chapter.17 過去を知る者
宇宙に浮かぶ駒型巨大建造物ジャイロスフィア。
地球を飛び出して数日後、歩駆たちがやって来たのは六基ある内の一つ、地球と月から一番遠くにあるジャイロスフィア・ミナヅキだ。
ミナヅキの管制室から着艦の許可を得て《戦艦イデアル》はドックに入港する。
「私は彼のところへ行っているわァ。キサラーギちゃんは少年を呼んできてちょうだい。場所はこの紙を渡しておく」
「変なとこ伸ばさないでください総監督! わかりました行ってきます」
組織のリーダーだと言うのに自分勝手で身勝手なシアラは、イツキに殴り書きのメモを無理矢理に渡して一足先に艦を降りてしまう。
言いようにコキ使われるイツキはトボトボと、ため息を吐きながら歩駆のいる部屋を訪れた。
「あ……歩駆……さーん?」
薄暗い暗い部屋にテレビモニターの明かりが一つ。足元にはロボットのイラストが付いたプラスチックケースや本が散乱している。
それは《ゴーアルター》のアニメだった。
「………誰だ?」
大型画面の前に歩駆とココロが並んで正座している。
歩駆は振り向きはせず横目でイツキを見る。画面にはスタッフロールが流れだしていてた。
「このあとの……これと……これと…………これです」
イツキは歩駆の隣に座り、画面の流れる文字に向かって指を差す。
【脚本 いつき】
【絵コンテ・演出 尾野崎溢希】
【監督 イツキオノサキ】
エンディングが終了し本編の再生が終わると、映像はホーム画面に戻った。
「名前が違うけど全部あなたなの?」
「はい。まぁちょっとした遊び心って感じでして」
「歩駆ちゃんね、嫌いだ面白くない言いながらずっとゴーアルターのアニメ見てるのよ。それでこの話のディスクだけはどうしてか繰り返して見続けてるの。何だか台詞覚えちゃったわよ」
暗視モードを解除し、部屋の電気を点けるココロは呆れながらに言う。
隣の歩駆は少し気持ちを整理して、イツキの顔をまじまじと見る。顔が似ているわけではないが、眼鏡の女性と言うだけで礼奈のこと一瞬思い出した。
「……えっ? あのっ…………面白くなかったですか?」
男性に免疫のないイツキは、至近距離で真っ直ぐ自分を見詰める歩駆に顔を赤らめ顔を背けた。
見た目には自分と一回りぐらい歳の離れた学ランの少年であると言うのに、歩駆が本物の《ゴーアルター》を操る不老不死の存在だと言うのがイツキには信じられなかった。
「いや、なんつーか……なんだろう。よくわからないんだ」
「は、はぁ……?」
「他のTVシリーズと違って、この短編作品だけ毛色が違うように感じる。三十分だけなのに…………良い意味で違和感って言うか、見応えがある」
回りくどい言い方で言葉を濁す歩駆。
「素直に面白かった、って言えばいいじゃん!」
「うん、まぁ……悪くなかったかな」
誉めているつもりだが、今の自身のスタンスからはゴーアルターのアニメを完全には肯定できなかった。
認めてしまうのが何故か怖かったのだ。
「で、何? 着いたの?」
「あ……はい、これを総監督から」
本来の目的を思い出し、イツキはスカートのポケットからシアラから貰ったメモを歩駆に差し出した。
「住所みたいね?」
「月まではすぐ目の前だ。あんなヤツの言うことを聞く必要はない」
歩駆は受け取ったメモをその場で破りゴミ箱へ捨てる。
「あぁ、なんてことを?!」
「機体を貰うぞ。俺は行くからな」
「待って歩駆ちゃん!? その前に会わせたい人が居るんだから、月はその後だよ!」
勝手に出ていこうとする歩駆をイツキは服の裾を掴んで引き留めた。
「ちょっと待ってくださいよ! 一人でそんな危険なことさせられませんよ! お姉さんが許しません!」
「俺の方が年上だっつーの、離せよ!」
引き剥がそうとするが、イツキは歩駆の腰にがっつり手を回して離さない。ココロも一緒になって手伝うがびくともしなかった。
「ならアンタは人質だ。このまま行く、離すんじゃねぇぞ?!」
「え……うわぁーっ!?」
「ひゃあー!?」
イツキとココロ体を掴まれたまま歩駆たち三人は艦の廊下を全力疾走する。
向かうは《Dアルター》の待つ格納庫だ。
◇◆◇◆◇
