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魔力なし少女は譲らない  作者: 村玉うどん
第三章 図書棟の幽霊
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39話 頼みごと

「ハヌン!」

「もうすぐルーツェが帰ってくる時間だから、もう少し待ってな」

「ニィー」


 クツクツと湯気をたたせる鍋をかき混ぜ、コハクはカウンター横を見る。

 カウンターの足元にはよだれを垂らした仔犬と、腹を鳴らしている雛が一直線の木目を境界に仲良く並んでいた。

 この第二学生寮において、一番危険な場所となるのがキッチン。キッチン限定で破壊神が存在するため、仔犬と雛の立ち入りが制限されるようになったのだ。


「フィファナは今日はどうする? 夕飯の時間も残れるの?」


 それまで、仔犬と雛のやや後ろで調理をするコハクの手元をガン見していたフィファナは、弾かれたように顔を上げ遠慮がちに頷いた。


「はい。今日は何の予定もないのでお願いしたいと思います」

「りょーかい」


 キッチンに現れる破壊神が一人、フィファナ。剣さばきは達人級なのに、包丁を持たせるとどうしてそうなるんだと危なっかしくなる。

 それでも人並みに料理が出来るようになりたいらしく、時間が許す限りルーツェやコハクの調理姿を観察していた。

 その流れで夕飯にも誘い最初は遠慮していた彼女も、最近では首を縦にふってくれることが増えていた。


「帰ってきた時にアンタが居ると、ルーツェも喜ぶんだ」


 鍋をかき混ぜながら言うコハクに、フィファナの胸がじんわりと暖かくなる。

 嬉しそうに自身の隣に座ると言ってくれる少女の事を思い返し、自然と頬が緩んでいく。


「ん、まあこんなもんかな。あとはテーブルの用意だけして、ルーツェの帰りを待つか」

「ハヌハヌ!」

「ニィィー」

「だから、もう少し待て……あ!」


 だいぶ重たくなった仔犬を抱き上げ、カウターの隅に置いていた物を見てコハクが声を上げる。

 そこには可愛らしいリボンが巻かれた小箱があり、眉根を寄せて渋面を作った。


「しまった。ルーツェに渡すのすっかり忘れてた……」


 断じてわざとではないのだが、気乗りのがしないもの事実で、コハクはうっとおしそうに箱を手に取る。

 振ればカタカタと中で何かがぶつかる音がし、重さもなく箱もコハクが片手で握り込めるサイズだ。


「コハクさん、その箱はいったい?」

「んー……、ちょっと面倒な人からの頼まれ物」

「面倒な人…………ルーツェに渡すんですよね? 何方(どなた)かお伺いしても?」


 コハクがルーツェに渡すつもりがあるのなら余計な心配かと思いながらも、聞かずにはおれずフィファナの表情に戸惑いの色が乗る。

 単純に寝込んでいたルーツェの世話でそれどころではなかったので放置していたのだが、可怪しなものが入っていたら面倒だ。

 コハクはもう一度小箱を振って音を確かめた後、思い切ってリボンに手をかけた。


「勝手に開けてしまって良いのですか!?」

「駄目に決まってるじゃん」


 否定しながらも手を止めず、リボンがあっという間に取り払われる。

 後で文句を言われようが信用ならないものを、大事な妹に渡すくらいならと勢いよく蓋を開けた。


「ニィ?」

「…………、鍵?」


 小箱を覗き込んだコハクとフィファナの目に映ったのは、金色に輝く一つの鍵だった。






********************






「へぶちっ!」


 とっさに本を避けくしゃみが飛び出る。

 知らずのうちに冷えていた室内に、書物を読み漁っていたルーツェは我に返る。

 ルーツェが居るのは、図書塔にある保管庫。

 通常は出入り禁止のそこは照明はあるものの、ぼんやり薄暗く立ち並ぶ書棚の隙間を縫う通路は狭い。

 その通路の一角で踏み台に腰掛け大きな本を抱えていたルーツェは、近くにシェリカがいないことに気づき記憶を辿る。


(そう言えばシェリカちゃん暗いところ怖いから、外で読むって言ってたな。ここは寒いからって誘われたけど、本を持って行き来するのが面倒で断っちゃったんだっけ)


