chapter.12 自分にできること
誘われるがまま歩駆が車に乗せられること一時間が経過する。
トランクの中で気絶しているココロには悪いと思っている歩駆だったが、あのまま町でずっと一緒に待つだけなのも退屈だったので、これが何かしら先に進む要因になったと思えば幸いだ。
「つまりだね、ゴーアルターのアニメのお陰で今の統合連合軍の思想に軸ができ、世界が一つとなっているわけ。ゴーアルターを模して量産されたDアルターはその象徴なのよ……って聞いてるの君?」
しえらが運転しながらずっと早口で語っているが、彼女の言葉は歩駆の耳から通り抜けていった。
「礼奈……どこにいる?」
ぽつり、と風景を眺めて呟く歩駆。
そもそも歩駆とってココロは自分を拐った見ず知らぬのロボット少女で、信頼できる味方なんだはと感じていたわけではない。もちろん、だからと言ってしえら──改め、ヤマダ・シアラ──の方を信用しているわけじゃない。
「そう言えば最初に君の所へ向かわせたウチの“マスカレイドサービス”の一人、瀕死の重症なんだけど? 何で?」
「俺を襲った黒い仮面のか? 殺気放って、怪しい格好で出てくる方が悪い」
「それは……情報が上手く伝わってなかったみたいだね。丁重にお迎えしろって伝えたはずなんだけどなァ?」
誤魔化すように笑うシアラ。
歩駆の知る《ゴーアルター》を作った男と近しい名を持つ女だ。何か企みが有るのかもしれない、と疑った。
「さあ少年もうすぐ着くよん」
鼻歌を混じりのシアラが機嫌よく言う。
都心から離れて鬱蒼とした木々が立ち並ぶ山道を抜けた先、塀で囲まれ《警備用SV》が巡回する厳重な鋼鉄のゲートを潜っていく。
そこには大きな湖に浮かぶ人工島の巨大な建造物が天高くそびえ立っていた。
「元々はトヨトミインダストリーと言う会社があった場所を買い取ったのさァ。アニメスタジオ兼秘密基地なんてワクワクするだろう?!」
車を運転するシアラは目を輝かせてタワーを指差す。窓から見えるその建物の形に歩駆は見覚えがあった。
「IDEALの海上基地か……? でも小さい」
「ノンノン、これはネオIDEALベース。それが我が根城の名前さァ。最終的には軌道エレベーターにしていきたいとなァ、と考えている」
二人を乗せた車は車両専用の地下通路トンネルを通って、ネオIDEALベースへと進入する。所々、壁が透明な強化ガラスになっていて、時折、湖にする魚たちが泳ぐ姿が確認できた。
「地球に帰ってきたとき、どうして俺の居場所がわかった。仮面の奴らは何なんだ?」
高速で流れる壁の赤い照明を眺めなから後部座席に座る歩駆は質問する。
「あれはうちのエージェント。色んな仕事を請け負ってくれる実行部隊。これ以上は君でもシークレットだから教えられないよ?」
「お前、ヤマダ・シアラっつったな? あの博士、ヤマダ・アラシと関係があるのか?」
その名を出した途端、車は急停止する。シートベルトをしていなかったら前に投げ出されるほど急なブレーキだった。バックミラー越しに映るシアラの顔は怒りに満ちている。
「この手……実は足もなんだが、さっき見た通り生身じゃァない。シンケイガ死んでる状態で苦労したよ、口だけで義手を作ったのさァ。この義手のお陰でキャラ、メカ、背景の作画だって自分一人でもこなせる」
シアラは腕を後ろにやり手首を360度、回転させて歩駆に見せつけた。
「何かを作り出せるってのは才能だ。けど、それが沢山の人に指示される物を生めるのは一握りだ」
「誤魔化すなよ。俺が聞きたいのは何者だってこと、そして礼奈の居場所だ」
「口を開けば礼奈、礼奈。君は自分の考えはないのかい?」
運転席のシートを倒し、シアラは歩駆の方に身を乗り出して優しく頬を撫でる。
「君は、怯えてるのさァ……その礼奈とか言う人の為と言いながら、決定をその人に委ねて自分じゃ何も決められない弱虫さん」
吐息混じりの声で耳元で囁くシアラ。頬と頬が微かに触れるぐらい互いの顔が近い。
「お、俺はちゃんと自分で決めてる」
女性特有の甘い香りが耐性の無い歩駆の声を上擦らせた。
