chapter.38 乙女の悩み
歩駆たちの買い物から翌日の早朝。
統連軍基地に停泊中の戦艦イデアルの格納庫で、物資の搬入中に事件は起こった。
「そんな、ゴッドグレイツが……」
ヨシカに叩き起こされ寝巻き姿のまま連れてこられたマコト。
前日は深夜遅くまでカラオケ三昧だったため眠気が猛烈にあったが、愛機に起きた光景を見てその眠気も吹き飛んだ。
「私が朝一番に来たとき急にゴッドグレイツの体がバラバラになった。組み立てようにもこの通り、土みたいな感じでボロボロになっていく」
整備士長ナカライ・ヨシカは剥ぎ取った灰色の塊をマコトに見せて言う。
そこにあったのは上半身──胸部から頭まで──を残して《ゴッドグレイツ》の両腕と下半身が崩れ去っていた。
「でもなんで頭だけが無事なんですか?」
アンヌがヨシカに質問する。
格納庫の工作室で寝落ちしてしまい、早朝の大きな物音に飛び起きて《ゴッドグレイツ》の姿を一番に確認した第一発見者だ。
「厳密に言えば分離したのさ。ゴッドグレイツの本体は《ジーオッド》と言ってあの頭部がそうさ。ジーオッドはSVと合体することで能力を発揮する。だが並大抵のSVじゃ数回戦っただけであんな状態になる」
「でもゴッドグレイツは何十年も月にあったじゃないですか? それがどうして急に……?」
「うーん、わからん」
格納庫の床に散乱する残骸をまじまじと見詰めるヨシカ。
指でそっと触れると湿った土や砂のように柔らかく、簡単に中まで押し込める。
今日までゴッドグレイツの身体を支えていたのは、ただのSVではない。
かつてイデアルフロートと呼ばれた人工島の守り神だった《慈愛の女神》と呼ばれる特別なSVだった。
「単純に限界が来たのか? それともなにか……」
ヨシカは神妙な顔をするマコトの方を見る。頭部状態の《ゴッドグレイツ》こと《ジーオッド》にマコトは駆け寄ると、赤い頭部装甲に体を密着させ耳を傾けていた。
「何かわかるかい、 マコちゃん?」
「……暖かい。まだ中に意思は感じる、機体は死んじゃいない」
「それでわかるの?!」
アンヌが驚きの声を上げる。
「でも、なんだろう……何か変だ」
「…………本当にそんなことが」
アンヌは試しに自分でも《ジーオッド》に張り付いて見るもアンヌには何もわからなかった。
「失礼する! ここに月のSVがあると聞いてやってきた!」
開け放たれたカタパルトハッチから一人の女性軍人がやってきた。
「……何をやっている?」
夏のセミの如くSVの頭部に群がっている三人を見て女性軍人は不思議そうに質問した。アンヌだけ恥ずかしそうにして《ジーオッド》から離れる。
「な、何でもないわ! 貴方は統合連合の?」
「ホムラ・ミナミノ少尉です。ここ、セントレア基地の第一中隊に所属するパイロットであります。ここの責任者でありますか?」
礼儀正しくホムラは最年長のヨシカに向けて敬礼する。
「堅苦しい挨拶はいらないよ。うちらは統連の軍人じゃあないんだから」
と、ヨシカは笑う。
「はぁ……これはSVですか? 皆さん何をしているのです?」
「ちょっとね。点検みたいなもんさ」
「戦国時代のような兜みたいな頭だけとは、開発途中で?」
「これで完成形だよ」
マコトが《ジーオッド》から離れてホムラの元にやって来る。
「貴方がアレのパイロットですか? 見るところ学生さんかな?」
「質問が多いね。アレじゃなくジーオッド。合体すればゴッドグレイツになる」
「ゴッドグレイツ? あの劇場版ゴーアルター第十一作目“燃えさかれ! 開戦・応戦・超決戦”に出てきた月の紅蓮魔神?!」
目を輝かせてホムラは言うが、マコトはげんなりとした顔を見せる。
「いや何作目とか知らないけど……もしかしてアニメの話? 止めてよね。アイツ悪意のある感じで勝手なことばっかり描いて」
アイツとはヤマダ・シアラのことだ。
表向きは世界的アニメ会社の社長兼総監督。
