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イミテイターイドル ~模造のヒトと偶像の機神~  作者: 靖乃椎子
Episode.8 ヤマダ・アラシという男
57/104

chapter.57 複製されし偶像(アイドル)

 西暦2015年、一月。


 年明け早々に起きた大事件が世間を騒がせた。


【謎の巨大隕石、南極に飛来する】


 この事態に政府は直ぐに調査団を結成して南極大陸へと送り込むが、次々と連絡が途絶え百名近いメンバーが消息不明となる。

 二月になり、ようやく帰還者が現れて南極で撮影した映像を持ち帰ることに成功。

 だが、それを見た政府の高官たちは一様にどよめいた。

 そこに映し出されていたのは、真っ白な暴風が吹きすさぶ冷たい空を悠然と飛ぶ巨大な銃器の群れだった。

 まるで素人が作った出来損ないの古いB級映画のような光景に初めは冗談だと誰もが思っていた。

 しかし、帰還者の証拠映像や写真に加工は一切されていない紛れもなく本物である。

 異常な事態に困惑する政府だったが遂には軍を南極に派遣するまでに至り、そして馬鹿にしていたB級映画的な謎の存在の姿をの目の当たりにする。

 政府は敵を《イミテイト》と呼称し、後に“模造戦争”と呼ばれる南極での人類と宇宙から飛来した謎の生物との戦いは一週間続く事となり、それを終わらせたのが日本のアイドル、虹浦愛留であった。

挿絵(By みてみん)

 だが、虹浦愛留の名が戦いの歴史に刻まれることはなく、彼女の存在はこのあと闇に消える。


 ◆◇◆◇◆


 日本から約二日かけてやって来た世界の最果て、南極。

 愛留は真っ暗な《荒邪アレルヤ》のコクピットの中で縮こまっていた。

 外の気温はマイナス90度。

 寒さに強い特殊で作られた特注のパイロットスーツを着ているが、機内の暖房機能をマックスまで上昇させても身体は暖まらない。

 熊の様に屈曲な軍人に「女は引っ込め」と罵倒され、ずっと待機させられているのだが、このままでは何のためにラストライブツアーを中断してまで南極にやって来たのか分からない。


「ねえ《荒邪》……私、本当にこれでよかったのかな。もちろん歌は続けたかったよ? でもね、駄目なの。こんな時に自分が二人いたらよかったのにね……」

 手の中に暖かい白い息を吐き、寒さに震えながら機体に語りかけるように自問自答する。


「私は普通の女の子だ。そのはずなのに……」

 戦車や武器を持った軍人が横を通りすぎる。

 みんな愛留のことを知ってくれていて明るい顔で《荒邪》に手を振ってくれたが、彼らが戻ってくることはなかった。


「なんでこんな所にいるのだろう?」

 日常生活ではまず見ることのない事が外で行われていた。

 大きな音には馴れているが、愛留とってそれは楽しい物であって現在起こっている惨状の音とは違う。

 遠くで聞こえる激しい爆発音。

 瀕死の大怪我を負った軍人の悲痛な叫び声。

 今、外で鳴り響くコレは“死”の音だ。

 耳を塞いでも体が震動を感じるほど巨大で凄まじい音。

 恐怖が愛留を包みこむ。

 帰れるものなら直ぐにでも帰りたい。


『愛留、そろそろ頃合いだァ。《イミテイト》共に見せつけてやれ。大丈夫……そのマシンならきっと出来る。この天才を信じろ』

 暗いコクピット内がモニターの光で照らされる。

 画面に現れたのはヤマダ・アラシだった。


「一緒に来なかった癖に偉そう。流石は“天才”だね」

 涙を拭き、皮肉混じりに愛留は言う。

 最近のヤマダは自分を避けているように愛留は感じた。

 何故、こんな事が起きるの事を事前に知ることが出来たのか聞いてもヤマダは『天才だから』の一点張りで答えてはくれない。


『天才だからこそ、行かなくてもわかる。この天才が開発した人型機動戦略機械サーヴァントに世界の命運が掛かっている。その為に君の力が必要だァ! 君なら人類を導く神の器に相応しい!』

 ヤマダは大袈裟に言ってのけた。

 あのひょろ長い身体ではどうせ寒さに耐えられないだろうとは思ったが、なら女の子一人に行かせるのはいいのか、と愛留は疑問に思った。


「本当に宇宙人……なんだよね、あれ?」

『そうともさァ! ヤツらを倒せたら君は英雄だァ! シミュレーター百点の実力を今、発揮する時ッ!』

「……わかった。私やるよ」

『あァ! じゃあダイナムドライブを起動させてごらん? 今の不安やモヤモヤが解消される……はずなんだ』

 言われるがまま愛留は手順通りコンソールのパネルをタッチして、機体のエンジンを起動させた。

 計器が輝きを放ち、心臓の鼓動のようなドクン、という振動がコクピットに伝わっていく。


「行ってくるね、アーくん」

『愛してるぜ』

「うん、頑張るね。今度さデート……」

 と、会話の途中で通信のスイッチをオフにされた。


「……」

 きっと電波障害で途切れてしまったのだろう、と考えて苛立ちを隠す。

 深呼吸で気を取り直し、散々練習でやった通りに愛留はゆっくりと目を閉じて意識を集中した。

 自分の精神を機体と一体化するイメージで気持ちを同調させる。


「虹浦愛留、これが最後のライブ代わりよ。気合いを入れなきゃね」

 立ち上がると同時に《荒邪》は背中の黒い六枚羽を広げる。

 氷混じりの風は止み、視界は良好でいつでも発進は出来そうだった。

挿絵(By みてみん)

