chapter.13 時間の重さ
静寂の宇宙に漂流している岩石の上にSVサイズの巨大な剣が突き刺さっていた。
名を《ソウルダウト》と言う2015年に南極で発見されたSVの原型となる太古のマシン。
その機体から解析されたロストテクノロジーは人類の兵器開発においての技術力を飛躍的に発展させた。
しかし、それは《ソウルダウト》の持つ力の一端にしか過ぎない。
真の秘められた力は地球と月の人類が分かれて争う切っ掛けとなった。
これを手にし選ばれた者が、世界の理を思いのままに改変する神にも等しい力を得ると言う。
今、その《剣》の中には一人の少女が眠りについている。
名をシンドウ・マモリ。
神の作りし“デキソコナイ”の生命体、別種の生物を複製する模造者イミテイターから生まれしヒトモドキの少女。
だが、彼女に《剣》の真価を発揮させるだけの力は残されていない。
マモリは待っている。
自分が眠りから目覚めるとき、世界は理想に包まれていると。
地球は今日も青く、月は優しく輝く。
そこに住まう人類は……。
◆◇◆◇◆
渚礼奈を探すため奔走する真道歩駆だったが、行き当たりばったりで有益な手掛かりもなく未だ足取りを掴めないでいた。
謎の女、ヤマダ・シアラから礼奈の居場所を聞き出すために統合連合軍の秘密組織ネオIDEALの基地やって来た歩駆。
再び謎の《虫型SV》に襲撃されるが、ネオIDEALの《Dアルター豪》によって撃退。
その機体から現れたパイロット、全身が機械が覆われた体を持つ屈強な老人は歩駆とは因縁深い相手だった。
「思い出したか? 羨ましいぞ、お前は変わらないな」
歩駆の胸ぐらを掴む老人は睨むように見詰める。
白髪に深く刻まれた皺だらけの顔だが決して老け込んでいる訳ではなく、その瞳からは力強さを感じるほど若々しく生気に満ちていた。
「……楯野……ツルギ」
「そうだ、よくオレだと気付いた真道歩駆」
老人は不敵に笑う。
彼の名は楯野ツルギ。
かつて歩駆の住んでいた町にあった自衛隊に所属のSVパイロット。
歩駆が初めて搭乗した《ゴーアルター》による模造獣との戦闘で攻撃の巻き添えを食らい重傷を負う。
その事を恨んで以降、事あるごとに歩駆と《ゴーアルター》を執拗に狙うようになった。
しかし、彼が戦闘で失ったのは手足だけのはずなのを歩駆は知っている。
「何だァ知り合いかい? それなら話は早いよ、君達が入れば怖いものなんてない。月への侵攻作戦も百人力だねッ!」
ヤマダ・シアラは険悪な二人の間を割って入り、肩を組んで楽しげに言った。
「おい、今なんてった……侵攻作戦だ?」
「そそそそ! 名付けて“オペレーション・ムーンテイカー”だよ! 月を制圧して奴等より先にアレを見つけるのさァ!」
「そこじゃない! 君達って、俺もそれに参加しろっていうのか?! 冗談じゃないぞ! ゴーアルターは、俺はもう戦わない。お前たちだけで勝手にやってろよ!」
勝手に盛り上がるシアラに抗議する歩駆。
「貴様は今もゴーアルターの力を畏れているんだな」
横でツルギが鼻で笑う。ぼそっと呟いた一言が歩駆の癇に触った。
「……何っ?」
「戦う意味を、お前は何もわかっちゃいない」
「説明になってねーよ」
「お前では渚礼奈を救えない」
その言葉を出された瞬間、歩駆の拳がツルギに向けられた。
確実に顔面を狙って打ったはずだが、振りかぶった右手は誰もいない空を切る。
ツルギに右腕を掴まれ、歩駆の体は宙を浮いて地面に叩き付けられていた。
「目の前の相手に飛び付くだけの獣だな」
