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chapter.53 虹

 厚い雲の中から巨大な金色の不気味な怪物体が静かな南海に降臨した。

 戦艦のように長い胴体の艦橋部分に、阿修羅像のような三つの顔に腕が六本ある上半身が生えている。

 虹浦愛留は急いで家から持ってきた望遠鏡で怪物体の姿をじっくり観察する。


「私もね本物の《擬神》を直接見るのは初めてなの。真道歩駆、君は《ゴーアルター》で擬神と戦ったことがあるのよね。奴等を追って半年近くも姿を消し、どうして帰ってきたの?」

 質問する愛留だったが、傍に居たはずの歩駆の姿がなかった。


「ちょっとちょっと! どこへ行くつもりなの?」

「俺にはどうすることもできない。それにだ、俺は奴等とは戦わない……」

 この場を去ろうと浜辺を行く歩駆を追い掛ける愛留が前に立ち塞がる。

 歩駆は怯えていた。


「思い出したんだぞ、どうやって地球に戻ってきたか……俺は逃げたんだよ。永遠に終わらない奴等との戦いから逃げたんだっ……!」

挿絵(By みてみん)

 空に浮かぶ《阿修羅艦型擬神》の姿に忘れていた歩駆の記憶の扉が開かれる。


 ◆◇◆◇◆


 宇宙とは違う、この世の裏側とも言うべき亜空間で《ゴーアルター》は“敵”に囲まれていた。

 前後、左右、上下。

 見渡す限りの埋め尽くされる黄金の敵。

 その中をたった一機で立ち向かう《ゴーアルター》は負けなかった。

 だが、いくら敵を倒せど一向に終わりがなく逃げること出来ない無限地獄な状況に、歩駆の心と身体は壊れてもなお《ゴーアルター》による癒しで生かされ続ける。

 もはや歩駆は操縦者などではなく《ゴーアルター》が自身を動かすために必要なハグルマの一部されていた。

 思考を停止させ機体に操られるままの歩駆だったが、偶然にも戦いの中で小さな時空の裂け目を発見する。

 

 ◆◇◆◇◆


「ゴーアルターが言うんだよ、あの“敵”を倒せってさぁ……だから俺はもう、ウンザリなんだよ! 機械仕掛けの神だろうが擬神だろうが、あんなのとエンドレスに戦わされて意味がわからん! デタラメの漫画かアニメかよ、くだらない! 気付いたら2100年とかなってるしムチャクチャだ! 俺の人生を返せよ、元の時代に帰してくれよ!」

 砂浜の上を半狂乱の歩駆が叫ぶと《阿修羅艦型擬神》の目が一斉にこちらを向く。船体をぐるりと横へ回転させて歩駆たちの方へ移動する。

 そこへ偶然、哨戒任務で通りかかった統連空軍仕様の《Dアルター》三機がやって来た。


「止めろ……そんなSVで勝てるわけがないんだ」

 謎の巨大物体を前にしばらくは周りを飛び回っていたが、進行方向に歩駆たちが居るのを確認すると攻撃の態勢に移る。

 一斉に手持ちのライフルや対艦ミサイルを放射するが《阿修羅艦型擬神》には傷一つ付かず進行も止めない。

 埒が明かないと《空軍Dアルター》の一機が背部ユニットから剣を引き抜き突撃する。

 力の限り《阿修羅艦型擬神》の顔面に向かって振り下ろすが、額に触れた瞬間に刀身が根本から折られてしまう。

 武器を壊され動揺した《空軍Dアルター》は左右から来る《阿修羅艦型擬神》の両手に気付かず一瞬で潰されてしまった。


「無理なんだよ……」

 仲間がやられた残された《空軍Dアルター》だったが退散はしなかった。

 どうにかして食い止めようと距離を取って攻撃を続けるが《阿修羅艦型擬神》は真っ直ぐ歩駆の方に見進み続ける。


「ほらな言ったろ」

「いや待って、あそこ見て歩駆君」

 すると、そこへ高速で接近する小型のSVが一機。

 ゴールドピンクの機体カラー、三代目ニジウラ・セイルの《アレルイヤ》が両腕のガトリング砲を止めどなく放射しながら《阿修羅艦型擬神》を攻撃した。

 だが、同じようにダメージが入っている様子はなく、弾丸を撃ち尽くすとガトリング砲を捨てた《アレルイヤ》のフェイスマスクが鬼のような表情に変形する。

 

