chapter.19 夢見る少女が救いたい
時は、歩駆と《ゴーアルター》が地球に帰還した直後まで遡る。
もう一つのexSVに選ばれし少女、真薙真の物語は月から始まる。
◇◆◇◆◇
長い眠りから目覚めたマコトが最初に目にしたのは電源がオフになっている何も映っていない全周囲ディスプレイだった。
計器やスイッチの類いがほとんどなく最低限の操縦レバーしかない広めの空間、心地よい暖かみを感じる体にフィットした座席シート。
おぼろ気ながらおもいだす。ここは見慣れた自分の愛機である《ゴッドグレイツ》のコクピットだった。
(…………えーと、なんだっけ?)
さっきまで夢を見ていたはずなのに内容が思い出せない。それなのに不安と消失感に襲われ、眼鏡の下から目を擦った手の甲は涙で大量に濡れていた。
「暗い。開けられないの? ここのはずなのに」
記憶を便りにコクピットの外へ出るため、壁に埋め込まれたハッチの緊急開閉レバーを何度も引いてみるが反応がない。
しばらく唖然としていると突然、開いたハッチから溢れる光にマコトは眩しさで目を細めた。
「……いい夢は見れたかよ、お姫様?」
開け放たれた隙間から、ヒョイと顔を覗かせる者。左目に傷跡のある男がマコトに向けて微笑みかける。
「ガイならわかるんじゃないの? 私の考えてること」
マコトは男の名を自然と呼んだ。ごく当たり前な会話のに、彼と話すのはとても懐かしく思えた。
「それがよぉ……お前の心を読もうとすると二人に邪魔されるんだよ。オッサンが俺に娘をくれないのはわかるが、アイツは関係ないだろうに」
やれやれ、とガイと呼ばれた傷の男は肩を竦めてみせる。
視線の先はコクピットの天上にある目玉のような半透明の球体。一瞬、二回ほど青と赤の色が点滅した。
「ふふ、なにそれ?」
その言葉にマコトは泣き腫らした顔で思わず吹き出しそうになった。
ガイは生まれながらにして人の心を読む特殊な力を持つ。
この《ゴッドグレイツ》の中にはマコトの大切な人が“二人”存在しているのだ。
マコトを見守る“二人”に対してガイは恨めしそうに装甲をコンコンと叩く。
「夢は叶えるものだよ」
シートからゆっくり立ち、マコトはガイの元へ手を伸ばした。
確りとした握り締められる手と手。
大好きな父に似ている、大きくて優しく力強い手だ。
愛する者の手。なのに一瞬、マコトは何か不思議な違和感を覚える。
この感じは前にも一度だけあったことなのだが、あの時の──ガイの心の中に触れた──感覚は今のマコトにはない。
マコトは訝しげにガイの手を見詰めて、何度も感触を確かめる。
「……どうしたマコト?」
「本当にガイ……で、いいんだよね?」
「当たり前だ。俺はお前と、お前の夢を守る……遅くなったな」
傷の無い右目から涙を潤ませるガイは、再会の喜びにうち震えてマコトを抱き締めた。
急なことにマコトは驚いて体をビクつかせるが、ガイの反応を見て抵抗はしなかった。
「良かった……本当に良かった」
声を震わせるガイ。一見、飢えた狼のように鋭い雰囲気を醸し出す男であるが、人を思いやる気持ちを持つ優しい人間であるとマコトは知っている。
ただの杞憂なのかもしれない、と心の中で疑ったことを反省しマコトはガイの頭をそっと撫でた。
「私のこと、ちゃんと守ってよね。ガイ」
「あぁ、約束する」
見つめあい微笑む二人。
しばらくして抱き合うのを止め、マコトはガイに手を引かれて《ゴッドグレイツ》の外へ出た。
◆◇◆◇◆
マコトが目にしたのは無機質な白いの壁に覆われた空間であった。
「ゴッドグレイツ改造した? なんか……ちょっと違う気がする」