「この……っ!」
挑発に乗った歩駆がツルギへ襲いかかる。
見た目は老人のツルギに初めは手加減を、と思っていたが一発も当てるどころか掠りもしない。軽々とした身のこなしは正に武術の達人であった。
「この鋼鉄の身体は戦い続けるための、オレの覚悟だ。二度と負けないための」
「俺だって! ずっと、五十年近くも! 宇宙で! 敵の大軍と戦っていたんだぞ! たった一人でッ! 誰にも頼らずに! 一人でぇ!!」
「そうか……どうやら、お前の五十年は無駄だったようだな」
頭に血が上り、歩駆の動きが怒りで加速していく。
「それもこれもゴーアルターがあったからこそだ。機体の性能イコールお前の力などではない。御前は何もしちゃいない」
「うるさい! 黙れッ!!」
しかし、冷静さを欠いた歩駆が放つ攻撃は、いくら数を打とうともツルギには決して届かなかった。
「お前は生きながらに死んでいるも同然だ! 時間だけを無駄に長く重ねても、お前自身に積み重なった経験など何もないな!」
ツルギの手にエネルギーが溜まる。間合いを一瞬で詰め、懐に飛び込み掌を歩駆の腹部に押し付けて爆破させた。歩駆は吹き飛んで数十メートル先、建物の壁を二枚ぶち抜いた。
「おいおい。死んだわ少年」
普通の人間ならばバラバラの肉片となっているところだが、シアラが様子を見に近づくた瓦礫の中から五体満足で血の悔し涙を浮かべる歩駆を発見した。
そんなボロボロの歩駆をツルギは無理矢理、瓦礫から引っ張り上げた。
「お前が消えたあと、渚礼奈を守っていたのはオレだ」
「…………は……?」
「オレは月影瑠璃の命で、渚礼奈の事を狙う奴らからずっと守っていたのだ。彼女もお前と同じ不老不死らしいからな」
懐かしい名前が出る。
月影瑠璃。歩駆と共にIDEALで模造獣と戦った仲間の一人。
冥王星での決戦のあと消息を断ったと聞いた。
「ずっとお前のことを待っていた。不老不死のせいで普通の生活も出来ず、周りから隔離されて生きるしかなかったのだぞ」
礼奈の苦しむ姿をツルギは間近で見ていた。
かつては礼奈の命を狙ったこともあったツルギだが、居なくなった歩駆のために自分がどうにかしなければ、と哀しみに暮れる礼奈を救うことを決意した。
「今から三十年前、渚礼奈は連れ去られてしまった。オレも必死になったさ。が、一度死に、この女によって一命を取り止めた。オレは諦めなかった、今も諦めてない……なのにお前と来たら」
今の歩駆本人に不甲斐なさを感じ、ツルギは怒りを通り越して呆れている。
「……」
「少年んん、その顔は『それで三十年も礼奈を見つけられてないじゃん、お前ら何してたんだよー』って顔だなァ? もちろん、ずっと奴等を追跡していたんだよ。けど中々これが上手く行かなくってねぇ?」
シアラが歩駆をツルギから引き剥がし、腹に大穴が空いた学生服についた埃を払って、ハンカチでグシャグシャの顔を拭う。
「けど今どこに居るのかってのはちゃァんと把握しているんだよ。だから君に協力を養成しているんじゃないかァ?」
「…………つまり礼奈は」
「そうだ、彼女は月にいる。助けるのはお前だ、責任を果たせ」
二人から向けられる期待の眼差しに目を背ける歩駆。フラフラとした足取りで外に出ると空を見上げた。
雲一つない夕暮れの空に銀色の満月が浮かんでいる。
「あそこに礼奈がいる……」
月に手を伸ばす。
目的がはっきりした、今すぐにでも会いたかった。
そんか逸る気持ち抑えられず心の中で必死に念じても《ゴーアルター》は答えてはくれない。
歩駆は無力だった。





