ……はぁ…………ここ、か?」
分厚く頑丈そうな鋼鉄の門。
何か特別な場所への入り口らしいバラの紋章が門は大きく開け放たれていた。
この先に礼奈がいる。
逸る気持ちを押さえながら歩駆は深呼吸して門の中へ足を踏み入れた。
──礼奈。
視界が霞む。
見ている景色から色が失われていく。
自分の足音すら聞こえていないのに何の違和感を持っていなかった。
真っ直ぐ伸びる廊下の壁には様々な美しい絵画が並んでいるが、今の歩駆には何もわからなかった。
──ちくしょう、もうすぐなのに……。
どこまでも続く長い道の途中には入り口と同じように認証式の扉をいくつあったが全て開放されている。
まるで歩駆がここにやって来るのを待っているかのようだったが歩駆は気付いていない。
それは礼奈ではなかった。
◇◆◇◆◇
最後の関門。
礼奈の待つ部屋に通じる扉の前に一人の男が立ちはだかっていた。
「やァ、久しぶりだなァ少年」
眼鏡をかけた痩せ形で髪の長いスーツ姿の不気味な雰囲気を漂わせる男。
しかし、歩駆は男に気付かず横を素通りしてしまった。
「オイオイオイ、半世紀ぶりの再開だってのにツレないなァ? どうだい少年、最近の調子はァ? この天才はアイドルのプロデュース業を……って聞いているのかい?」
無視する歩駆。
男の何も聞こえていなかった。
「まァいいや。聞こえていなくても聞いてくれよなァ。地球を目指して奴等は火星に巣を作り拠点を築いた」
一人の話を続ける男。
だが歩駆は唯一、固く閉められた扉を前にどうにか開けようと必死に力を入れる。
「惑星受胎。星の生命力を吸って奴等は宇宙にどんどん増え続けていく。火星は人の住まない星だァ。大した数は生まれないと思うがァ、なんとか孵化する前に阻止しなければならない。この天才、世を忍ぶ仮の姿で潜伏していたがァ今こそ立ち上がる時! 少年、人類の危機を救えるのは君とゴーアルターだけ。さァ、共に戦おうじゃないかァ!」
大袈裟な演技で男は歩駆の真横で演説して見せる。
だが歩駆には男の言葉や姿など入っておらず、血の滲む指で扉を抉じ開けるのに夢中だった。
「…………そうかい。やはり君は変われなかったのかァ……いや、変わることを否定したァ、そんな結論に至ったというわけだァ。残念だよ……やはり、情熱を失った脱け殻ではァ……いや、すまない。全くの人違いだったよ。君は本当の真道歩駆ではなかったようだァ」
酷く悲しそうな顔でそう言って男は去ってしまった。
静寂な空間にカリカリと、扉を引っ掻く音だけが響き渡る。
◆◇◆◇◆
誰かの気配を一瞬感じたが歩駆はひたすら閉ざされた扉を開けようとしていた。
血塗れになり痛みを通り越して指の感覚すら無くなっていたが些細なことだ。
夢中になっている内に歩駆は再び目的を忘れる。
何故、自分は閉まっている扉に向き合っているのか。
何故、こんなことをしているのか。
ここはどこなのか。
自分は誰だ。
何もわからなくなっていたが扉を開けなければいけない気がした。
そうしている内に扉に僅かな隙間が出来た。
すかさず感覚の亡くなった指を捩じ込んで強引に突破しようと力を入れる。
その内、手が入り、腕が入り、体が扉を通り抜けた。
扉の先で歩駆が目したのは一面の花畑だった。
色を失った歩駆の視界に鮮やかな光景が広がる。
そして、花の絨毯に囲まれて佇む彼女の姿を歩駆は発見する。
血濡れの手で歩駆はポケットの小箱を取り出す。
あんなに会いたかったのにかける言葉が全く思い浮かばない。
何をしに来たのだろう。
何故、会いたかったのだろう。
この箱はなんだろう。
彼女は誰だ?
一歩一歩、近付く度に身体から大切な何かが抜け落ちていく。
そして辿り着いた。
◇◆◇◆◇
「…………歩駆……あぁ……!」
冷たい真道歩駆の亡骸を抱いて、渚礼奈の慟哭が月に木霊した。





