chapter.7 帰還
真道歩駆は疲れていた。
敵を追って亜空間の中に入ってから、どれ程の時間が経ったのだろう。
操縦桿を握る両手はとうに感覚を無くしている。
しかし、この手を通じてコクピットの外にある巨大な腕は自在に動かせる。
歩駆自身の肉体と魂が機体と一体化した証拠だ。
ふと記憶を過去へと巡る。
地球に現れた神を模す未知の敵。
歩駆が乗る白き機械神、ゴーアルターは心に語りかける。
──あれが真の敵だ。
見た瞬間、日本人なら思わず手を合わせ拝みたくなるほど神々しく黄金に輝く御神体。
しかし、それと同時に異様な不気味さを醸し出す正体不明の敵に歩駆は今まで感じたことのない恐怖を感じた。
神を模した敵を倒すため、愛する者を置いて歩駆はゴーアルターと共に亜空間へ飛び込んだ。
戦いは時間の感覚を忘れるほど続いた。
永遠と思えるほどに時は流れ、歩駆の心が擦りきれるたびにゴーアルターの力は進化していく。
「礼奈に会いたい」
数千、数万回も繰り返した呟きはゲシュタルト崩壊し意味さえもわからなくなりそうだった。
ゴーアルターの放つ虹色の閃光が激しい嵐を巻き起こし、模造の神の軍団を一掃する。
だが、倒しても倒しても敵は次々と別の亜空間より湧き出て終わりがない。
相手が強くなるほどゴーアルターは更に上を行き、勝利を重ねて負けることは絶対にない。
もはや作業だ。
始めこそ終わらない戦いに怒り覚え、出てくる敵を全滅させ必ず地球へ帰還することを目標に戦うことは何度かあった。
しかし、敵の包囲に終わりなく殲滅しても殲滅しても無限に現れる。
遂には心が折れて戦うのを止めて諦めたこともあったが、その度にゴーアルターは不思議な力で奇跡を発揮し、歩駆を再び戦いへ駆り立てることになる。
絶対に負けないが勝利することはない無限地獄。
「礼奈に会いたい」
いつか来る明日など待ってられない。
今すぐ、この瞬間に。
歩駆は疲れ果てていた。
◆◇◆◇◆
「…………暑い」
日の光が歩駆の顔を照り付ける。何十年ぶりに浴びる太陽の輝きは歩駆の中に失われた不快感を呼び覚ます。
歩駆は夏は嫌いだ。
重い身体を起こして立ち上がり辺りを見渡すと、木や草が生い茂る森のようだった。動物や虫の鳴き声は聞こえない。
「ゴーアルター?」
気配を感じて歩駆は空を見上げる。眩しいほどの青空に浮かぶ大きな雲をよく見ると、中に白き機神、《ゴーアルター》は歩駆を静かに見詰めていた。
「すぅ…………はぁ」
大きく深呼吸。酷く荒んだ身体に新鮮な空気を送り込む。
心を落ち着かせ耳を済ますと、遠くの方で車が通ったらしき音が微かに聞こえる。
学生服に付いた土を払って音のする方を辿って歩駆は歩き出した。
ぎこちない動きで一歩づつ足で地面を踏み締める。久々に味わう重力の感覚に歩駆は足を引っ掻けて転んだ。
「……礼奈、どこにいるんだ」
幼馴染みの名を呟く歩駆の目から涙が零れる。
空に浮かんでいる雲の形が彼女の微笑む姿に見えたような気がした。
在りもしない幻影を振り払い、歩駆は再び歩みを進める。
道などない鬱蒼とした木々の間を潜り抜けること数十分後、ようやく森林を抜けて開けた場所に出た。
「本当に何処なんだよ、ここは?」
そこには道路に繋がれた橋が掛かっている。その道筋を目で追い辿った先に大きな町が見えた。
「……県、真芯市……だよな…………あれ、こんな模様だったか?」
駆け寄り道路脇に立ててあった看板を確認する。確かにそこには歩駆と礼奈が住んでいた“真芯市”と言う町の名前と市のマークが記されていた。
もう一度、角度を変えて町をしっかりと見る。
よく見れば知っている建物はいくつかあったが、デザインが変わっていたり知らない別の建物が隣にあったり、全く別物と置き換わっていたりした。
「この川はあの庄外川だよな? でも上には高速道路……が無い」
見覚えがあるのに記憶の中とは違う奇妙な景色に歩駆の脳がパニックになる。
これ以上、先に進むのが躊躇われた。
何かよくないことがあると体が拒否して一歩も動かない。
そんな思考停止状態が歩駆判断を鈍らせ、近付いている複数の殺気に判断が遅れてしまった。
「…………誰だッ!?」
風を鋭く切り裂いて投げた石コロは茂みに潜む者を仕止めた。だが、歩駆周りには七人、全身の服装を黒で統一した仮面の集団が現れる。