「飛ぶよ、荒邪」

 愛留の声に合わせて《荒邪》は急上昇。

 実機による操作だというのを忘れて愛留の身体は上昇による負荷でコクピットのシートに沈む。


「くぅっ……これぐらい、罰ゲームで乗った長島のジェットコースターに比べればっ……!」

 無茶苦茶な起動を描く《荒邪》の中で愛留は吐き気を催しながらも、次第に身体を馴らしていく。


「来る? 空飛ぶピストルみたいなの!」

 ほんの数十秒で操作を物した愛留の《荒邪》に軍の戦闘機をすれ違い様に落としながら《イミテイト》が迫る。


「テニス、バドミントン、羽根突きの要領で……えぇい!!」

 射撃武器を持っていない《荒邪》はカッターナイフをそのまま大きくしたような剣で《イミテイト》を真っ二つに叩き切る。

 仲間をやられ《イミテイト》の標的が軍隊から《荒邪》に変わると一斉に飛び掛かってきた。

 四方八方から猛スピードで突っ込んでくる《イミテイト》を《荒邪》は超人的な反応速度で切り捌く。

 氷の地面には次々と《イミテイト》の開きが出来上がっていた。

 戦局は一変、押されてた人類軍は愛留の《荒邪》の活躍により逆転、一騎当千の女神に歓声が沸き起こる。

 ライブの応援とは違った感覚に初めは不安だった愛留の心は不思議な快感を覚える。

 ヒーロー番組ではない。

 現実の、本物のヒーローに今、なっているのだ。


「私、やれるんだ。私がヒーローに……」

 昂る愛留の感情と軍人たちからの応援の声が《荒邪》の“ダイナムドライブ”に搭載されたシステムを起動させる。

 広げられた六枚羽から黄金色の目映い光が《荒邪》を包み込んだ。

 出力が限界値を越えて加速する《荒邪》を誰も止められない。

 横を通りすぎ光に触れただけで《イミテイト》は形を失い、体内にあるクリスタルのような核を残して消えた。

 愛留の《荒邪》の猛攻により大群が一気に消失したが、氷山の奥から《イミテイト》はまだまだ出現しているようだった。


「もしかして巣がある? なら、それをどうにかしたら」

 進行を邪魔する邪魔する《イミテイト》を蹴散らし愛留の《荒邪》は飛んだ。

 氷のクレーターの中心にぽっかりと開いた空洞。

 底が全く見えないほどの暗闇が広がっていたが愛留は意を決して突撃する。


 ◇◆◇◆◇


 どれぐらい深く潜っているのだろう。

 一分、五分、それ以上に続く長い縦穴を愛留の《荒邪》は降下していく。

 ライトに照らされる氷の壁面の輝きが美しいと思う反面、ここが崩れ海水が流れ込んできたら一貫の終わりなんだろうと思うと恐怖を感じた。

 しばらくすると、暗闇の奥から一つの光点が見えた。

 近付くにつれて光はどんどん大きくなっていき、そのシルエットが明らかになっていく。


「大きな……剣だ」

 足元を見る。

 周囲が白い氷壁なのに対して、その床に敷き詰められた氷は宝石のように赤い色をしている。その中に光を放つ巨大な剣の形をした物体が埋まっていた。

 恐る恐る《荒邪》は透明な氷の地面に足を着ける。


「何なのよ、これ?」

『これは次の世界を開く鍵さァ』

 突然、聞き慣れた声が流れてきた。


『見上げてごらん……ここだァ』

 真正面、氷壁の出っ張りに立つ白衣の男、ヤマダ・アラシだ。


「アーくん? 何でここに、日本で待ってたんじゃないの?」

 ハッチを開けてコクピットに飛び出す愛留は、ヤマダのいる所まで《荒邪》の腕を伝って駆け出す。


「て言うか、寒くないの?」

「あァ、天才だからなァ」

 答えになっていないことを言うヤマダ。


「荒邪……実験は成功のようだな」

「え、うん。すごい強かったよ……でも、敵の巣穴は? ここが隕石が落ちた場所じゃないの? この剣は?」

「質問が多いなァ。残念ながら、その質問には答えない。答える必要はない……何故ならばァ」

 ヤマダは愛留の頭を撫でる。

 すると、白衣から取り出したナイフを愛留の胸に突き刺した。


「…………え?」

 何をされたのかわからず、バランスを崩した愛留は氷に足を滑らせ真下の赤い氷の床に落下した。


「──、──……────ァ!」

 ショックで頭がボーッとしてヤマダの声が聞き取れない。

 薄れゆく意識の中で愛留が最後に見たとはヤマダの隣に立つ“もう一人の自分”の姿だった。


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