自分が出ていると言われてホムラの言う映画を見させられたが、自分モチーフらしき気弱そうな人物が突然、怪物になり《ゴッドグレイツ》と合体して暴れまわる、という内容だった。
「……いや、心当たりがないわけじゃないけども。ともかく私とあの映画は無関係だよ」
「そうですか……、少し残念です」
「それで少尉どのはうちに何の用だい?」
ホムラにヨシカが聞く。
「はい。実は本日付でネオIDEALに配属せよとの通達がありまして、ご挨拶にやって来ました。ヤマダ・シアラ司令はどこにいらっしゃいますか?」
「それなら私が部屋まで案内するわ。ついてきて」
マコトらに挨拶を済ませ、ホムラはアンヌに連れられてシアラの元へ向かった。
残されたマコトとヨシカは《ゴッドグレイツ》から出たボディの残骸の片付け作業を開始した。
◇◆◇◆◇
急な《ゴッドグレイツ》の合体解除により艦の出航が翌日に延びてしまい、マコトは基地の演習場で黄昏ていた。
地球と月の戦争。
ニジウラ・セイルによるジャイロスフィア群の宣戦布告。
SVの原初であり世界を変える力を持つ《ソウルダウト》の争奪戦。
どうすれば全てが解決するのかマコトは考えていた。
こんなとき頼りにしたい男、ガイも何故か敵側に協力し、自分の側にはいない。
一人で戦っているわけではない。ガイ以外にも頼れる人はいる。
だが、精神的な心の支えになってくれる人物はマコトにとってガイだけなのだ。
離れ離れになっている今こそ強く感じる。
だからこそ月側の陣営、ユーリ・ヴァールハイトの下に付いているのが許せない。
マコトが《ゴッドグレイツ》の中で冬眠状態になっている間に何があったのかも知らないし、ガイは何も言わなかった。
「アイツの考えてることがわからない」
ガイは生まれながらにして人の心を読むことが出来る特殊な力を持っている。
そのせいで色々と苦労したそうだ。
心を読めるということは相手の気持ちを考えて行動できると言うことである。
自分でも面倒くさい性格だと思っているマコトにとって、ガイの優しさに何度救われたことか数えきれない。
彼に会いたい。
真道歩駆じゃないが愛する者が側にいない、というのはこんなにも辛いことなのかとマコトは痛感した。
「……誰?」
背後に人を気配を感じでマコトは振り返る。
口にタバコを加えた一人の男がそこに立っていた。
この基地に所属している軍人なのか、服の階級章を見るに高い位の人間である。
しかし、その風貌や佇まいはとても正規の軍人とは思えない容姿をしていた。
「それはこちらが聞きたい。お前、ネオIDEALか?」
男はマコトに近付くと、まだ火の着いたタバコをマコトの眼前にちらつかせた。
「たしか、ネオIDEALは指名手配中のはずだ。なのに何故、お前らが統連軍の基地でのんびりと補給だ?」
「は、はぁ? そんなの知らないわよ……て言うかタバコどけないよ!」
「どんな手品を使った? 俺の部下がお前たちに取られた。出来の悪い奴だが、お前らのような奴にくれてやるわけにはいかない……お前、どこかで」
「知らないって言ってんでしょ!」
異様に迫られたマコトは男が突き飛ばしすとタバコが何処かへ飛んでいった。
鋭い殺気を隠さない男に警戒する。
「大佐ぁ!!」
遠くから女の呼び声。
走ってきたのはホムラだ。
「どうされたのですか大佐?」
「…………何でもない。それより少尉、本当に行く気なのか?」
「もちろんです。憧れのゴーアルターと真道歩駆からイロイロと戦いを学ぶつもりです」
「そうか」
男は新しいタバコに火を着けて吸い始める。
「何なの一体?」
「すいませんサナナギさん。大佐は顔は怖いですけど悪い人じゃないんです」
「一言余計だぞ少尉」
「も、申し訳ありません!」
頭を下げるホムラを小突くと男はマコトを睨み煙を吐いた。
「……何よ?」
「俺はゴウ……ゴウ・ツキカゲだ。覚えておけ、ネオIDEAL」
そう言って男は踵を返して立ち去った。
「ツキ……カゲ? まさか」
マコトの中で悩みの種がまた一つ増えたようだった。





