chapter.70 ムーン・ブレイク
「…………どうなった、状況を報告せよ……!!」
月のルナシティとは対岸の宙域を守っていた戦艦アキサメ改。
後方からの見たこともない数値を高エネルギー反応と共に突然の目映い閃光が艦の左舷を通り過ぎて、ヴェント・ヤマダ・モンターニャ艦長は息を飲んだ。
オペレーターたちが戦局を確認するが計器にノイズが混じり、はっきりと状況が掴めない。
『アキサメ! 一体、何が起こったッ?! 奴等、退いていくぞ!?』
出撃した《Dアルター覇皇》のタテノ・マモルが怒鳴るように尋ねる。
三代目ニジウラ・セイル親衛隊の《アユチ》の部隊を捌きながらアキサメ改を守る。
ようやく通信機器が回復すると艦は180度、回頭して後方を振り返り、月の惨状を目の当たりにした。
「拡大映像、出します」
「……な、なんだと………なんてことだ……!?」
その光景に絶句するヴェント。
スクリーンに拡大した月面都市の映像が映し出される。
◇◆◇◆◇
「…………くっ……い、生きて……あぐっ」
ひしゃげたコクピットに左足を挟まれてマナミは目を覚ました。
点滅しながらも辛うじて動いているモニターを見ると、あの衝撃から五分も経って居なかった。
「機体が全然、動かない……バリアに全部、持っていかれたか……」
敵は先程の位置から移動はなく、第二射目もまだ来ていない。
しかし、逃げ出すための燃料も体力もなかった。
「……私、直撃に受けたはずなのに……」
マナミ以外、他の《ガイザンゴウ》の信号はロスト、撃墜されている。
バリアフィールドを発生させる両腕は出力を全開にしていたにも関わらず衝撃に耐えきれずに消し飛んでいた。
それなのにマナミが健在な理由は彼女を守る者がいたからだった。
「何で……なんで助けたの?!」
正面、ボロボロの大刀を構えて朽ち果てるホムラの《Dアルター・エース改》が佇んでいた。
マナミが呼びかけるがホムラからの応答はない。
目の前にいるのにレーダーにも機体の識別を示すマーカーは消えており、完全に機能を停止させていた。
「……そんなので、罪滅ぼしをしたつもりですかっ!?」
ゆっくりと近付く《ガイザンゴウ》からマナミが飛び出す。
物言わぬ《Dアルター・エース改》に取り付き、非常用の開閉ロックを解除してコクピットを覗いた。
そこには安らかな顔で横たわるホムラ・ミナミノの姿があった。
「……本当に、どうしてなのよ……馬鹿なの、あなたは」
どうしてホムラが仲間の仇で憎んでいる自分のことを助けてくれたのか、マナミにはわからなかった。
最後まで変に正義感に強い彼女らしい性格がマナミは嫌いだったのだ。
マナミは物言わぬホムラをそっとを抱き止める。
パイロットスーツ越しに微かな鼓動を感じた。
「あの歌……ゴーアルターの曲って…………統連軍は、私たちを騙してジャイロスフィアと通じていた? 騙してたんだ……やっぱり卑怯だ、奴等は」
マナミの中で地球人に対する憎しみが一層、強まった。
◇◆◇◆◇
三代目ニジウラ・セイル率いる《Dアルター/フォトンスマッシャー砲装備》軍団から放たれたによる破壊の光。
一機一機が戦艦の主砲以上の威力を持つ超高エネルギーの一撃は射線上にものを消し飛ばし、その光が突き進む先にある月のルナシティの半分─約2000平方㎞──を消失させた。
表面が深く抉れ、焦げた黒い跡が直線的に残り、谷間のようになっている。
『セイルね、月のデコボコした穴ボコな見た目がキライなの』
凄まじい光景に三代目ニジウラ・セイルは明るく感想を言ってのける。
「だからね表面をスベスベでピッカピカな感じにしたいの。女の子のスキンケアって大事でしょ? それじゃ“わかるー”って人は1番の番号で“わからん”って人は2番を押してください。ウェブアンケート、スタート!」
大量殺戮の首謀者とはとても思えない、軽い感じでライブ配信は進行していく。
『うーん、ルナシティの中心が外れてるなぁ……デカイのが一つ残ってるし、あの赤い機体が守ったって言うの? あれにも、こっちのDアルター型と同じダイナムドライブがあるだなんて!』
狙い通りにならなくて悔しがる三代目ニジウラ・セイル。
『あのパイロットさんもセイルの歌を聞いて燃え尽きちゃったのかしら? でも! でもでもでもでも、セイルのファンはまだまだ元気……あれれー? チラホラ、グロッキーな人がいるぞー?』