とても広く巨大な部屋の中心に《ゴッドグレイツ》がそびえ立ち、見たこともない機械やケーブルが周りを纏まり囲っている。
頭部から出てきたマコトはぐるりと愛機の姿を見渡す。
燃え盛る炎を具現化したような姿を持つ真紅の魔神。
その全長は約25メートルの巨体で、一般的な量産SVの倍以上のサイズである。
マコトの記憶の中では《ゴッドグレイツ》はどっしりとしてマッシブな雄々しい体躯をしていたはずだったが、記憶よりも装甲の厚みが減って手足が細く見えた。
実際、マコトの位置からは見えないが今の《ゴッドグレイツ》はマコトが搭乗していた時よりもスラリとしたフォルムで女性的だった。
「そうか、まあ覚えてないだろうな。あの時、マコトは暴走状態にあったからな。クロス・トウコと《慈愛の女神》に感謝しろよ」
マコトが真下を覗くと足元で数人の男女が何か話をしている。どれも知らない顔ばかりだが一人だけマコトは気になる人物を発見した。
「……あっ!? ガイさーん、どうですかぁー?」
こちらに気付いた少女が声が響いた。何かの制服のような格好だらけの中で一人だけ、上下繋ぎの整備士らしき作業服の少女。
整備士少女は《ゴッドグレイツ》を拘束するハンガーに付けられたタラップを駆け昇り、こちらにやって来た。
「あぁ、間違いなくマコトだよ」
「え……もしかしてイイちゃん? イイちゃんなの?」
日焼けした肌、金髪は髪、整備士の服装とミスマッチなギャルメイクの少女は──と言うには少し大人びた印象ではあるが──マコトの同級生ナカライ・ヨシカにそっくりだった。
「イイ? 誰のこと?」
「マコト、コイツはヨシカじゃない。ヨシカの娘だ」
「はぁ……娘ぇ?!」
ショックを受けるマコト。事態が上手く飲み込めない。
「いやいやいや、だって私と同級生だしイイちゃんは。こ、こんな大きな娘いたらオカシイでしょうが!?」
指で必死に計算するが何度試しても合わないのは当たり前だった。
「マコト、今西暦何年だと思う?」
「えぇ? だって今年は、えーっと2058……もしかして59年だよね?」
「ガイさん……この子、大丈夫なの? それとも当時流行ったギャグなの?」
「医者呼んであるよな? 見てもらった方がいい」
こそこそと話すガイとギャル整備士にマコトはバカにされたと思って顔を膨らませる。
「でも、だってどう見てもイイちゃんに……似てる…………あれぇ……ぇ?」
急にマコトは足元に力が入らなくなり、その場でへたり込んでしまう。父の形見の眼鏡を掛けているの目の前がぼやけて見えた。
「おい大丈夫か、マコト?! ジェシカ、下にいる医療班を急いで呼んで来てくれ!」
「うん、待ってて!」
「ら……らいじょうぶ……らから……がいぃ、いいちゃ……」
呂律が回らなくなるマコト。
次第に目の前が真っ暗になった。
ガイやジェシカと呼ばれる少女、その他大勢の騒がしい声だけが聞こえはするが内容が頭に入ってこない。
指の一本も動かせず、誰かに持ち上げられ体がと浮かぶと何かに乗せられる感覚があった。
遠くでガイの叫び声が聞こえる。
言葉は耳から耳へと通り抜けてしまうが、自分のために必死なっているのが伝わってきた。
段々と朦朧とした意識も薄れていきマコトは夢の中に落ちていった。
その時、マコトは声を聞いた。
◆◇◆◇◆
──……ますか……私の……聞こえますか?
『貴方は誰なの?』
──声が聞こえ……助けて……ください。
『助ける? 助けるって何を、何から?』
───……を……あげて……救って……。
『待って、まだ消えないで! 貴方、近くにいるの?!』
───…………。





