chapter.61 マモリが守る
「困った……迷った」
同じような景色が続く通路の壁にへたり込む迷子の少女は焦っていた。
異常なほど肉体の疲労が早く、少し動いただけでも息が切れてしまう。
南極で《ソウルダウト》に解放されてからというもの身体の調子がおかしくなっていた。
まるで心に大きな穴が空いているような違和感を強く感じた。
「いつの間にかリュウカおばあちゃんもいなくなってるし、ゴーイデアは呼べないし…………お母さん」
あてもなくさ迷う少女の名はシンドウ・マモリ。
◆◇◆◇◆
マモリが《ソウルダウト》を発見し、乗り込んだのは2075年の話だ。
同じ不老不死と言う特別な力を持つ養母と一緒に平穏な生活を送っていたマモリ。
その平穏は月からやってきた刺客により崩れ去った。
彼女たちの特別な力については一部の者しか知らない機密情報だったが、それが何者かの手により流出してしまう。
その道のエキスパートが彼女が住まう屋敷の周辺警備に当たり、力を狙う敵から守ってくれていた。
仕事は完璧にこなしていたはずだっが、月から来た“たった一人の男”によって護衛は全滅してしまい、二人は誘拐される。
どうにか抵抗しようともがくマモリであったが途中、男に始末されそうになるの養母が助けに入り、結果的に一人だけで逃げることが出来た。
体調の異変、始まりはこの時である。
地を這いつくばり死を覚悟したマモリの前に現れたのが《ソウルダウト》だったのだ。
傷付いたマモリは《ソウルダウト》の中で夢を見ていた。
争いの無い平和な世界で笑う男女の姿。
それ透明な壁に囲まれた中から、マモリは呆然と眺めているだけしかできない。
『こっちを見て、私だよ! マモリだよ! お父さん! お母さん!』
いくら叫んでもマモリの声は二人に届かなかった。
──お前は大きな勘違いをしている。
振り向くマモリ。
声の主は《ソウルダウト》だ。
──君はシンドウ・マモリなんかじゃない、君は……。
◆◇◆◇◆
フラッシュバックする記憶の欠片。
自分が何者なのか今はどうでもいいことだ。
「近い気がする……これは、れーちゃん?」
とぼとぼ歩いているとマモリは近くに知っている人間の気配を感じ取った。
マモリは駆け出した。
◇◆◇◆◇
目の前に現れた少女を見てマコトは違和感をとてつもない違和感を覚えた。
「なんだ……ガイがいなくても、ちゃんと喋れるんだ」
「サナナギ・マコト。どうか月と地球を繋ぐ架け橋になってください」
少女はマコトの前に歩み寄り、頭を下げた。
「止めてくださいレーナ様! 貴方が一兵卒にそんなことをするなんて」
後から慌てて入ってきたのは中年のボンクラ男、統連軍の総司令イシズエ・マサキ元帥だ。
「私には力がありません。ですが、貴方と赤い魔神が一緒なら世界を救うことも可能でしょう。宇宙からの敵……擬神はそれだけ厄介な敵なのです」
「引っ掛かる言い方をするね、アンタ」
「おい! レーナ様に向かって何て失礼な口の聞き方を……!」
マコトの言葉遣いにイシズエが注意するがマコトとレーナは無視する。
「どういうことでしょうか?」
「さっき月と地球って言ったよね? 宇宙に住む人達はどうするつもりなの?」
「あんな小娘を神輿に担いでるようなテロリスト集団なんて捨て置けばいいのだよ!」
我慢ならずレーナからマコトを引き離そうと近付くイシズエの前に楯野ツルギが立ちはだかる。
「おい、黙っていろ司令」
老いてなお野獣のような鋭い眼光を向けて威圧するツルギにイシズエは怯み息を呑んだ。
「なっ……お、お前は楯野ツルギか?! 統合連合軍総司令である私に歯向かうと言うのか、このくたばり損ないが……」
ツルギと言う男はイシズエにとって軍に入ったばかりの頃から知る元上官である。
当時は理不尽な命令や無茶な作戦に振り回されたが、ツルギの元を抜けだし別の部署に配属されてからは必死に上官に媚を売って、今や軍を指揮するトップの立場。
遥かに上の存在になったはずだがツルギを目の前にすると、昔を思い出して蛇に睨まれた蛙の様になってしまう。
「で? スフィアとの和平はしないの?」
老人二人のやり取りは無視して、マコトは続ける。
「彼女らは再三、声を掛けてはいるんだけどね。むしろ徹底抗戦するつもりらしい。戦いのことはガイに全て任せてある」
「またあのデカイSVを使うつもりなの?」
「本当に困ったものだね、向こうも何やら新兵器を開発していると言う噂もあるしね。準備に忙しい」
腕時計を見ながらユーリが言う。
「そろそろ時間だ、君に選択をする猶予はないよ。地球と月が手に繋ぐ最後のチャンスなんだから、頑張ろうじゃないか……行きましょうレーナ様」
「はい……」
席を立ち、ユーリたち月の一団が部屋を出ようとする。
「ねぇ、待ってよ! レーナ様、真道歩駆って知ってるでしょ?」
後ろ姿に向かってマコトは呼び止めるとレーナは立ち止まった。
「…………知りません」
「嘘だ。貴方は私にずっと呼び掛けてた。歩駆を助けてくれ、って」
「……うっ……」
レーナは頭を押さえてしゃがみこんだ。
「そんな格好して、本当の貴方はレーナ様なんて人じゃないでしょ貴方は……!」
マコトがレーナに近付こうと歩み寄った瞬間、高速で動く小さな影がSPの合間を縫ってレーナを拐う。
「助けに来たよ、れーちゃんっ!」
「あっ!! マモリちゃん、いつの間に部屋から抜け出したの?!」
位置情報機能が故障中のココロが驚く。
どこからともなく現れたマモリが、気を失ったレーナを担ぎ一目散に逃げ去った。
「そ、そのガキを捕まえろ!!」
慌ててイシズエが叫び、レーナのSPたちが一斉に飛び掛かるも、俊敏なマモリのスピードに誰も着いてこれない。
「捕まってたまるか! れーちゃんはマモリが守るんだ!」
月の要人を連れ去られてしまい、残された会議室に重たい静寂が訪れる。
「……イシズエ司令?」
いつもの笑顔が消えたユーリが静かに言う。
「は、はい!?」
「これは外交問題ですよ。もしレーナ様を助けられなかったら……その時は」
「……だ、大丈夫です! それにこの基地は海の上にあるんですよ?! 逃げられるわけがないじゃないですか!?」
「はぁ…………そうですか。では、頼みますよ? 私はクィーンルナティックにいますので」
大きな溜め息をするユーリ。
マコト達を一瞬、睨むような顔で見渡すと何も言わないで部屋を出ていった。
「……何をやっとるか!? お前たちもレーナ様をお探しするのだ! いいな、お前たちが連れてきた娘のせいでこうなったんだ! 処罰は受けてもらうからな?! いいなっ!?」
偉そうに威張り散らしながらイシズエも退室する。
マコトは思いきり叫ぶ。
「あぁーっ!! どいつもこいつも、ムカつく!!」
「どうどう、マコトちゃん」
顔を真っ赤にするマコトの頭をトウコは小さな優しく撫でた。





