chapter.34 向かうべき場所
「…………れ……礼奈を…………返せ……っ!?」
手を伸ばす歩駆だったが、目覚めたその前に現れたのは照明と天井だけだった。
空を掴む虚しさで強く握りしめた拳をベッドに振り下ろす。
「居たんだよ……礼奈がそこに」
悔しさのあまり両目に涙を浮かべで顔を覆う歩駆。
確かにあの時、歩駆は礼奈を感じ取ることが出来たのだ。
未来の世界で待たせてしまった彼女に会いたい、その思いが歩駆を目覚めさせたのだ。
閉じ込められたガラスを蹴破って行く手を阻む職員をなぎ倒すと白衣を奪う。
何かに導かれるまま格納庫に到着すると適当なSVを奪って出撃した。
そこで目にしたのは巨大なSVの中から礼奈を掴む黒い《Gアーク》の姿だ。
歩駆は捨て身の覚悟で《Gアーク》に突撃するも目の前から来る光の刃を避けきれず機体は撃墜される。
結果、無意味な特攻という無様なオチだった。
「ねぇ、入るわよ」
コンコン、とノックと共に扉が開くと二人の女が歩駆の部屋に入ってくる。
一人は車椅子の老婆。もう一人は十代ぐらいの眼鏡の少女だ。
「三日も寝たきりで、やっと自分一人で起きたようね」
「……ここはどこだ。誰だ、あんたら?」
「ここはマダム・リュウカの私設ジャイロスフィア・セレーネ。そして私の名前は真薙真。赤いSVのパイロットって言ったらわかる?」
「赤い…………?!」
歩駆の脳裏に戦いの光景がフラッシュバックする。
次の瞬間、突発的に歩駆はマコトに飛びかかっていた。マコトは避けようとして部屋から退散するも歩駆は追い掛ける。
「ちょっ……女の子相手にそういうことをする!?」
「あぁそうだ! 殺す気で来た相手にはなッ!!」
風を切る鋭い歩駆の突きが、マコトの髪を掠めた。
圧倒的な力を見せつけられ自分を殺した赤いSVのパイロット。
我を忘れて歩駆は容赦のなく攻撃を続け、マコトの壁際に追いやる。
「負けた相手が偉そうに!」
「俺は不死身だ。死なない限りは負けじゃないっ!」
「なんかそういう考え、ムカつく!」
マコトの蹴り上げた爪先が歩駆の鳩尾に思いきり入った。
激しい吐き気と痛みに歩駆が床に崩れ去る。
「か……はっ……」
「ご、ごめん?!」
それを見てマコトは少しやり過ぎてしまったと反省し、心配そうに歩駆へ駆け寄る。
「大丈夫? そんなつもりじゃなかったの。話を聞いて」
「……っ!」
覗き込むマコトの隙を突こうと腹を押さえている拳を握った歩駆。殴りかかろうと手を引いた瞬間、車椅子を降りて近付いてきた老婆のか細い腕に捕まれてしまった 。
「織田さん?!」
「歩駆さん……マコトさん。これ以上、貴方達が争う必要はないのです!」
「何をするんだよアンタ?! 離せ!」
「離しません!! 貴方の手は暴力を奮うためにあるんじゃない、渚礼奈を取り戻すためにあるものでしょう?!」
老婆、織田竜華に諭された歩駆は血の滲むほど握り締めた自分の掌を開いた。
「アイツが連れていった。礼奈を……」
「それは私も見た。助けたいんでしょう? 私も協力する」
自分に敵意は無いとマコトはそっと歩駆に手を差し伸べる。
「しかし、俺が……」
俯く歩駆の顔に竜華は手を添え上を向かせて見つめ合う。
「ねぇ歩駆さん、貴方は昔から他人に協力してもらうことを拒んで全部、一人でやろうとする。貴方は一人じゃない、もっと私たちを頼ってください」
優しく落ち着かせるように竜華が歩駆に語りかける。
「……俺は無力なんだ。俺に力がないばかりに礼奈を」
