chapter.29 動き出した計画
「敵機確認……SV8機、戦艦二隻。数が多い……やれるのかしら?」
全身にコードが張り巡らされた分厚いパイロットスーツを着込むマナミ・アイゼンは、レーダーの機影を眺めながら心配そうに呟いた。
コクピットを包み込む360度モニターの映像にも、宇宙空間に整列する地球統合連合軍の部隊が映し出されていた。
『それとても息苦しいと思うけど、データを取るためなんだ。完成する頃には君に似合いのウェアをプレゼントするよ』
耳元のスピーカーから甘い声で囁くのは織田ユーリ・ヴァールハイト。後方の輸送艦から通信している。
『ほか《ソウルダウト》も見ている。君が選ばれるために力を示すんだ』
敵部隊との中間地点に銀色の巨大な“剣”が静かに佇んでいる。これから《ソウルダウト》を巡って戦いが始まるというのに微動だにしない。
「あの、私なんかで本当にいいんでしょうか? こんな新型、私にはとても……ガイ教官の方が適任だと思います」
『君が良いのさ。月面統括防衛騎士団ルナティクスのリーダーである君に託したい』
「でも」
『君は散っていった仲間の為に力が欲しいんだろう?』
「え、えぇ……」
『見たまえ、あの醜い姿をした地球のマシンを。力だけを求めた邪悪な兵器を』
マナミの前に立ちはだかる重装甲の大型SV軍団。アニメや漫画のヒーローロボット然としたデザインのSVが、こちらを見て攻撃の姿勢を取る。
防衛騎士団の多くは地球の《Dアルター》に破れて命を落とした、マナミにとって憎き相手なのだ。
『正しい力を持った君とそのSVで打ち砕いて欲しい。頑張ってくれ、君にしか出来ないことだ』
そう言ってユーリからの通信は終了する。彼女の励ます言葉にマナミは不思議と勇気が湧いてくる気がした。
マコトたちには悪いがマナミはユーリ社長を、防衛騎士団のリーダーとして月を裏切ることは出来なかった。
「私なら……やれる。やって見せます」
心の中で何度も強く念じ、弱気な自分を吹き飛ばす。
「レイナーセーフティモード解除、エネルギー……充填開始」
コンソールのタッチパネルから武装の安全装置を外すと、一瞬だけコクピットの明かりが消えて照明が省電力に切り替わった。マナミの視線移動で照準は敵機体の全部に合わさる。
「マナミ・アイゼン。ガイザンゴウ、行きます!」
全長約40mの《Dアルター》の倍以上ある体躯を揺らしながら《ガイザンゴウ》は、全身にある瞳を模した発射口を敵機に狙いを定めてレーザーを一斉に吐き出した。
◆◇◆◇◆
午前十時、マコトの部屋。
机の上の置かれた目覚まし時計が、やかましく震えながらベルを鳴らし続ける。
時計は止めないかぎり音のテンポを上げ、不快な煩さを増していく。
毛布にくるまったマコトはベッドから届く範囲の物を投げつけた。
ガシャン、と言う音と共に机から落ちた時計からは電池が飛び出し、けたたましく鳴り響いていたベルは余韻を残して静まった。
「………………あれ」
寝ぼけ眼で部屋を見渡す。
いつもの変わらない部屋の風景が広がっている。
久し振りにたっぷりと熟睡することが出来たのだが、マコトは何か違和感を感じる。
いつも眠りを妨げてきた“夢”を見ていなかった。
「渚礼奈は救われた?」
月の女神レーナこと渚礼奈。
未来の世界で目覚めたマコトに助けを求める彼女の声は聞こえて来ない。
だが、渚礼奈本人を直接見るまでマコトは安心できないのだ。
マコトは寝巻きから普段着の制服に着替えると、備え付きの冷蔵庫から適当に食料を口に詰め込んで部屋を飛び出した。
◇◆◇◆◇
案の定、と言うかわかっていたことだが渚礼奈の居る特別ルームへは入るには、ガイとユーリ本人たちが鍵となって扉が開く仕組みになっている。
マコトは扉の前で警備員に抗議して、どうにか中に入ることは出来ないかと粘って交渉をし続けたが門前払いを食らってしまった。
「もう意味わかんない! ただ渚礼奈の安否を確認したいだけじゃん! 大丈夫なのか、何か大変なことが起きてるのか、それすら教えてくないとかってさ-」