『私はセイル! 私がセイルなの!』

 今の三代目ニジウラ・セイルを動かしたのは嫉妬である。

 自分よりも神々しく目映い光を放つ《阿修羅艦型擬神》のことが目障りで無性に許せなかった。


『他の誰でもない、セイルこそ……私なんだァッ!!』

 少女の咆哮が《アレルイヤ》を通して衝撃波を起こす。

 その叫びは海面や木々を激しく揺らし、遠くにいる歩駆たちが耳を塞いでも鼓膜が破れてしまいそうな音を放っていた。

 不快な騒音に《阿修羅艦型擬神》の表情が微妙に揺らぐ。視線を《アレルイヤ》に合わせると大きく口を開いた。


「「「阿」」」

 たった一言が《アレルイヤ》のハウリングボイスを打ち消す。

 一瞬にして海上が静寂に包まれた。


『……くふ』

 そして《阿修羅艦型擬神》の声を間近で聞いた三代目ニジウラ・セイルは大量に吐血した。

 目や耳からも血が流れ、立ち乗り型のコクピットから床に膝をついて倒れると《アレルイヤ》の装甲がひび割れて、ゆっくりと高度を下げながら近場の島に墜落した。


「……あぁそうだ。それでこそいいさ」

 圧倒的な強さを見せ付ける敵の前で次々とやられる光景を見て歩駆は壊れたように笑っていた。


「さぁ今度は俺を殺してみろよ。ゴーアルターのない今の俺をお前らなら殺せるだろうな」

「…………ちょっと歩駆君、それ本気で言ってるの?」

 隣の愛留が眉間にシワを寄せて訪ねる。


「あの子ですら必死に戦ってたってのに君は……」

「あぁ、大マジさ。俺はもう疲れた。楽になりたいんだよ」

 海に膝まで入り両手を大きく広げて歩駆は自分の居場所を《阿修羅艦型擬神》にアピールしようと見せると、その前から愛留は再び立ち塞がり歩駆の腕を掴んだ。


「渚礼奈、貴方にとって大事な人が月で待ってる。貴方せいで不老不死になって、それでも待ち続けてる彼女をまた置いていくつもりなの?」

 愛留からの言葉に歩駆の心は大きく揺れる。


「…………何がわかるんだよ。何を知ってるって言うんだよ。まだ俺に戦えって言うのかよ! あぁ?!」

 怒りを露にする歩駆は泣いていた。

 自分でもどうして良いのか、わからず泣き崩れていた。


「そんなことぐらいわかってるんだよ! わかってるはいるけど、でも今の俺にはヤツと戦う力がないし、ゴーアルターがあったところで宇宙の果てにいる奴等には勝てない! 例え勝ったとしてもこの時代に俺たちの居場所はない。俺たちは……一生、死ねないんだよ」

 思い付くことは考え抜いたが、どの選択肢を選んだとしても幸せな結末など訪れない全てがバッドエンドに通じる道しか残されていない。

 歩駆の未来は詰んでいた。


「あるでしょ。もう一つのルートが」

 そう言って愛留は天を指差す。

 真っ暗な曇天の空が突然、切り開かれて虹の輪が掛かった青空が広がる。

 七色な鮮やか光が幾層にも重なった輪の中を、上空から通り抜けて白き機神がその姿を表した。

挿絵(By みてみん)

「……何でだよ、何で今になって現れる?!」

 それは望んでいたはずのであると同時に否定したい忌むべき力だった。


「アイツと戦うならお前一機でだけでやれ! 俺はお前を必要としていない。俺は、俺だけの力で……礼奈を……」

 口をパクパクさせるも、そこから先の言葉が出ない。

 やりたいこと、やりたくないこと、やらなくてはいけないこと。

 心が否定的になる歩駆の中で未だ答えが定まっていない。


「ねぇ歩駆君、もっと物事をシンプルに考えましょ?」

 愛留は泣く子供をあやすように歩駆の事を抱き締めた。

 トントン、とリズムよく背中を擦るように叩き、虚空を見つめる歩駆を落ち着かせる。


「君は誰と一緒にいたい?」

「それは……俺は、礼奈と一緒になりたい」

「君の礼奈ちゃんへ思いは、あんな仏像に負けちゃうぐらい軽いの?」

「……いや、違う」

「じゃあ頑張るんだよ、頑張らなきゃ! ほら来たよ」

 顔を上げる歩駆。

 ゆっくりと降下する《ゴーアルター》と目が合い、愛留の肩に顔を埋める。


「大丈夫、ゴーアルターは“変わり往く者”なの。一番に大切なのは心よ。君の気持ちが変わればゴーアルターも答えてくれる。決して怖がらないで、自分を信じて、自分がゴーアルターに乗るんじゃなく、ゴーアルターを君に乗せるの」

 愛留は歩駆を身体から引き剥がし額にキスをする。


「私は貴女の味方だからね。それを忘れないで」

「あ……待てっ」

 視界が光に包まれ、瞬きの間に歩駆は見馴れた場所に座っていた。

 久々に乗り込む《ゴーアルター》のコクピットである。

 鳴り響く警告音に気付くと、真正面の《阿修羅艦型擬神》が怒りの形相でこちらを睨んだ。

 下半身の船体部分から黄金の球体が無数に飛び出し、不規則な軌道を描きながら《ゴーアルター》に向かって襲いかかる。


「俺は地球で礼奈と暮らすんだ。その為に今は力を貸してくれ」

 歩駆の声に答えて《ゴーアルター》は低い唸り声を上げると、前にかざした右腕に虹色の光輪が生成され回り始める。


「この空にお前らは必要ない、異次元に帰れっ!」

 ここまで押さえ込んできた気持ちを吐き出すように《ゴーアルター》から虹色の閃光が解き放たれた。

 それは波紋のように広がって襲い来る黄金球体を撃ち落とし、その先の《阿修羅艦型擬神》を飲み込み跡形もなく消滅させる。

 海面が衝撃で舞い上がり、空には視たこともない大きな虹が掛かった。


「……あぁ……これが本物の、神様なんだ……」

 ボロボロになった《アレルイヤ》のコクピットから這い出た三代目ニジウラ・セイル。

 血涙でボヤける視界から覗き見たのは虹色の後光を背した雄々しい純白の機械巨神の姿だった。


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