ジャイロスフィア・ミナヅキの商業スペースにあるショッピングモール。大通りの人で賑わうカフェに一人の青年がテラス席に座っていた。
その手に持ったオレンジジュースをストローでチビチビと飲むイザ・エヒトは眉間に皺を寄せていた。
「人工甘味料な上に氷で味も薄い、量は良くても三百円でこれはボッタクリですね」
天然果汁の百パーセント生搾りジュースとメニューには書いてあるが、これは嘘だも確信した。
テーブルにはジュースが注がれたグラスがもう一つ、水滴が底に溜まり温くなっている。イザは店員に文句の一つでも言ってやろうかと店の中を覗乞うとする。
「やァやァ! 待たせたね“神の使い”よ」
そこにやって来たのはサングラスをしたヤマダ・シアラだ。
「このグラサンかい? 一応、大人気アニメを作った有名人だから顔は隠さないとね。大騒ぎになるからさァ、ハッハッハッ!」
周りにバレたくない割りに声を張って豪快に目立っていた。
席に座るとシアラは温いオレンジジュースを一気に飲み干す。
「色々考え事をするときは糖分が必須だよね。うーん、美味しいわァ!」
「…………随分と馴れ馴れしいですけど、僕と貴方は何時からの知り合いですか」
ふざけるシアラを前にイザは真剣に顔で本題を切り出す。
「貴方のことはネットの記事で色々と見ました。プロパガンダアニメで人々を洗脳する教祖監督だって。内容は見ていませんけど」
「へぇ、そう言うアンチ的なのは見ないようにしてるから」
嘘である。本当は批判的な文章を書く記事や掲示板のコメントは業者に委託して徹底的に潰しにかかっている。
もちろん地球圏でシアラの作るアニメが世界的に評価されているのは事実ではあった。
「でも見てもいないのに批判するのは良くないなァ?」
「世間で言われている意見を述べたまでです。僕自信アニメには興味ありません。貴方です」
「愛の告白? キャァー! でもダメだよ、私は仕事一筋だからァ!」
わざとらしくシアラは照れてみせるがイザは無反応だ。
「前も少し話をしましたね。神の使い、僕の正体とは何か? 言っておきますが空想、ファンタジーの類いは無しでお願いしますよ。ヤマダ・シアラ……いえ、IDEALのヤマダ・アラシの遺伝子から作られたデザイナーベイビー」
イザの言葉にシアラの顔色が変わる。次の瞬間、シアラはグラスのストローを握ってイザの目に尖端を向けていた。
それと同時にジャイロスフィアが大きく揺れだし、何処かで爆発が起こった。
「何処まで知っているのさァ?」
「その質問は貴方にしているんですよ?」
シアラの腹部に硬いものか押し当てられる。拳銃を突き付けるイザは微笑む。
次第に大きくなる振動で非常警報が鳴り響き周囲の人々はパニックを起こしてショッピングモールは騒然となっていた。
「……外が騒がしい。場所を変えようかァ」
「そうですね。この辺で落ち着ける場所ってあります?」
◇◆◇◆◇
騒ぎに乗じてジャイロスフィアを脱出した歩駆たちの《Dアルター》だったが、目の前に現れた敵SV三機に囲まれていた。
「戻りましょう! こんなアニメじゃないんですから無理ですって! もしくは戦う意思はないって投降しましょうよ?!」
一人宇宙服を着て泣き叫ぶイツキは、歩駆の肩を掴んで揺さぶって必死に懇願するが聞き入れては貰えない。
一方、歩駆は先鋭的な敵SVのデザインに既視感を感じていた。
「あれはTTインダストリアルの新型SV、Gアーク・ストライクだよ。完成していたんだ」
それは歩駆が《ゴーアルター》を降り、その代わりに搭乗していた織田竜華製作のオーダーメイドSVである。
「なら絶対、戦っちゃ駄目ですよ? 駄目ですからね!?」
「会社の奴ならココロの知り合いじゃないのかよ? あれが迎えに来た奴等か?」
イツキを無視して歩駆はココロに質問する。
「違う。あれはココロたちとは関係ない、月の本社が作った新型だよ。マダムの設計図を盗んでね」
ココロは怒りを露にする。それは歩駆にとっても複雑だった。
時を経て、かつての愛機の量産型が歩駆の前に立ちはだかろうとしている。
「本当に戦うんですか?」
「相手はやる気みたいだ……来るぞッ!」
三機の《Gアーク・ストライク》はそれぞれ武器を構えて一斉に歩駆たちの《Dアルター》へ突撃した。





