chapter.47 イミテーション
再生した《ゴーイデア》の姿は一見、歩駆が初めて出会った頃の《ゴーアルター》と瓜二つの容姿をしていた。
「…………違う匂いがする。でも嫌じゃない」
とても懐かしい感覚と同時に、歩駆の知らない他人がずっとここに座っていたであろう乗り心地に違和感を覚えながらも気分は安らいだ。
──ボクが側に居るよ、歩駆。
「あぁ、俺に力を貸してくれ……でも、どうしてなんだマモル?」
先程から頭に響いている声の主に歩駆は久し振りにその名を口にした。
タテノ・マモル。
歩駆の幼馴染みで、ツルギとは血の繋がった兄弟であり、そして模造者の少女。
マモルとはかつて、冥王星での最終決戦にて別れてから以来である。
「そうか、そこにマモルは居ないんだな」
コクピットから感じるマモルの意思は彼女の残留思念だ。
──あの頃の歩駆に戻って欲しかった。ボクに笑顔を見せて欲しかった。
──ボクと歩駆で一つに、一緒になりたい。未来の形が欲しい。
──ねぇ、起きて歩駆。ボクを選んで、お願いだから……。
数々のマモルからのメッセージがコクピットに木霊する。
歩駆に向かって何かを訴えているようだったが、それは歩駆ではない別の“アルク”は言っているようにも聞こえた。
「使わせてもらうぞマモル。俺が、戦いを止めてやる……!」
かりそめの機体に残された活動限界が近いことを歩駆は肌で感じ取る。
歩駆と《Iゴーアルター》は氷上を力強く駆け抜けた。
◇◆◇◆◇
まさに死屍累々の光景であった。
溶け出した氷海の上に蕩けて鉄屑となったSVが浮かんで、小さな島をいくつも作っている。
「どうした!? まだやるの?!」
月と地球と虫型SV、三つの陣営を相手に奮闘する《ゴッドグレイツ真》だったが、ここに来て流石に勢いが衰えてきた。
残る味方のホムラとイザは防戦一方で虫型SVたちに押されている。
何処かに生産工場でもあるのかと思うくらい、一定の数を撃墜すると増援が海中から現れた。
「くっ……はぁぁぁ!」
手加減しているわけじゃないが燃え盛る《ゴッドグレイツ真》のパンチが《Dアルター》を打つも、機体を覆う電磁フィールドを破れるが装甲まで届かなくなった。
そして攻撃をミスすると遠距離から《Gアーク・ストライク》に狙い撃たれる。
地球と月は敵同士のはずなのに、息の合ったその動きはまるで熟練者同士の連携だ。
三代目ニジウラ・セイルの歌に操られているにしては、地球側の攻撃は真っ先にマコト達を狙っているかに見えた。
「あの耳障りな歌だ。汚いぞ、ニジウラ・セイル! 勝負するならお前が来い!」
『キャハハ! えぇ、もーしょうがないにゃあ。そんなに“歌って戦うアイドルスター”と呼ばれたセイルと戦いたいわけぇ?』
曲の間奏中に三代目ニジウラ・セイルは言う。
マコトの《ゴッドグレイツ真》を相手にしながらも彼女の《アレルイヤ》は無傷を保ち、余裕のダンスを見せつけている。
『でも、ダーメ! そろそろラストソング。早くあのギンギラギンのでっかい剣を手にいれてね、ハワイとか暖かいとこで休暇を取らなきゃ。アンコールはなしだよ』
ビュン、と《ゴッドグレイツ真》の脇を通り抜ける《アレルイヤ》は一目散に氷山の上で沈黙を続ける《ソウルダウト》へと向かう。
追いかけようとするが《ゴッドグレイツ真》の前に《フライヴ》の一団が邪魔をした。
『はーい、ゲット』
伸ばすピンクの腕は肘に仕込まれたガトリングガンを展開して、後方から来る何者かに向かって弾丸を発射した。
『手ぇっ?!』
驚く三代目ニジウラ・セイルが見たそれは巨大な白き拳だった。
