chapter.6 人装神器
それはイザ・エヒトを除く戦場にいる者全ての度肝を抜く異様な光景であった。
何もない宇宙空間が突如として“割れる”という現象と、その中から虹の翼を纏いし《白きの機神》が現れる。
「素晴らしい、あれが神の器か……」
イザの口から称賛の言葉が漏れる。
しかし、よく見ると《白き機神》の身体は酷く傷付き、神々しく光を放つにも関わらず生気を感じられなかった。
生き残ったパイロット達が固唾を飲んで《白き機神》がひび割れから這い出るのを見守ると、空間の穴は小さくなり元から何事もなかったかのように消え去ってしまう。
『Dアルターに似た機体だと? 何者だ貴様はぁぁーっ!』
静寂の中、最初にアクションを起こしたのはホムラ・ヤマブキの《Dアルター・エース》だ。
一回り以上も大きな《白き機神》の喉元にマサムネブレードを突き立てる。
するとブレードの刃は《白き機神》から放たれる虹のオーラに触れて、切っ先から徐々に粉末化していった。
『剣が……ならば、これでぇっ!』
距離を取る《Dアルター・エース》はプラズマレーザーを連射モードに切り替えて《白き巨神》にレーザー光の雨を存分に浴びせる。しかし、全ては《白き機神》の纏う虹のオーラによって掻き消される。
『どうするんだ、倒せるのかコイツは!?』
「…………所詮は模造品。オリジナルに勝てるわけがないのさ」
ぼそり、と呟くイザ。失われた記憶の奥底から《白き機神》の姿が浮かび上がる。
攻撃に巻き込まれないようイザの《尾張Ⅹ式》は遠巻きから《白き機神》をぐるり、と観察する。
なおも《白き機神》は沈黙を続けているが、その瞳だけは先程からキョロキョロと動いており、こちらの様子を伺っているように見えた。
「いや、僕たちじゃない。あれは」
『イザ……っ!』
考えを中断させる秘匿通信の割り込み。織田竜華からだ。
「マダム、どうしました?」
『イザ、あの機体は絶対に逃してはなりませんよ。あれは……』
「わかっていますよ。僕にとってもあの機体は重大な意味を持つ。絶対に手に入れてみせますから」
竜華からの通信が終了する。
「とは言うものの、具体的な案は思い付かない」
先程から《Dアルター・エース》を見るに、あの《白き機神》の全身から溢れ出る虹色のオーラによって触れるどころか近づくことも中々に出来ないようだった。
「敵意はない……こちらを敵と認識していないのか?」
あちらから攻撃のモーションを取るような素振りはなく、構えもノーガードで棒立ちの様に見える。
いつの間にか《白き機神》の周りを統連軍の艦や、ジャイロスフィアに侵攻していた残りの《Dアルター》が取り囲んでいた。
態勢を整えハイチの準備が出来ると《白き機神》に対して一斉に砲撃を開始する。
目映い爆発の閃光。
大型とはいえSV一機に艦隊を戦力をかき集めた全力で過剰すぎる攻撃の嵐は一分近く続いた。
「やってない」
レーダーに煌々と反応を示す高熱源体。爆煙を吹き飛ばし《白き機神》は飛び出すと不規則な軌道を光速で描く。
人の目では絶対に目では追い付けない早さ。イザがほんの一瞬だけ捉えることができたのは《白き機神》が艦首の砲を撫でて横切る一場面。
気付いたときには同時多発的に全ての艦隊が爆発を起こしていた。
だが、撃沈したわけではなく攻撃を無力化するために艦の武装を破壊したに過ぎない。
そして残る《Dアルター》の部隊は指揮官機の《Dアルター・エース》を除いて全機、機能を停止させ宇宙を漂っている。
『こちらホムラ・ミナミノだ、応答しろ……クソッ! 艦にも味方機にも通信が届かない、どうなっている?!』
