chapter.68 鍵を手にするもの
全世界に中継された三代目ニジウラ・セイルの侵攻宣言は月に住む人々を震撼させた。
同時刻、地球から帰還した旗艦クィーンルナティックと戦艦アキサメ改が月に到着する。
敵を迎え撃つため急ピッチに準備を始めるのだった。
◇◆◇◆◇
TTインダストリアル本社ビル、社長室兼自室。
現社長、織田ユーリ・ヴァールハイト。
副社長、アンヌ・織田・ヴァールハイト。
先々代社長、織田竜華。
数年ぶりに織田家一族の三人が一同に会した。
「どうぞ、お婆様……姉さんも」
竜華とユーリの前に温かい紅茶を差し出すアンヌ。
車椅子を少しテーブルに寄せて、竜華はカップを手に取り一口啜る。
「こうしてちゃんと揃うのは父様、母様の葬式以来……五年ぶりですね?」
熱々の紅茶を何食わぬ顔で一気に飲み干してユーリは言った。
「どういう風の吹き回しなの?」
ソファに座りアンヌが言う。
「ただ会いたい……それだけじゃ駄目かい? 双子の姉妹と祖母、家族水入らずの時間が欲しいじゃないか」
「会社を乗っ取っておいてよくそんなこと言えるわね?!」
「アンヌが譲ったんじゃないか。自分はSVの活躍する現場を見たいからって……おかわりをくれないか?」
黙って睨むアンヌは渋々、ユーリのカップに紅茶を注いだ。
「僕には月の人々の未来を守る義務があり、その為にはもっと力が必要だ。死んだ父様、母様の理想を引き継ぐのは僕だけしかいない。それなのに……なんで、お母様はわかってくれないんだ!」
声を荒げてユーリが言った。
「……あの子達の思想は危険過ぎた」
「だから、事故に見せ掛けて父様と母様を殺したと?」
ユーリの言葉に黙って俯き竜華は答えない。
唐突に告げられた両親の死の真相に、隣に座るアンヌは驚き表情で竜華を見詰める。
「…………本当なの、お婆様?」
「……違います。全ては偶然に起きたことです」
竜華ははぐらかす。
困惑するアンヌを他所にユーリは竜華の顔を覗き込む。
「どちらにせよ是が非でもソウルダウトは欲しいですよねえ? でも、大丈夫です。平和な世界は僕が創造しますので安心してください」
「世界は貴方の思い通りにはなりません」
「まるで何かを待っているような口ぶりですね、お婆様。それは誰のことですか?」
見当は付いているが、わざとらしくユーリは尋ねた。
「あれからレーナ様は部屋にずっと閉じ籠っておられる。彼女も待っているのでしょうね」
「……歩駆さんは必ず来ます」
「レーナ様は渡さないよ」
竜華の返答にユーリは即言葉を返す。
「彼女は月の生命線なのはわかっているはずです。不老不死の研究は人類繁栄の未来にとっても重要です。お婆様の足も、きっと直ると思いますよ?」
「レーナ様をどうこうするだけなら姉さん、ソウルダウトは必要ないはずでしょ?」
すっかり弱気になっている竜華の代わりアンヌが言った。
「ユーリはソウルダウトのことを本当に信じているの? 世界を変えるだなんて、そんな非科学的なもの私は信じられないわ」
「アンヌがそれを言いますか? アンヌだって持っているじゃないですか。特別な錦・尾張を……」
ある時から行方不明になった織田竜華の姉、織田大河からアンヌへ引き継がれた黄金のSVが存在する。
どんな攻撃にも傷一つ付くことなく耐え、補給なしで無限に駆動するそのシステムが何なのか未だ解析が不能な謎のSVは月の地下深くに封印されている。
その機体は大河がパイロットに選んだアンヌにしか動かすことができない。
「大河叔母様に言われたでしょ、あれは人間同士の戦争には使わない」
「そうだね。でも……僕だって乗る権利が欲しかったんだ。その気持ちがわかるかい?」
背を向けてユーリは拳をぎゅっと震わせる。
双子の姉妹なのにアンヌばかりに愛情を向けられてユーリを羨ましかった。
会社を引き継ぐために厳しく育てられ、勉強もスポーツも優秀で何をするにも一番だった。
にも関わらず、誉められたり甘やかされてばかりのアンヌを憎くすら思えた。
「改変の鍵の保持者……イザ・エヒト、お婆様が罪滅ぼしで救ったあの青年に渡ったようですね」