「真道歩駆だな? 我々と、ぐぉ……っ?!」
「どっかで聞いたようなことを聞いてられるかッ!」
先手必勝の飛び蹴りが男の仮面を割る。そのまま歩駆は隙を見て相手の脇を颯爽と潜り抜け、逃げるように駆け抜けた。
「ま、待て!」
「逃がすな、追えっ!!」
仮面らの声は既に遥か遠く、距離を引き延ばし歩駆は猛ダッシュで走り去る。
オリンピック選手なら確実に金メダルであろう俊足は人間の早さではない。
「何だってんだよ……少しは休ませろっての!」
歩駆の中に宿る《ゴーアルター》の因子が肉体を飛躍的に向上させて、普通の人間には真似できない身体能力が備わってた。
忍者のように家の高い屋根や塀を飛び越え移動しながら辺りを伺う歩駆。
人のいない裏道を進み、影になっている壁の隙間に入り込んでやり過ごす。
「……行ったか?」
しばらくして完全に謎の追っ手が来ないことを確認して歩駆は壁を這い出る。
こう言う事態は以前にもあった。しかし、その時の奴等とは何かが違うと歩駆の勘がそう答える。
だが、そんな事は銅だっていいのだ。
歩駆の目的は礼奈に会う。
ただそれだけだった。
「うーん……やっぱり、何か違う……」
再び歩き出す歩駆だったが町の中を進むほど見知らぬ建築物が増えていき違和感は大きくなる。
記憶を頼りに歩駆は見覚えのあった人気のある通りに出てみた。
交差点のど真ん中にそびえ立つ、周囲に建っている建物ほどの高さをした鳥居があった。
「これは…………変わってない……か?」
この巨大鳥居は歩駆が生まれる前からあったものである。
北に向かうと自然豊かな公園の中にある神社の一番鳥居として、昭和の時代に健立した長い歴史のある建造物であり日本最大級の鳥居だ。
「でも、何か綺麗すぎる。新品みたいだし、こんなに大きかったか?」
今、歩駆はデパートのある西側から眺めている。見知ったものがあるのは安心するが、行き交う人々の服装や見慣れないビルがあることに平行世界にでも迷い混んだのかと錯覚する。
モヤモヤとした歩駆の不安は何気に覗き込んだデパートの貼り紙を見て加速する。
【今世紀最後のスプリングセール2100】
【21世紀ラストのビッグバザール! 全品21円!!】
【二十二世紀まで残り時間……】
それが意味することを、歩駆は始めよく理解できていなかった。
よく見るデパートの大袈裟な謳い文句なんだとスルーして見逃すところであるが、別の建物や看板の文字、電工掲示板から流れる日付にも同じ数字の羅列があった。
「……に、2100年? 今年って2046年じゃ…………」
急激に襲い掛かる疲れと目眩で足元がふらつく。ビルの歩駆は壁に寄りかかり、そのまま座り込んだ。
大きく息を吸って深呼吸をしてみたが、落ち着くのは一瞬で不安の方が大きくなるばかり。迷い込んだ異物を見るように通り掛かる人々の視線を感じる。
「どうなってるんだよ一体……」
「この半世紀、日本は戦いから学んで平和の道を歩んだと言うことさ」
ふと横を向くと男が座っていた。
一体いつ、気配すら感じられずピッタリと歩駆の肩を寄せて正座する季節外れなマフラー男。
驚いた歩駆は飛び上がって指先を男の眼前に突き出すが、男はまばたき一つしない。
「そもそも真芯市を戦場に変えた原因は白き機神ではないですか?」
落ち着いた様子で男はマフラーの中から取り出した電子パッドで何かを検索する。
「えぇーとですねぇ……2035年、二十年ぶりに出現したとされる模造獣に自衛隊が対抗。後に現れたIDEALのexSVゴーアルターにより模造獣は撃退されたが真芯市の約30%が焦土と化した。この辺は爆心地に近かったのに被害が少ないのは神様のお陰かな?」
「誰だよ、アンタ?」
歩駆は訊ねると男は立ち上がり、お辞儀をする。
「初めまして白き機神の装者。僕はイザ、イザ・エヒト。これから起こるであろう戦いを見守る傍観者さ。よろしく」
その男、イザは不敵な笑みを浮かべると同時に大きな地響きが起こり辺りは騒然となった。
「さぁ時が来たよ。頑張ってください、君が救世主になるんだ」
「俺が……救世主?」
空を見上げる。
虫のような羽根を広げたSVの一団が、下方の歩駆を見下ろして一斉に突撃した。