chapter.43 アンタークティカ
「月の戦艦に告ぐ。これ以上の接近は宣戦の意思ありと判断する……無駄か。総員、戦闘配置に付け!」
地球に降りようとする月の艦隊の侵攻を阻止するため統合連合軍の艦隊が宇宙へ上がり迎え撃つ。
月戦艦の数は五隻。
対して統連軍側は四隻。
SVでは月が三十機で地球が十六機と数で負けてはいる。
だが、SV戦において機体性能の差で統連軍は月に負けるということはほとんどなかった。
科学技術の粋を集めて宇宙という過酷な環境で暮らすために日々、技術を発展させていった月であるが、戦争という行為に関しては誰も彼もが素人だ。
加えて統連軍の《Dアルター》は新型開発が常に行われていた半世紀以上前のSV事情と比べて二十年も形を変えず現役なのだ。
「……だから嫌いなのだ。この機体とゴーアルターが」
その男、ツキカゲ・ゴウがトリガーを引くとレーダーの赤い光点──月軍の《Gアーク・ストライク》──が一つ消えた。
遠目から宇宙と同化して見えるネイビーブルーの迷彩塗装を施した装甲。
頭部は望遠レンズのような大きなカメラアイが特徴のカスタム機である指揮官機の《Dアルター・エース》が大型のライフルを抱えて岩礁地帯を移動する。
「次だ」
また一機、確実に打ち落としながらゴウは敵を探した。
本来この《Dアルター》と言う機体はモチーフにならい中距離から近接戦闘に得意した大型SVだ。
統連軍に入る人間は皆、アニメ《ゴーアルター》の活躍に憧れて入隊する者ばかりであり、ゴウのような狙撃に特化したカスタムをする者などいない。
派手な活躍する事こそ皆から讃えられ、地道な撃墜数稼ぎなど何も評価に値しないのだ。
それでもゴウが大佐と言う地位までに上り詰めたのは弛みない努力のお掛けである。
どれだけ《Dアルター》と言うSVが高性能な機体であっても、乗り手の実力が決定的な差となるだろう。
「……こいつじゃあない。何処だ……?」
岩影に身を潜めて様子を伺うも敵からの反撃はない。どうやらこちらの居場所はまだ気付かれていないらしい。
タイミングを見計らい狙撃するのに最適な場所を探して《Dアルター》は宇宙に浮かぶ岩石から岩石へ飛び移る。
「指揮官機……奴が、いた!」
戦いの激戦区で一際、高速で飛び回る機体を逃さないように目で追う。
次々と《Dアルター》たちを追い詰めていく漆黒のSV。
いつの間にか戦況は一変、漆黒の《Gアーク・ストライク》がたった一機で統連軍の《Dアルター》を圧倒し、月の戦艦が防衛ラインを突破していたのだ。
「……敵影の数が、多い? ちっ、増援……この識別は」
違和感を感じて月の艦隊とは真逆の方向に視点を向ける。
悪趣味な色合いをした統連軍製の旧式航宙艦が三隻、巨大なホログラム映像を投射している。
それは月で起こした事件により新たな戦乱を招いて世界を騒がしているアイドルのライブらしき映像であった。
「地球の船に、月のSVか……スフィアのバックに誰か付いているのか?」
厄介な第三勢力、ジャイロスフィアの旧式航宙艦からメタリックピンクな装甲の《アユチ》が発進する。
月と統連軍の両方に向けて見境なく攻撃を行っている。
「焦るな。雑魚はどうでもいい、俺の敵は……あの黒い奴だ!」
現状、驚異となっているのは漆黒の《Gアーク・ストライク》だけだ。
大きく息を吸ってゴウは気持ちを落ち着かせるとライフルの狙いを定める。
不規則な軌道を描きながら移動する漆黒のSVを捉えるのは至難の技だが、ゴウは必死に目で追いかける。
「……何、見られているっ……!?」
突然、急停止する漆黒の《Gアーク・ストライク》とスコープ越しに目が合った。まるで居場所がわかっているかのように手を振って見せた。
ゴウは直ぐに《Dアルター・エース》を岩場から後退させるが既に遅い。
「くっ、このっ……!!」
あっという間の急接近。
漆黒の《Gアーク・ストライク》から繰り出された大槍を《Dアルター・エース》はライフルから引き抜かれたグリップから迸るビームの剣で受け止める。
「俺に剣を使わせたな!? ヤマダのジジイッ!!」