「でも、貴方は一度取り戻したじゃありませんか? 貴方なら出来ますよ歩駆様」
微笑む年老いた竜華を見て歩駆は昔の、冥王星での決戦を思い出した。
もう一人の自分、模造者のアルクが操る《ゴーアルター》との戦い。
歩駆は、当時の年齢は一つ下だった十六歳の織田竜華が自分のために設計してくれた超弩級SV《ノアGアーク》で冥王星のアルクと《ゴーアルター》に挑んだ。
「り、竜華……なのかアンタ?」
「ふふ、やっと気付いてくれましたね」
嬉しさのあまり竜華は目に涙を浮かべる。笑った顔がどことなく当時の面影があった。
「すいません、もっと私がしっかりしていれば月に、礼奈さんを奪われるようなことにはならなかった」
「奪う……そうだ、あの傷の男だ。アイツが礼奈を拐った! おい、赤いSVのパイロット、アイツを知っているんだろ?!」
起き上がる歩駆はマコトに迫る。
マコトの《ゴッドグレイツ》に倒される直前に現れたSVのパイロット。ヘルメットから覗く左目には縦に傷があり、男の独特な喋り方に歩駆は聞き覚えがあった。
「傷の、ガイのこと? 傷って……今のガイに傷なんて」
「ガイ? アイツはヤマダ・アラシだ」
「ヤマダ……シアラじゃなくて?」
全く話が噛み合わない。お互い頭の中に浮かんでいる人物が食い違っていた。
「おやおや、救世主ともあろう方々が廊下で揉め事ですか?」
ニヤニヤとした表情で三人の間にいきなり現れた青年、イザ・エヒトだ。
「マダムも、車椅子を放り出して床に座るだなんて、こんなところをアンヌに見られたら僕が殴り飛ばされそうになりますよ。ささ、どうぞ」
「あ、ありがとうイザ」
竜華の身体を軽々と持ち上げて、イザは彼女を車椅子に座らせる。
「さて真道歩駆。レーナ様こと渚礼奈と傷の男の行方は一先ず置いておきましょう。まずは人類同士の争いを止めることが先決なのです」
「は? 置いておけるわけないだろ!」
「向こうが攻めてくる限り、こちらの邪魔になりえます。ならば先に問題を解決した方が探すのにも苦労はかからない。違いますか?」
「……」
イザの勢いに押され肯定も否定もせず黙る歩駆。
「あなた、先に出撃した癖にどこに隠れてわけ? その割りに随分と偉そうに」
割り込んでマコトが歩駆の代わりにイザへ反論する。
「いや、お恥ずかしい。流石に敵のエース相手に僕の尾張Ⅹ式じゃ力不足でしたよ。機体が万全でありさえすれば渚礼奈を救いたかった」
イザはわざとらしく膝を叩いた。
「そもそも月の厳重な場所で隔離されていた礼奈さんが何でSVの中に……」
「不死である渚礼奈の力が源となり、あの巨大SVを動かしていたのでしょう。彼女はゴーアルターに認められた“特別な女性”ですからね」
「じゃあ、礼奈さんはまだ月に利用される可能性があるってことじゃない」
と、マコトが言う。
礼奈は《ガイザンゴウ》の中にいた。現在、アンヌが鹵獲した《ガイザンゴウ》を解析している最中である。
「俺にゴーアルターの力さえあれば」
「月の連中もゴーアルターの居場所を特定することはできないでしょう。そもそもゴーアルターに手を出すことができる手段はゴッドグレイツか……ソウルダウトぐらいでしょうね」
「いやに饒舌ねイザ。何か妙案でもあるの?」
「えぇマダム。もうすぐ来ますよ」
イザは不敵に笑った。
◇◆◇◆◇
それから数時間後。
一隻の戦艦がジャイロスフィア・セレーネに到着する。
ホワイトを基調としたトリコロールのカラーリングをした宇宙遊撃機動戦艦。
ヤマダ・シアラの《イデアル》だった。





