chapter.45 紅蓮の化身
音の成分を構成する「整数次倍音」と「非整数次倍音」と言うものがある。
簡単に言えば地声と裏声の声の厚みや波長、広域の周波数から出る音のことを「整数次倍音」と言い、逆に「非整数次倍音」はガラガラとしたハスキーな声に含まれる不規則なノイズのこと。
この世に存在している全ての音に存在し、有名歌手やテレビ司会者などカリスマ性のある人物は総じて数値が高い。
三代目ニジウラ・セイルは「整数次倍音」と「非整数次倍音」の数値が両方とも異常に高かった。
彼女の歌声は宇宙時代を生きる人々の心に深く刻まれている。
誰も彼もが三代目ニジウラ・セイルを羨むようになるメカニズムは声にある。
生まれながらにして偶像となるべき声帯を持つ少女。
だがそれは一種の催眠や洗脳に近く危険なものであるのを、三代目セイル自身すらも気付いていなかった。
◆◇◆◇◆
南極に響き渡る歌声は虫型SV達の視線を三代目ニジウラ・セイルの《アリルイヤ》に釘付けにされた。
攻撃行動を止めて聞き入るよう《アリルイヤ》の方を見詰めている。
「虫はAI思考の無人機なはず。機械が歌を理解している?」
イザの《尾張Ⅹ式》は物陰に隠れて虫型SVたちの様子を伺う。
全体の六割が三代目ニジウラ・セイルの歌に引き寄せられるように動きを止めている。
残り四割、上位虫型SVのほとんどは歌に関心がないのか今もマコト達との戦闘を繰り広げていた。
その中で見慣れない虫型のいくつかが《アリルイヤ》に向かう。
コードネームは《ホッパード》と呼ばれる屈強な脚部が特徴の虫型SVが氷の山を駆け抜けて、背部のブースターで加速しながらの飛び蹴りを食らわせようとした。
『みんなぁ、セイルを守ってっ!』
機体と同じ六枚のピンクゴールドの羽を展開ながら号令すると共に《アリルイヤ》の回りを《フライヴ》が取り囲みガードを固める。
突撃する《ホッパード》達へぶつかりに行って同士討ちとなった。
「不味いですね、機体を操るなんてやり口が僕と一緒だ」
『素敵なパフォーマンスありがとーっ! 次の曲はノリノリになれる、激しい歌だよ。皆、付いてきてねぇ!』
メロディーが激しい曲調に変わると三代目ニジウラ・セイルの歌によって洗脳された虫型SVが陣形を組んで踊り出す。
とてつもなくシュールな光景の中に、イザは一つだけ違う赤い大型SVを発見する。
ぎこちない動きで踊るそのSVは、ホムラの《Dアルター・エース》であった。
敵にバレないよう《尾張Ⅹ式》はそっと遠くから回り込み《Dアルター・エース》の背中に発信器を打ち込んだ。
イザは通信のスイッチをオンにして大きく息を吸い込む。
「すぅ…………何をしてるんですかッ!!」
『……っは?! アレ!? 私は何を……』
耳元で怒鳴られホムラは驚いてシートから飛び上がる。
戦闘していたはずが流れてくる音楽に耳を傾け、急に頭がボンヤリとしていてらいつの間にか踊る敵の大群に囲まれていた。
「一旦下がってください、そこの位置は危険です」
『いや、この位置だからやれる』
腰を落とし《Dアルター・エース》は背負っていた大剣を構えると、刀身が火を吹く。
『マサムネブレード、ブースト起動……行くぞ!』
大きく大剣を振り回しながら敵の密集地帯へ駆け抜ける。
斬っては投げ、斬っては投げを繰り返し、行列を作る虫型SVを次々と斬り伏せていく。
そんな光景を高い氷上の舞台に立つ三代目ニジウラ・セイルは黙っていない。
『むむぅ? あそこにマナーの悪い人がいるよ! やっつけちゃえ!』
三代目ニジウラ・セイルが合図を送るとダンゴムシ型の巨大SVである《グランロール》がホムラの《Dアルター・エース》を追い掛ける。
『な、なんだっ?! あのタイヤの化け物はぁ!?』
迫る《グランロール》に向けて《Dアルター・エース》は背部の二連レーザーキャノンをお見舞いする。
だが地を削りながら高速回転する《グランロール》の装甲にレーザーは意図も簡単に弾かれてしまう。
そして《フライヴ》たちの追撃も加わり、ホムラは《Dアルター・エース》で逃げ惑うしかなかった。
