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chapter.11 元凶の模造品

 基地内が慌ただしく動き回る中、イザは薄暗い営倉で小さな光を見詰め、ほくそ笑んでいた。


「んふ……計画通りポンコツが救世主の元へ行ったか」

 イザが手に持っている物は一見すると普通の靴に見える。それは底面がスライドして開き、小さな画面といくつかのボタンが付いた、まるでスパイ映画に出てくるような通信機であった。


「ボディチェックが甘いから発信器にも気付かない。全裸にするぐらい所持品は奪わないとね。僕が凶悪なテロリストでなくてよかった」

 高い位置にある小さな格子の隙間から外の様子を覗く。近くに人の気配は感じられない。こんなところに長居は無用だった。


「そろそろ、ここともお別れですな」

 靴型通信機に何かを入力すると、それをドアの壁に押し当てる。

 カチリ、とドアのロックが解除されて、上機嫌にイザは靴を履き直して営倉を出た。


「はたしてイザは無事、統連軍の基地から脱出できるのか……ご期待」



 ◆◇◆◇◆



 正午、昼食時の観光客で溢れ返る繁華街の中心。

 飲食店が立ち並ぶ休憩スペースのベンチに歩駆はグッタリと座っていた。


「おいもアイス、今話題なんだって!」

 歩駆の目の前に揚げたサツマイモチップが刺さった、紫色の大きなソフトクリームをココロから手渡される。値段は一つ980円もする豪華なソフトクリームだ。


「アンタも食うのか……?」

「当たり前でしょ。不老不死だって、機械の体だって食べ物は欲しい」

 帽子のウサ耳をピョコピョコさせながらウサミ・ココロはソフトクリームを一口で頬張った。その口元はクリームでベタベタになっている。


「……機械は生身じゃねぇだろ」

「私の体は有機物を消化してエネルギーを蓄えることができる。お姉さんオカワリ追加!」

 ハンカチで口を拭きながら得意げに言うココロは、レジの電子マネー読み込みパネルをペシペシと叩いた。

 歩駆がココロによって、基地から連れ去られて二日が経過。

 アンドロイド少女ココロに無理矢理、街のグルメやレジャー施設を朝から晩まで行ったり来たりして遊んでいる。

 その間、周囲を警戒するが黒仮面の男たちや統連軍の追っ手など自分を狙う敵の気配は特に感じられない。


「で、いつになったらトヨトミインダストリーに連れてってもらえるんだ?」

「向かえが来るまでもうちょっと待ってよね。あと今の会社名はTTインダストリアルね」

「呑気してる場合じゃないんだよ俺は。早く礼奈を探さなきゃ」

 焦る歩駆。本当ならば《ゴーアルター》で直ぐにでも飛んでいきたかったが、何故か《ゴーアルター》は歩駆の呼び声に答えない。そもそも《ゴーアルター》には二度と乗らないと決意したばかりだが、それが礼奈のためなら別である。