とっさのガトリングガンが功を奏したのか直撃はなんとか免れ、拳の軌道を反らす。
『おさわり禁止!! 誰なの?』
飛んでいった拳はぐるっと旋回して持ち主である白い大きなSVの右腕に帰っていった。
「まさかゴーイデア……トウコちゃんなの?」
何とか敵を振り払ったマコトは通信で呼び掛けようと思い立つが直ぐに、目の前の機体がトウコの操る《ゴーイデア》ではないことに気付いた。
「違う。貴方は真道君ね」
「この元凶はお前か、サナナギ・マコト……」
周囲に散乱する撃墜されたSVの残骸を見詰めて歩駆と《Iゴーアルター》は静かに唸った。
「お前には見えないのか?! お前にはきこえないのか?! 俺はもう、こんな無駄な戦いはうんざりなんだよ!! いつ終わる? いつまで戦えば気が済むんだ?」
歩駆の寒空に怒号が響る。
「アンタ何言ってんの? 先に攻めてきたのはコイツらだ。私は皆を守るために戦ってる」
「本当にそうか? 俺には見える。そのSVを維持するためにパイロットを殺すんだろう? そいつは危険なマシンだ」
「だから君、さっきから意味わかんないこと言わないでよ!」
二人が言い争いをしているのを三代目ニジウラ・セイルはキョトン、とした表情で見詰めていた。
『……あ、ちょっと!! セイルのこと無視しないでよ! いきなり乱入なんかしてきて見せ場を取らないでくれるかなっ!?』
萱の外にされていると感じて《Iゴーアルター》の前に三代目ニジウラ・セイルの《アレルイヤ》が立ち塞がる。
「…………誰なんだ?」
『誰って、セイルのこと知らないの?! セイルは地球と月をまたに駆けるアイドルの』
「違うだろ。お前は虹浦セイルじゃないし、ましてやアイドルなんかでもない。人形だ。他人を真似ただけで魂の入ってない作りもんの人形でしかない」
『……初対面のヒトに、そこまで言われるなんて心外だなぁ』
声が震える三代目ニジウラ・セイル。
静かな怒りが《アレルイヤ》のフェイスがツルギを倒した“ハウリングモード”に変化させる。
『なら聞かせてあげるっ!! セイルの歌をっ!!』
鋭い牙を剥き開口する《アレルイヤ》から、耳をつんざく強い衝撃波が放たれた。
「煩い!!」
一瞬の内に歩駆の《Iゴーアルター》は《アレルイヤ》の口を塞ぐように頭部を鷲掴んで、そのまま氷の地面へと叩き付けた。
それでもなお抵抗する《アレルイヤ》はジタバタと手足をばたつかせ咆哮するのを止めない。
「無駄な足掻きを、殺すつもりはない!」
『セイルの歌を聞けぇっ!!』
強まる衝撃に《アレルイヤ》を押さえている《Iゴーアルター》の腕にヒビが入る。
このままでは不味い、と歩駆の《Iゴーアルター》は高く飛び上がり《アレルイヤ》を力一杯に海へと投げ飛ばした。
大きな水柱が残骸の浮かぶ水面を激しく揺らす。
「……あれが《ソウルダウト》か」
三代目ニジウラ・セイルを黙らせ、歩駆の興味は次に移る。
宙に浮かび出した白銀の大剣。
手にしたものは世界の理を変えることが出来る、と言われる《ソウルダウト》が《Iゴーアルター》と対峙する。
「真道君、ちょっと待って」
歩み寄ろうと近付く《Iゴーアルター》を止めたのはマコトの《ゴッドグレイツ真》だ。
「何をする気?」
「……あれがあれば戦いを止められるんだろう? なら」
「ヤマダ・シアラの言葉を信じるの?」
「本当かどうかは、やってみればわかる」
「……私、思うんだ。あのSVが本当に運命を変えることが出来て、過去も未来も思い通りに操れるんだとしたら……」
マコトと《ゴッドグレイツ真》は《Iゴーアルター》の前に立ちはだかる。
「私は、アレを破壊しなくちゃいけない」