ドーム状の建造物に覆われた月の街をガラス張りの大窓から睨むユーリ。
「……ソウルダウトは必ず手に入れる。僕が月の王になる」
◇◆◇◆◇
三代目ニジウラ・セイルとの決戦に控え、マコトとトウコは墓参りに出掛けていた。
「……言ってくるよジェシカ」
月の墓地。
建物の中に作られた鉄製の墓石が並ぶ無機質な広い空間。
マコトたちの前にある小さな墓石の中にナカライ・ジェシカは眠る。
造花だが白い花を供え、マコトは手を合わせた。
「アイツは絶対に許さない……」
マコトの親友ナカライ・ヨシカの一人娘。
短い間だったが未来の世界でマコトが気を許せる数少ない人間の一人だった。
その命を奪った三代目ニジウラ・セイルの事を思うとマコトの中で黒い炎が燃えたぎる。
「…………行こうか。なんか食べてかない?」
表面上は穏やかにしながらマコトはトウコと手を繋いだ。
「いいですね。甘いのがいいです」
二人は墓地を後にする。
戦艦アキサメ改に帰る道すがら飲食店を探すマコトたちの前に一人の男が現れた。
「ようっ」
軽い挨拶を交わす、左目に傷のあるフライトジャケットの青年、ガイだ。
「……ふーん、まとめるとスッゴいお怒りモードって感じだなァ姫様」
マコトの心を読んでガイはヘラヘラと笑う。
トウコの手を離し、鬼の形相でマコトはガイに迫る。
「ガイ、貴方の本当の目的は何? ヤマダ・アラシってなんなの? アンタとどういう関係?! この半世紀、なにがあったの? 答えてっ! その前に一発、殴るっ」
「何だ何だ、おいおいおい、質問が多いぞ」
思いきり振りかぶったマコトの拳をガイはいなして指を恋人繋ぎで握り返す。
「まず、そうだなァ…………目的は、お前にかかった不老不死の呪いを解く」
「どうやって?!」
「ソウルダウト、お前も知っているだろう? あれがあれば何だって出来る」
「それだけで終わり? スゴいSVなんでしょ? それからどうするの……うわっ?」
マコトの体がフワッと持ち上がる。
お姫様だっこ状態になり互いの顔が鼻先まで近付く。
「お前と銀河旅行がしたいなァ。ソウルダウトを宇宙船にして、どこまでも果てしなく」
「私は嫌。宇宙の果てなんて怖いもの……離してよ」
ガイの腕に抱えられ暴れるマコト。
「ガイさんはどうして渚礼奈さんを誘拐したんですか?」
二人のやりとりを見守っていたトウコがガイに質問をする。
「おう、しばらく見ない間に小さく……いや、お前オボロなのかァ?」
「肉体はそうです。多少の記憶はありますが私はクロス・トウコですよ。ガイさんは喋り方に変な癖が付いた以外は変わりませんね?」
「それなんだァ……どうやら俺はヤマダ・アラシらしい」
そう言うとガイの左目にあったはずの大きな傷がスッと消えた。
「俺の中にはヤツの膨大な記憶が封印されているみたいなんだァ。それで俺は先代のTTインダストリアル社長に協力してェ」
「そんな手品はどうでもいいし。別に聞きたくない」
長話になりそうなのをマコトは止めた。
「聞いたのはお前だろう……ならば単刀直入に言う。ゴーアルターが必要だァっ……必要なんです」
「その喋り方はどうにかなんないの?」
「…………アラシが心を侵食している。これから言うことをよく聞くんだァ……」
息を整えてガイは語る。
「これはユーリ社長も知らない。まずはゴーアルターをどうにかしなきゃいけない。ソウルダウトがあってもゴーアルターが覚醒しなければ意味がない。いいか、ゴーアルターを冥王星……」
その時だ。
街に響き渡る警報音と共にドームの透明な天井に唸りを上げてシャッターに覆い尽くされていく。
閉まる最中、宇宙の飛ぶ鋼鉄の巨体の姿が見えた。
「あの巨大SVは《ガイザンゴウ》だ。月の防衛システムが作動したということはジャイロスフィアの奴等が動いたってことだなァ……あれ?」
ガイが視線を落とすと既にマコトたちの姿はなく、遠くへの方へと走り出していた。
「……ヤマダ・アラシ。もう一人の俺よ、お前は俺たちに一体なにをさせたいんだ?」