 ものぐさなことをしたなと反省しつつ、読んでいた本を元の位置へと戻すべく立ち上がる。

 求めていたものは見当たらず、仕方なく関係のありそうな本を片っ端から目を通すがめぼしい物ははなかった。

 しかし、さすが国が誇る学院の図書塔ということもあり、ルーツェとシェリカが手にとった数などたかが知れているはずだ。


「地道に探していれば、手がかりになるようなものも出てくるかも!」


 気を取り直して、立ち並ぶ書棚を見上げながら背表紙に目を向ける。

 生徒が利用できるスペースとは違い、詳細に分類分けはなされていない。


「この辺りは暦学書が多いなぁ。さっきのところは魔術書が多かったけど、呪術についての本はなかったし……」

「呪術に興味があるの?」

「ひぎゃ!!」


 ふいに声をかけられ飛び上がる。

 似たようなことが前にもあったと思いながら、険しい表情で振り返る。


「やっぱり準司書さん! どうして急に声をかけるんですか! びっくりして心臓吐きそうでした!」

「え、心臓って吐き出せるの? すごい、やって見せてよ」

「むぐぐぅ~」


 大きな瞳を輝かせ、少年はルーツェを見上げている。


「ねえねえ、早く」

「むー! ものの例えで、本当に出るわけないじゃないですか! 準司書さんの意地悪!」

「えー出ないの? なんだ、つまらないの」


 なんなんだとルーツェが頬を膨らますも、相手は気にも留めず口を尖らせている。

 ルーツェがさらに不満を口にしようとする前に、少年はくるりとルーツェへと振り返ると大きな目を細めて楽しそうに()んだ。


「ならイイこと教えてあげようか?」

「? いいこと?」

「うん。とぉ~ってもイイこと!」


 両手を広げ嬉しそうに同意を求める姿に、ルーツェのお姉さんぶりたい気持ちがむくむくと広がっていく。

 普段は落ち着いて大人顔負けに仕事をこなすというのに、無邪気で屈託のないこの笑顔とのギャップときたら。


「やーん、今日のイルくんすっごく可愛い! なんだろう、お姉さんに是非教えてちょうだい」


 語尾にハートマークを飛ばしながら笑み崩れる。

 端から見ればちょっとした変質者に見えたかも知れない。ここが人の出入りがない保管庫で本当に良かった。

 ほわわんと首を傾げるルーツェに気を良くしたのか、笑みを深め少年の淡い金の髪が揺れた。


「もうすぐね、楽しくて素敵なことが起こるよ」

「楽しくて素敵なこと?」

「そう! でもね、そのためにはお部屋を見つけないと駄目なの」

「お部屋?」


 パーティーかなにか開くのだろうか。


「だから見つけて。絶対だよ」

「え? 見つけるって何? お部屋?」

「うん。()()のどこかにあるはずなんだ」

「あるはずって……学院に? どこのお部屋か知らないけど、お願いしてみんなで一緒に探そうか」


 その方が早く見つかるよと微笑むルーツェに、少年はきょとりと目を丸めると諭すような微笑を浮かべた。

 幼い見た目に大人びたそれは、アンバランスな魅力がありドキリと心臓が跳ねる。


「ぼくには無理なんだ。だからお願い。絶対、絶対見つけてね」

「探すのは……いいけど、無理って」

「え?」


 なんでとルーツェが口にするよりも先に、イルの驚いた声がそれを遮る。

 しばし互い無言で相手の言葉を待った後、ルーツェが心配そうに声をかけた。


「イルくん、急にどしたの? わたし何か変なこと言ったかな?」

「え、……あ、いえ、少しびっくりしてしまっただけで……」

「?」

「……」


 様子のおかしいイルに、ルーツェは再び首を傾げる。

 なぜか俯いてしまった月色に、具合でも悪くなったのかと不安が増す。


「イルく」

「お姉さまー」

「ルーツェレア」


 遠くでシェリカとアレンの声が聞こえた。

 声が発せないロイも一緒のようで、二人とは別の方向から足早に歩く足音も聞こえてくる。


「ロイさんたち戻って来たんだ。って、ことは結構遅い時間になっちゃったのかな」

「……そのようですね。戻りましょうか」

「あ、イルくん。さっきの話だけど」

「ルーツェさん」


 先に歩きだしていたイルは足を止めると、ルーツェへと振り返り微笑んだ。


「ありがとうございます」


 しかし、その表情はどこか作り物めいたものが感じられ、ルーツェは何も応えることが出来なかった。

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