「その結果に満足してる? 最善の行動を取ったはずなのに、それが何時も裏目に出ることってない?」
迫るシアラは歩駆の腕を強引に取り、自分の左胸へ押さえつけるように当てる。早く脈打つ心臓の鼓動と豊満で柔らかな感触が歩駆の手に伝わる。突拍子もない突然のことに歩駆は声が出なかった。
「君が力を入れれば私をすぐに殺すことなんて可能だろう? 協力したくないのなら遠慮なく握り潰すがいい……さァ!」
そんな時、車内を揺らすトンネルの地響きが歩駆の体からシアラを放した。
「……邪魔が入ったね」
乱れた服装を正してシアラは運転席に戻る。
「これだけ、一つ言えることはある。私はヤマダ・アラシの敵だと言うこと。奴を倒すために君の力が欲しい」
車は出口に向けて加速した。上り坂を一気に飛び出し、車体の方向を反転させ停止する。降車した歩駆とシアラは空を見上げる。
薄黄色の膜が何度も波紋を打って衝撃を吸収している。虫の形をしたSVが基地のバリアを攻撃しているのだ。
その数は八。地上から《警備SV》が撃ち落とさんとライフルで狙うが、全く当たらず相手にもされていない。
「あれ、仮面の奴等の機体じゃないのか?」
「いいやァ? ウチのSVでは……私も知らない無いマシンだァ」
よく見ると歩駆が出合った《虫型SV》とは形状が微妙に違う。腰にある蜂のような丸い尾から飛び出る突起物を前に伸ばしバリアへ突撃する。
数機で固まり一点に集中攻撃。蓄積されたダメージはバリアに大きな穴を開け《虫型SV》の侵入を許した。
「来たぞ?!」
「大丈夫さァ。彼に任せる」
地上の歩駆たちを発見した《虫型SV》たちは集まって一斉に降下する。
『……戦いは最後まで気を抜かないことだ、羽虫ども!』
強烈な暴風が地面から吹き上がった。
上方へ舞い上がる《虫型SV》は自分たちが開けたバリアの穴から外へ追い出されてしまう。
そこには統連軍の量産型SVである《Dアルター》によく似た赤い鬼の面を付けた《漆黒のSV》が、いつの間にか《虫型SV》たちの中心に居た。
『滅』
隆々とした鋼の腕を広げると黒い光が《虫型SV》を包み込んでいく。
触れた瞬間に《虫型SV》のボディはひしゃげ、間接が折れ曲がり、小さく畳まれ圧縮されていった。
黒い光が《漆黒のSV》へ収縮されていくと、SVだった鉄の塊が地面にボトボト落ちる。
「さすがはマスカレイドサービスの隊長。生涯現役と豪語するだけあるね」
シアラは勝利を納めた《漆黒のSV》に向けて拍手する。
基地を覆うバリアが解除され《漆黒のSV》はゆっくりと歩駆たちの前に降りてきた。
「あの《豪》は軍で量産されているDアルターとは違う。禁断兵器である“グラヴィティミサイル”の技術をSVの動力に応用したマシン。まだまだ試作段階なんだが上手くいっているようだね」
『……その少年、真道歩駆なのか?』
低くしゃがれた声の男は驚いたように言う。胸の装甲が開かれ機体の中から屈強な体をした、またも仮面の人物が現れる。高さ20m近いSVの胸部から躊躇なく飛び降りてみせた。
「仮面はここの制服なのか?」
「彼等は本来、裏の実行部隊さァ。それが見られるなんてラッキーだね」
襲われて何が幸運なのか、歩駆はシアラを殴り飛ばしたい気分だった。
そんなことを考えていると突然、仮面の男が歩駆の胸ぐらを掴む。
『…………こうして近くでお前を見るのは、IDEALの侵攻作戦以来か……?』
「何にすんだよっ!」
抵抗する歩駆だったが、男の手は歩駆から全く離れないほど強い。歩駆は思いきり腕を振り払うと男の仮面を外れる。
シワだらけの皮膚に白髪の長髪の老人。だが、その鋭い眼光は飢えた獣のようにギラギラと輝き、歩駆を睨み付けていた。
そんな男の眼差しに歩駆は思い出したくもない過去の記憶が甦る。
◆◇◆◇◆
地球に戻ってきて数日。
この俺、真道歩駆に安らぎの時間なんて無かった。
俺はただ礼奈とか一緒に元の平穏な生活に戻りたいだけなんだ。
こんなアニメや漫画のような世界じゃない。
その為に俺が出来ることは……。