時刻は正午になろうとしている。
昼休みの格納庫、コンテナの上でSVを眺める二人の少女。
紙パックジュースのストローをイライラしながら噛むマコトは隣に座るジェシカに言った。
「ゴッドグレイツで無理矢理にでも連れ出すか、それともあの会社ビルをぶっ壊すか……?」
「大胆だねえマコちゃん。流石は月の反逆者」
「まだ予定ね。でもアンヌちゃんから連絡が来たら直ぐに出てってやるんだから」
和気あいあいと離反計画をシミュレートする二人。
その立案者であるアンヌがタイミングを見計らいマコトたちに指示を送って行動に移すと言う算段だが、あの会食から数日が経つも未だに連絡はない。
「そういやマミさん最近見ないけど?」
会食で一人だけアンヌの計画に不参加を決めた月騎士団のリーダーであるマナミ・アイゼン。
マコトは計画を知った口封じにアンヌがマナミを監禁しているのではないか、と思ってしまった。
「あぁ、社長に呼び出されたって。なんでも新型機の起動実験に立ち会ってるみたいなのよ」
「新型?」
「なんか極秘らしくてね、ウチの先輩どもが何人か関わってるみたいなんだけど詳しいことは何も教えてくれないの。まぁウチはマコちゃんの専属メカニックだから、興味ないもんね」
本当はとても気になっているジェシカだった。
「戦力の増強ってことなのかしらね。これからの戦いに備えて」
「でもマコちゃん、本当にウチの社長がそんなもっと大きな戦争を起こそうなんてするんかな? 姉妹喧嘩で拗れてるってことなら仲直りは出来ないの?」
「さぁ……家族の問題って他人がどうこうできることじゃないからね」
寂しそうに語るマコト。
SV嫌い母親の反対を押しきって死んだ父と同じパイロットの道を選んだことに後悔はない。
あるとするなら一人きりにさせてしまった母に謝りたいことだけだが、この時代に来てしまった今となっては叶わぬ願いだ。確認することすらも怖かった。
「……お前らサボりかぁ?」
マコトとジェシカは突然、間に入り込んできた者の両腕で肩を捕まれる。
整備士の作業服が見えることから関係者だろうが、その痩せてシワのある手、しゃがれ声の女性で整備士の人物にマコトは覚えがなかった。
「ま、ママ!? どうしてここに?! 」
ジェシカは思ってもいなかった人物の登場に目を見開き驚いて声が裏返る。
「実は結構前から体調が良くなってたから復帰した。サプライズって奴ね」
「ジェシカのママ……ていうことは」
「久しぶりだねぇマコっちゃん」
初老の女性は半世紀ぶりに会った親友に向けて満面の笑みで抱きついた。
「本当にマコっちゃんだねぇ、あらぁ……ジェシーから聞いてはいたけど全然、見た目が昔と変わってないわ」
「イイちゃんは、当たり前だけど老けたね」
ナカライ・ヨシカ。
マコトの同級生でSVの開発や設計などを学ぶメカニック科の生徒であった。
パイロット科のマコトとは科目が違うが、入学して直ぐに仲良くなった数少ない友達の一人だ。
今は月整備士協会の名誉顧問と言う肩書きを持つ。
「当たり前でしょ。これでも苦労したんだから」
派手なギャル風ファッションやメイクは娘のジェシカに受け継がれ、今のヨシカ本人は年相応の女性と言った感じだ。
「もうママったら嬉しそう。でも今のマコちゃんは私の親友なの!」
「いいじゃんジェシー。なんか色々と上が企んでるんしょ? 一人でも仲間は多い方がいい」
「駄目! 私が頑張るんだからママは黙ってみてて」
新旧の親友親子に挟まれてマコトの取り合いが始まる。
左へ右へ引っ張られていると、何処からか電子音のメロディが流れ出す。
それはマコトの服の胸ポケットから鳴り響く携帯電話だ。
「一旦ストップ!! ……アンヌちゃんからだ、もしもし」
『私よ、不味いことになったわ』
「不味いこと?」
『くそユーリめ、どういうつもりなのかしら?』
声の主、アンヌ・O・ヴァールハイトはとても焦ったように言う。
「何があったの? もしかして計画がバレたとか?」
『わからない。でも、それよりも大変なことよ……月が、地球と和解した』