 しかし、今は無理なのでココロが会社に呼び掛けスペースシャトルの手配を行っているが中々、上手くいっていないとのこと。


「うちの旦那もね。貴方みたいにせっかちなところあったなぁ」

「結婚してんのかよ? ロボなのに」

「ロボ違う! ……もう亡くなったんだけどね。パイロットだったのよ、それはもうイケメンで“白薔薇の王子”なんて呼ばれてたこともあったっけ」

 鮮明に思い出す在りし日の思い出。

 戦闘で機械の全身が身体になってしまったココロを愛してくれた唯一の男性。

 時折、脳内で編集した思い出メモリーを流しては枕を冷却液で濡らす。


「なぁ何処にいるが情報だけくれればいい。駄目なのか?」

「マダムが貴方に会いたがってる……モグモグ、ペロリ」

「誰なんだよマダムって」

 五十年後の知らない女性より歩駆が会いたいのは礼奈だ。歩駆の苛立ちを他所にマイペースでソフトクリームを食べ続けるココロ。


「君がココロたちの仲間になってくれると助かるんだけどなぁ」

「……俺は、もう絶対に戦わない」

「そう言ったって君のSVは呼んでも来ないんでしょ? なら待つ。そしてココロに付き合ってよね」

「ガキじゃあるまいし、その手の趣味はない」

「学生服の君に言われたくないな!? それにココロこれでも未亡人なのよ?!」

 実年齢は六十歳オーバーの二人が子供のような言い合いをしていると、店の方でも何か揉め事が起きていた。


「ちょっとちょっと! 売り切れってどういうこと?! 数日振りに会社から抜け出して外にやってきたってのにィ!?」

 大きなサングラスに白いコートの女性は、怒りと悲しみが混ざった声で店員に食って掛かった。大袈裟すぎるリアクションに店の前を通る人たちにも注目されている。


「先程のお客様で最後になりまして、材料がもう……えーと他の物でしたら、そちらも当店の自慢ですよ?」

「おいもアイス食べたかったからここに来たのにさァ! 他じゃァダメなの!」

 見た目は二十代から三十代ぐらい、黙っていれば美人に見えるだろうその女性はジタバタとレジ前で駄々をこね始める。先程まで口喧嘩していた歩駆とココロだったが、奇妙な女性の振る舞いに自分達が恥ずかしくなった。


「あ、あのぉ……よかったら俺のをあげますよ。まだ食べてない、少し溶けたが」

 恐る恐る近づく歩駆は、まだ手をつけていないソフトクリームを女性に差し出した。


「ん? ……ほ、本当に? 本当にくれるのかァ?」

「やるよ。だから落ち着けって」

「…………あ、いや……ゴホン、すまないね? 私としたことが取り乱してしまった。釣りはいらない。取っておいて」

 溶けかけのソフトクリームを受け取った女性は、財布から出した一万円札を歩駆の制服の胸ポケットにねじ込んだ。

 念願の“おいもアイス”を手に入れ、サングラス越しの女性の目から涙が溢れる。


「うぅぅぅぅぅぅ……うまいッ! これなのよなァ、コレコレ!! レロレロレロ」

「よ、喜んでもらえたなら…………ウサミ、行こうぜ」

 あまり関わり合いにならないほうがよさそうだ、と怪しい雰囲気を女性から感じて歩駆は立ち去ろうとする。


「待って、貴方どこかで見たことある気がするのよねぇ」

 ベロベロとソフトクリームを舐める女性をココロは観察する。脳内の記憶メモリーにあった雑誌記事の記憶に掲載されていた人物と一致する


「あー! もしかして“しえら”でしょ?!」

「誰だそれ?」

「ゴーアルターのアニメを作った監督なんだよ。うちの会社にもプロデューサーだか何だかがしつこく電話してきて……もぐぐ」

 その名を聞いて通行人が一斉に振り向く。女性は慌ててココロの口をソフトクリームを押し込んで塞いだ。

挿絵(By みてみん) 

「シー……あっ!? ……し、静かに。ちょっと場所を変えよう、付いてきて」

 ココロを持ち上げて女性、しえらは裏路地へ逃げ込んだ。野次馬の何人かが、しえら達を追いかけるので残された歩駆はしょうがなく急いでその後を追う。

 狭く曲がりくねった狭い通路を宛もなく走る必死の逃走劇は約十分ほど続いた。

 根負けして止まる野次馬を歩駆は追い抜いて、しえらとココロに合流すると繁華街から出てしまった。


「ここまで来れば安心かなァ……? よっこいしょ、あぁー折角のアイスがァ」

「もう、レディを持ち上げたまま走るなんて! ……って言うかよくココロを持てたわね」

 150cmもない身長のココロだが様々な装備の詰まった機械のボディは大柄な成人男性並みの重量はある。日を浴びてなさそうな、しえらの華奢な体で持ち上げられるとは考えられなかった。