整列する《Dアルター/フォトンスマッシャー砲装備》を一つずつ確認する三代目ニジウラ・セイル。
この悪魔のような兵器を有する《Dアルター》は通常の機体とはコンセプトが大きく異なっている。
搭載されるネオ・ダイナムドライブはパイロットの精神力を兵器のエネルギーに転換するシステムだ。
本来ならば機体を動かすための駆動系や、装備された各種兵装にエネルギーを分散させて運用し、発揮される性能はパイロットの精神状態により大きく変化する。
そして、特別製なこの《Dアルター》は胸部の大口径ダイナム粒子収束砲“フォトンスマッシャー”を撃つためだけに作られた移動砲台だ。
『ならパイロットさんは控えとチェーンジ! しちゃえばいいんだもん! ハイハイ、乗り手交換ターイム!』
選ばれた三代目ニジウラ・セイル親衛隊の中でも、特に信仰が深い者を乗せた《Dアルター》は搭乗者の精神力を強制的に吸い上げて“フォトンスマッシャー”のエネルギーに変換する。
発射後、大量の精神エネルギーを吸い付くされても無事に意識を保つ者もいるが、一部のパイロットは燃え尽きたように廃人状態となっている。
彼らは三代目ニジウラ・セイルにとってピストルの弾丸だ。
もちろん、自分達が放った光が月の都市を破壊し、大勢の人間の命を奪ったと言うことに罪悪感が無いわけではない。
だが、逆に彼らの中で三代目ニジウラ・セイルの事が恐ろしい以上に、これだけのことを一緒になって引き起こした達成感を感じ、三代目ニジウラセイルの狂気が伝染したかのように彼女への崇拝心を強めた。
『私もしばらく休憩ターイム! アンケートの結果発表はそのあと!』
崩壊した月を眺めながら《アレルイヤ・ゴスペル》の中で、三代目ニジウラ・セイルは持参したドリンクを呑気に飲み出す。
リラックスしていると月の方から赤い何かが近付いてくる。
超高速で向かってくるそれは“火の玉”だ。
次第に大きくなっていき突っ込んでくる巨大な火球はパイロット交換中の戦艦を飲み込み、轟沈させた。
『ちょ、ちょっとちょっと、なにごとぉ?!』
「ニジウラァセイルゥゥゥゥーッッ!!」
怒号と共に現れた激しく燃え盛る真紅の魔神。
サナナギ・マトコとクロス・トウコの《ゴッドグレイツZ》が火球の後ろに隠れて《アレルイヤ・ゴスペル》まで接近していた。
『わースゴいねスゴいねっ! でも知ってるかなぁ? 宇宙で火って燃えないんだよ? 理科の授業で小学生でも知ってるよ?』
「見りゃ、わかるでしょうがッ!!」
馬鹿にしたように笑う三代目ニジウラセイルの態度がマコトの怒りのボルテージを上げさせる。
「またお前は自分の立場を利用して沢山の人を殺す! どこまで奪えば気が済むんだッ!?」
『……えーと、お姉さんってセイルと知り合いだった? たぶん初対面だと思うんだけどなぁ?』
「色んな人の……ジェシカの命を奪ったお前だけは絶対に許さない!」
身に覚えの無い因縁をつけられて、キョトンとする三代目ニジウラ・セイル。
逃げる《アレルイヤ・ゴスペル》に《ゴッドグレイツZ》は腕から鞭のようにしなる火柱を伸ばして叩き付ける。
そこにパイロット交換を終えた《Dアルター/フォトンスマッシャー砲装備》が《ゴッドグレイツZ》の焔の鞭を受け止めようと割って入った。
『我らの使命は全力で三代目ニジウラ・セイルをお守りすること!』
『命賭けてファンやってるんだよ!』
『筋金入りのセイルンファンなめ……』
全身から溢れる虹色のオーラを纏い挑む《Dアルター/フォトンスマッシャー砲装備》だったが
一刀溶断。
焔に触れた瞬間に《Dアルター/フォトンスマッシャー砲装備》の両腕は超高熱に溶けだし、機体はバターを切るように容易く分断され塵すら残らず消滅した。
「狂ってる……アンタら狂ってるよ!」
「マコトちゃん、気を確かに。相手の言葉に耳を貸してはダメですよ」
頭に血が上るマコトを気遣うトウコ。
『貴方の相手をしている暇はないの。厄介な乱入はお帰りくださーい!』
三代目ニジウラ・セイルの合図により、暗闇から宇宙迷彩モードを隠れていたナイトオブ7の《アレルイヤ・ダミー》が出現した。
『これでラストソングになります。アンコールは無しよっ!』