ゴウは叫んだ。
母を苦しめ、不幸に陥れた憎き父に刃を突き付けた。
そして、月の艦隊は氷の大地に向かい降下した。
◆◇◆◇◆
見渡す限り果てしなく広がる一面の白。
白銀の世界が広がる地球で最も寒冷な地域とされる大陸、南極。
今から85年前の西暦2015年。
人類が初めて地球外生命体イミテイトとのファーストコンタクトをし、後に“模造戦争”と呼ばれる人類初の宇宙生物との戦いが起きた場所である。
イミテイトが墜落したとされる氷山は、戦いが終結して半世紀以上も経った現在も統合連合軍により管理され立ち入りが禁止されている。
『天気が荒れている。不用意に近付くのは危険だな』
激しいブリザードが吹き荒ぶ中、雪原に不時着した戦艦イデアルの甲板で楯野ツルギとウサミ・ココロが船体の点検作業を行っていた。
普通の人間ならば十秒ですら耐えることなど出来ないだろうが、ツルギとウサミはサイボークとアンドロイド、機械の身体である。
「次は左舷だ。行くぞウサミ」
「うぅ……こんなの南極に到着するもっと早くにやればよかったじゃない!?」
『急ぎで来なきゃいけないからなァ。さっさと終わらせて出発するよォ』
暖房の効いたブリッジでソフトクリームを食べるヤマダ・シアラ。楽しそうにするシアラにムカついてココロは通信を切った。
「お爺ちゃん大丈夫なの?」
「年より扱いをするな」
「だってこの前メンテナンスしてたじゃん。ココロなんか、あのオーロラのせいなのかな? 視界がザザーッって時たまするんだけど」
「俺はどんな場所でも戦えるよう調整している。準備をしなかったヤツが悪い……手を止めるな」
黙々と修復を行うツルギと、ブツブツ文句を言いながらもココロも手分けして外壁に異常が無いか探した。
◇◆◇◆◇
「はぁ……それで歩駆くんは?」
格納庫。ペットボトルの暖かい緑茶で暖まりながらサナナギ・マコトは《ジーオッド》のコクピットで待機していた。
お茶の微かな熱気で眼鏡のレンズが曇るのをグローブの指で優しく拭く。
「眠ったままのようです。死んではいないみたいですけど何をしても全く起きませんでした」
マコトの膝の上で電子パッドとコンソールを繋ぎ、戦闘データを解析する少女クロス・トウコ。
長く綺麗な黒髪をポニーテールにして、巫女服の上にパイロットスーツを着込んでいるが、子供用サイズがないため最小の物でも少しブカブカだった。
「彼の魂、凄く消耗しています」
「私もだけどさ、不老不死なんじゃなかったの?」
前回の戦いの後、真道歩駆がシミュレーターの中で意識を失っているのを織田竜華が発見した。
外傷はなく心臓も正常に動いている健康的な肉体そのものであるが、問題は医学では治せないところにあった。
「この世に無限なんてありませんよ。確かに真道さんは特別です、上手く説明出来ないですけどマコトちゃん……と言うかゴッドグレイツよりもゴーアルターが特別なのかも」
トウコはコクピットの天井を見上げる。
「でも、今の彼にはゴーアルターの加護が無い。自分が無敵の存在だと過信して戦うだけでは駄目です」
「……私も、あんな風になっちゃうのかな?」
急に不安が頭によぎるマコトはトウコを背中からギュっと抱いた。
「少なくともゴッドグレイツに乗って、死ななければ大丈夫ですよ」
「うーん、それはそれで複雑……結局は私って不老不死のままなんだ」
永遠の時間を生き続ける人ならざるもの。
根本的な問題は何も解決しておらず平穏な生活など夢のまた夢である。
「そのためには《ソウルダウト》を何としてでも手に入れなければなりません。少なくともヤマダ・シアラには絶対に渡すわけにはいきませんよ。マコトちゃんなら出来ます」
小さな手を伸ばしてマコトの頭をそっと撫でるトウコが励ます。
「呪いを解くには何でも夢が叶う不思議な魔法の剣がいる。それを皆が狙っていて、私も……私の不老不死を無くすだけでいいのかな?」
西暦2100年に、まるでおとぎ話のような理由で人類が争っている。
不可解で歪な世界にマコトは、ますます背筋が凍るように感じてトウコをキツく抱き締めた。