しかし突然、追ってくる《フライヴ》の大群が空中でグシャグシャに捻り潰され残骸と化す。
さらには残骸になった《フライヴ》が後方から猛烈な勢いで向かってくる《グランロール》の装甲の隙間へ入り込んでしまう。
内部の駆動機関に残骸が絡まって、爆発が起こるとコントロールを失い氷山に激突すると《グランロール》は沈黙して動かなくなった。
『ふん、世話の焼ける奴め』
掌の射出口から重力波を放ちホムラを助けに来たのはツルギの《Dアルター豪》だ。
一度の被弾も許さない漆黒のSVの回りには、撃墜した虫型SVの山を築いている。
その目線の先にいる三代目ニジウラ・セイルの《アリルイヤ》を睨んだ。
『何が三代目だ、この偽物めが騙りおって』
『むー! 私は正真正銘、ニジウラセイルなのっ!』
本物の虹浦セイルたちを知るツルギにとって、目の前にいる三代目と呼ばれるニジウラ・セイルは否定すべき存在だった。
『彼女を殺したのはお前の裏にいる奴らか?』
『……? セイルはよく表裏の無いコだねって言われますよぉ』
『質問に答えろ!』
三代目ニジウラ・セイルの《アリルイヤ》の前に、またしても《フライヴ》たちが壁となって立ちはだかる。
『俺に同じ手は通用しないッ!!』
黒いエネルギー球が《Dアルター豪》を包み込むと、そのまま《フライヴ》の一団に突っ込む。
機体の間を縫いながら駆け抜けると《Dアルター豪》の“グラヴィティフィールド”に触れた《フライヴ》の装甲や武器を持つ腕が削り取られていた。
『近付いたぞ偽物。黒幕の居場所を吐いて貰うからな』
邪魔をする敵を無力化させたツルギは“グラヴィティフィールド”を解除した。
ツルギの《Dアルター豪》は二倍以上の体格差があり大きさの半分以下しかない小さな《アリルイヤ》に手が届く距離まで迫る。
この時、ツルギは三代目ニジウラ・セイルに対して過信しすぎてしまったのが大きな誤算だった。
『そんなにセイルの歌が聞きたいなら特等席で聞かせてあげるね』
可愛らしい顔付きをした《アリルイヤ》のマスクが割れ、鋭い牙のある大きな口が開かれると《Dアルター豪》の胸部に噛みついた。
『ここで一曲! ニジウラ・セイルの代表曲“エンジェル・パルス”!』
大地を震わせる騒音のような衝撃波が《アリルイヤ》の口から放たれる。
それをゼロ距離で受け止める《Dアルター豪》は激しく揺れ動き、表面装甲は割れ砕かれ内部機構も次々と破壊されていく。
だが、中のツルギは辛うじて耐えていた。
脳へ直接的に響く破壊の音を自己でシャットダウンしながら反撃しようと手を操縦桿に伸ばす。
『続きまして、こちらも人気曲ですね。聞いくださ』
二曲目に入ろうとする三代目ニジウラ・セイルを邪魔する赤い光線が《アリルイヤ》の羽を焦がした。直ぐに《Dアルター豪》を盾にして《アリルイヤ》は光線の飛んできた方向を向く。
『ニジウラ・セイルッ!!』
『きゃー、お面の化け物だぁ!?』
接近するマコトの《ジーオッド》へ《アリルイヤ》はぐったりする《Dアルター豪》を思いきり投げ付ける。
『拾って!!』
『……え、あっ……えぇーっ?!』
避ける《ジーオッド》の下方で急ぎ駆けつけた《Dアルター・エース》がツルギの《Dアルター豪》を、すんでのところで受け止めた。
『月なライブにいたSVだよね? でも、身体はどうしたの?』
『なくても十分……もう、あの時みたいには暴走しない』
未来で出来た親友トウコの娘ジェシカの仇。
沸々と沸き上がったマコトの怒りが《ジーオッド》に伝わっていく。
『ジーオッドと私だけで、ゴッドグレイツのパワーを引き出す!』
機体に意識の全てを持っていかれないよう集中して自我を保ち、心の中で猛烈に怒りと悲しみの感情を昂らせ、なおかつ冷静に慎重に力を制御する。
『これが、私と一体化したゴッドグレイツの姿っ!!』
マコトに呼応して《ジーオッド》は可変した。
真紅のボディから燃え上がる焔のオーラを纏った腕と脚が生え、人の型を創っていく。
進化を遂げた《ゴッドグレイツ》の姿。
極寒の白き氷の大地を溶かす“紅蓮の化身”であった。





