chapter.18 真道歩駆は救えない
「歩駆ちゃん上から来るわ、気を付けて!!」
「下からも来てんだよッ!」
歩駆たち《Dアルター》に襲い掛かる月の《Gアーク・ストライク》は予想以上の強さだった。
これまで地球で戦ってきた虫型の《フライヴ》よりも機動力が高く、何より統率の取れた動きにより翻弄されている。
「ここは中立スフィアなんですよ?! なのにどうして……きゃあっ!」
肩部に当たったビーム砲の衝撃で揺れる《Dアルター》のコクピット。
厚い装甲と電磁バリアーのお陰で相手の攻撃に耐えることは何とか出来ているが、こちらからの攻撃は全くと言っていいほど当たらない。
「おかしい、何でだ? どうして避けられる?!」
手から放たれる《Dアルター》のプラズマレーザーを《Gアーク・ストライク》に標準を定めて狙い打つ。直撃しようとする瞬間その場から姿が消えたように位置がズレて、プラズマレーザーは宇宙の彼方へ飛んでいった。
「分身……残像?」
「お、恐らくあの機体に纏っているオーラのようなモノが、レーダーをも狂わせているんだと思います。ここ、敵の識別マーカーがブレてません?」
イツキが指摘するが歩駆はもちろんわかっていた。
レーダーに頼らずとも歩駆の目には敵機を通してパイロットの生命力を感じ取れる。だが、位置の予測はついても攻撃を当てられないのだ。
特に指揮官機らしい赤い肩の《Gアーク・ストライク》は別格で、的確に攻撃を当ててくる。
とても強く、燃える炎のような精神力を歩駆は見た。
「歩駆ちゃん、あのSVはTTインダストリアルの技術の粋を尽くして設計された機体なの。月の技術は地球のSVより遥か先を行ってる。まともにやりあうのは」
「ここまで来たんだ! ゴーアルターなんか無くったってやれる……やらなきゃ」
意固地になる歩駆はイツキとココロの言葉などに耳を傾けない。
やたらめったらレーザーを撃ちまくる《Dアルター》だったが、焦りは攻撃を精度を下げ無駄撃ちに終わる。
「ストップよ! エネルギーが少ないわ、もっと落ち着こ歩駆ちゃん!」
強制的にレーザー攻撃をキャンセルさるココロだったが、歩駆は《Dアルター》を前に加速させて《Gアーク・ストライク》のリーダー機に突撃を仕掛けた。
「早く! もっと速く!!」
相手に追い付こうとスラスターの出力を全開にさせて飛び掛かるも、振りかぶって殴る拳は空を切る。
コクピットでは一般人のイツキが喚きながら歩駆のシートへ必死にしがみついて、体に掛かるGに耐えていた。
ココロの忠告を無視した結果、エネルギーは僅かとなり速度が落ちて《Gアーク・ストライク》に背後を取られる。避ける暇もなく《Dアルター》は勢いよく蹴り飛ばされ《Dアルター》を岩礁に叩き落とされた。
ぶつかった衝撃で操縦する歩駆の前に放り出されるイツキ。彼女の体を起こそうとして歩駆はイツキと一瞬だけ目が合う。
眼鏡の奥で潤む瞳。歩駆はイツキから礼奈の面影を見て、操縦桿を握る手が緩んだ。
『負けているようだね』
窮地を前に《戦艦イデアル》のヤマダ・シアラから通信が入る。
『いち早く危機を察知して出撃するなんて偉いさんだァ? それとも、家出の途中でトラブルかァ?』
「うるせぇ! 気が散るから出てけよ!?」
『何のために君の《Dアルター》にネオダイナムドライブを搭載していると思っているんだァ?』
搭乗者の精神エネルギーを機体の動力に変換する特殊エンジン・ダイナムドライブ。
それは宇宙生命体イミテイトの核から製造される半永久機関であり、純正品は《ゴーアルター》など特別な機体にのみ与えられ、一部の量産機には機能を解析して作られた疑似ドライブが搭載している。
しかし、歩駆の《Dアルター》はシアラによって改良された純正ダイナムドライブの力を発揮させず、内部電源のみで戦っていたのだ。
「歩駆ちゃん、このままじゃ……囲まれてるし」
『君にならやれるさァ。主人公らしいところ見せ付けてやらなきゃァ!』
「くっ……! お前の指図は受けない」
と、強がり言う歩駆だったが実際はダイナムドライブの力を使わないのではなく、使えなかったのだ。
歩駆の中にある葛藤が《Dアルター》へ勝手にリミッターをかけてしまい、本来なら出せるべき力を出せないでいる。
「……ゴーアルターさえあれば、礼奈を…………」
心が迷い疲弊する歩駆の《Dアルター》の周囲を《Gアーク・ストライク》が取り囲んでいた。
絶体絶命の状況にすがるのは自分で否定した《ゴーアルター》である。
だが、そこへ現れたのは《ゴーアルター》ではなかった。
遠距離から降り注ぐレーザーの砲撃が《Gアーク・ストライク》を陣形を崩す。