焦るホムラを余所に《白き機神》はゆっくりと近付いてきている。艦隊の勢力をもってしても倒すことの出来なかった白い悪魔を前にホムラは身動きが取れず恐怖で失禁する。
『く、来るな……うぅ…………いやぁぁぁぁーッ!!』
身を縮こまらせて絶叫するホムラ。しかし《白き機神》は《Dアルター・エース》を通り過ぎ、そのまま遠くに飛び去ってしまった。
『えっ? 何で……あれ、コントロールが? アイツの仕業?』
操縦桿に触れていないのに機体が勝手に動いている。するとモニターにホムラの知らぬ男の顔が映った。
「やぁ、もっとゴリラウーマンかと思いましたが意外と可愛らしいですね?」
にやけ面でホムラを見詰めるイザ。とっさに涙を吹いて強気な表情を見せるホムラだったが号泣した目はまだ赤く腫らしている。
『なッ!?! 貴様は旧式のパイロットかっ?!』
「隙だったんでアンテナビットを取り付けさせていただきました。しばらくの間、この機体はお借りますよ。あの白いexSVを追わなければいけないのでね」
イザによって操られる《Dアルター・エース》は《尾張Ⅹ式》を後ろから抱き抱え、猛スピードで戦域を離脱した。
ホムラは操縦システムの切り替えを手動で試したりするが、あらゆる操作がイザのハッキングで不能になっていた。
「本当はこちらだけてやるつもりでしたが、貴方がいけないんですよ? 結構ガタが来ているんでこれじゃいけない。戻ればヤツを見失ってしまうし」
『そんな勝手なこと、許されるわけないだろ!?』
「そう言われましてもねぇ。貴方の艦はもうジャイロスフィアの部隊が制圧していますよ?」
イザの横に映像と枠が現れる。動きを《白き機神》に封じられた統連軍の艦隊がジャイロスフィアのSVや艦艇によって取り囲まれていた。
「捕まえられてしまうなら有効活用しなきゃですよ。この機体、どうやら特殊みたいですしね」
『貴様に使われるぐらいならここで死んだ方がマシだ!!』
「そうですか、そうですか。では遺影はこの泣き顔にしてあげましょう」
イザが言うと《Dアルター・エース》のモニター画面一杯にホムラが《白き機神》に恐怖して泣き叫んでいるコクピットの映像がループ再生して流れ出す。
『死ねッ! 早く止めろッ!!』
耳まで顔を真っ赤にしてホムラはモニターを思いきり殴り続けるが簡単には壊せない。
「ではしばらくのお付き合いいただきましょうか」
『ふざけるなぁッ!! 誰が、お前なんかの言うことを聞くかっ!』
「では、この映像は全世界で見られるようネット方に」
『わ、わかった! わかったから!! おっ……お前に付き合うから……もう、消してぇ……!』
「ん? 聞きましたよ。映像は止めて差し上げましょう。貴方の手をこれ以上、痛めるのも可哀想ですしね」
ようやく映像が止まるとホムラは顔を伏せてイザに聞こえないようブツブツと恨み言を呟いた。
「まぁまぁ気軽に行きましょうよ。道のりは長いですよ」
『…………どこへ、連れていくつもりだ?』
「このSVは大気圏突入機能はありますか?」
『あ、あぁ。フィールドを展開すれば単機でも問題ない……まさか?』
「その通りです。僕たちがこれから行く場所、それは地球です」
イザが指を差す。
青く美しい星が漆黒の宇宙に浮かんでいた。
◆◇◆◇◆
西暦2100年。
白き機神が地球に帰ってきた。
異次元よりの怪異と戦いの中で進化した姿は、地球にとっては驚異でしかない。
これに勝てるのは月に眠る真紅の魔神だけなのだ。
しかし、まだ目覚める時には早すぎる。
それまでは白き機神の仰せのままに事を進めるとしよう。
このイザ・エヒト、これからの展開を想像するとワクワクしております。