「ままま、取り合えずそこの店でお茶でもしようか。大丈夫ちゃんと奢るからね」

 あれだけ走っても疲れを見せない元気なしえらに引っ張られ、歩駆とココロは目の前にあった古びた喫茶店に入った。


「いらっしゃい。空いてる席どうぞ」

 店員の中年男性がにこやかに挨拶する。コーヒーの香りが心を落ち着かせ、アンティークの時計屋や置物が飾られた良い雰囲気を醸し出す王道の喫茶店と言う感じの内装。地元の常連が三人ほど駄弁っているぐらいで客は疎らだった。

 しえらはゲーム筐体になっているテーブルを見付けて真っ先に座る。歩駆とココロもも、しえらの前に並んで座った。


「コーヒー三つ」

「はーい、コーヒーね」

 オーダーから一分とかからず三つカップがテーブルに並べられると、しえらは砂糖とミルクを山程、コーヒーに投入する。


「ココロはコーヒーはブラックって決めてるの」

「俺は甘い方が良いが、あそこまではなぁ……」

 その様子に若干引きながら歩駆も砂糖とミルクを常識の範囲内で入れて飲んだ。


「ふふーん、バレてしまってはしょうがない。少年、サインをくれてやろう」

「いや、いらねえ」

 懐から油性ペンを取り出し、身を乗り出して構えるしえらだったが歩駆はその手を軽く払った。


「…………ん?」

「ファンなんかじゃない。むしろ俺は、あのアニメが嫌いだ」

「えぇー?! そんなこと初めて聞いたの生まれて初めてよ? アンチ? ゴーアルターにアンチなんているんだ? 掲示板にアンチスレも立ってないし、ネットの生放送アンケなんて“とても面白かった”が常に九割を越えているのだというのに?!」

 鼻息荒く自慢気に聞かれてもいない作品の評価を聞かせるしあら。怒っていると言うより珍しいことに信じられないと言った感じである。


「理路整然と、攻撃的な言葉使いなく、その根拠を聞かせてもらおう。今後の参考のために」

「何故ゴーアルターを知っている? 始まったのが二十年前なら存在していないはずだろ。ゴーアルターはアニメのような正義のヒーローなんかじゃない。それにあの内容、軍のプロパガンダじゃないか!」

 歩駆は店の迷惑にならない程度に声を荒げて批判するが、しえらはキョトンとした顔をしていた。


「…………それって内容の話? 今言ったのは製作の、内情の話よね? 作り手の批判じゃん」

「内容なら簡単だ。普通。昔からあるテンプレ的な内容。毒にも薬にもならない」

「そう、国民的アニメってそう言うものだよね。だから最終回にならず話をずーっと続けられのさァ」

「……物語の、戦いが終わらないロボットアニメなんて価値はない」

「終わらないからファンはいつまでも楽しめる。価値のあるコンテンツは終わらない」

 ああ言えばこう言う。二人の話は平行線だ。


「ココロは思うんだけど、あのアニメがあるから月と地球の戦争が始まった気がするよ。そもそも始めにゴーアルターモドキで攻撃してきたのは地球だし」

「君ね、論点をズラすんじゃないよ……でもね」

 ドロドロになった甘いコーヒーを一気に飲み干してしえらは立ち上がり、ココロの頭に触れる。


「それは合っているよ。何故ならDアルターの設計に関わったのも私だからね」

 しえらの手が火花を散らして閃光。黒い煙を上げてココロは床に倒れ込んだ。


「なッ?! お前は!?」

「まあまあまあ、落ち着きたまえ少年……いや、真道歩駆くん」

 周りの客や店員や客が歩駆達を真顔で見る。騒ぎに通報でもされるのかと思いきや客と店員は何処からか取り出した仮面を一斉に装着しだす。それは歩駆を襲った黒い仮面の集団と同じものだった。


「終わりのないロボットアニメに価値はないと言ったね? では、この戦いの真実を知りたくないかい?」

 そう言ってしえらは名刺を差し出した。


「私は株式会社ラエディ所属のアニメ監督しえら。またの名をネオIDEALの技術主任ヤマダ・シアラだァ」


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