『大丈夫ですか歩駆さん! ミナミノ少尉、助太刀に参りました!』
背中に大きな二門のキャノン砲を装備した赤い《Dアルター》と随伴機二体を連れてホムラが助けに現れた。
『……いいんですか隊長?』
『ウチら、ネオIDEAL一派を足止めしろって命令なんじゃ……』
『敵は中立スフィアを襲う月のSVだ、敵を間違えるんじゃない。行くぞっ!』
ミナミノ小隊は遠方から《Gアーク・ストライク》に攻撃を行い《Dアルター》から遠ざけ、注意を自分達に引き付ける。
『こちらの敵は私たちにお任せください!』
二機の《Gアーク・ストライク》を相手にホムラ小隊三機は突撃する。
残された歩駆の《Dアルター》は《Gアーク・ストライク》の指揮官機と対峙した。
『真道歩駆』
真正面の《Gアーク・ストライク》から男の声が喋りかける。
『期待外れでガッカリしている。俺が探していたのがこんな情けない男だなんて……』
「うるせぇ! 誰なんだよお前は?! 俺の何を知っている!?」
『何でもわかるぞ、お前の心は手に取るように。そして、お前からすれば俺は倒さなきゃいけない男であるということを』
謎の男は《Gアーク・ストライク》の胸部ハッチを開けて、コクピットから顔を出す。
ヘルメットのバイザー越しに見える男は左目に大きな傷を負っていた。
『俺はお前の女、渚礼奈を月へと拐った男だァ!』
歩駆は両手を広げて叫ぶ傷の男の顔を目に焼き付ける。
「拐った……だと?」
その最中、歩駆を縛る心のリミッターが外れ《Dアルター》の尽きかけていたエネルギーが急激に上昇する。沸々とたぎる怒りのパワーで許容量を越え、溢れだす余剰エネルギーが機体の各部スラスターなどから吹き出した。
「礼奈を、返せェェェェェェェェェェェェーッッ!!!!」
咆哮する歩駆。
光の塊となった《Dアルター》が、胸部装甲の上で仁王立ちをする傷の男の《Gアーク・ストライク》に迫り来る。
「お前がァァァァァァァーッッ!!」
『ふん、所詮は模造の機体で何が出来る……マコト!』
傷の男はその名を呼ぶ。
頭上より降臨するのは《Dアルター》の放つ光よりも眩しい炎を纏う《真紅の魔神》だ。
「邪魔を、するなッッ!!」
行く手を塞ぐ《真紅の魔神》に《Dアルター》は、突撃の勢いを止めず巨腕から溜め込んだエネルギーをパンチで叩き付けた。
その瞬間、閃光と爆発が辺りを包み込み、漂う岩石やSVの残骸は塵となって消える。
だが、手応えは無かった。
「な……何だと……ッ?!」
光が晴れ、元の暗い宇宙に残されたのは、腕が熱で溶けたように破壊されて全身、黒こげ状態なった歩駆の《Dアルター》だった。
傷の男の《Gアーク・ストライク》や《真紅の魔神》には傷一つ付いていない。
「…………あ……歩駆……ちゃ…………」
呻き声に歩駆はコクピットを振り返る。
そこには身体から火花を散らしてぐったりするココロの姿があった。
「そ、そんな……え」
歩駆の肩から腕にずり落ちる頭から眼鏡が膝に転がる。
イツキはうっすらと目を開けたままの状態で、呼吸もなくピクリとも動いていなかった。
「嘘、だろ? 俺が……は……あぁぁぁぁぁぁぁ……!」
身体を揺さぶるもイツキは反応を示さない。
自分の身勝手で無関係な人間を殺した、という現実に歩駆は錯乱状態に陥ってコクピットを抜け出す。
そこへ眼前にまで来ていた《真紅の魔神》の大きな掌が歩駆ごと《Dアルター》の頭部を掴む。
白い《Dアルター》の装甲が一瞬で赤く変化し表面が蕩けだす。
歩駆の意識は燃える宇宙の景色と共に消えた。
◇◆◇◆◇
「ターゲットの消滅を確認。これで渚礼奈さんは救われるんだよね、ガイ?」
後味の悪さを感じながら《真紅の魔神》こと《ゴッドグレイツ》のパイロット、サナナギ・マコトは言った。
「あぁ、彼女にかけられた不死の呪いはヤツが原因。でも、まだ機体が残っている。安心するのはまだ早いぞ」
ガイと呼ばれた《Gアーク・ストライク》に乗る傷の男は虚空を見詰める。
「だね。私達がやらなきゃだもんね? ここが未来の世界だからってやることは変わらないよ」
「頑張れよマコト。戦いを止められるのはゴッドグレイツだけだからよ」
「うんうん! それじゃ他の皆、撤収するよ!」
まだ敵と戦っている味方の《Gアーク・ストライク》に号令をかけて《ゴッドグレイツ》は月に向けて発進した。
「そう、ゴーアルターを倒せるのはゴッドグレイツだけ。でも、それだけじゃ足りないんだよなァ……少年よ、お前はまだまだ強くなれるぞ?」
不敵に笑うガイ。
視線の先には小さな一つの細胞が再生しようとしていた。





